18 災厄の予兆
◇ ◇ ◇
それ以降もクロウは、すれ違う乗員から声をかけられても、二言三言会話を交わすうちに、彼らの追求を逃れ続けていた。
彼に話しかけた乗員たちは、はじめクロウの存在に違和感を覚え、彼に話しかけていたが、会話が終わる頃にはそのことを不思議と気にしなくなっていた。
統一時間4月13日 9時50分。
クロウは艦に新しく着任したパイロット10名と共に、ハンガーを訪れた。
シリウスのハンガーでは、そんな彼らの到着など気にせず動き続けている。
「私たちが来ても、誰も見向きもしないとは…」
そうつぶやいたのは、パイロットの1人――2期生のアラン・アースキンだった。
シリウスには、新たに11名のパイロットが着任することになっていた。うち10名が彼ら2期生のシグルドパイロットたちであり、その中の4名がミソラやクロウと同じ境遇の高い適正値を持った少年少女、残り6名がアランたち初期選抜メンバーの兵士たちであった。
この配属以降、シリウスの殲闘騎は18騎のシグルドと9騎のカドモスで編成されることになっていた。
アランの他にも、2期生のパイロット数名が、不愉快そうな表情で整備兵たちをにらみつけた。
彼らは全員、アランと同じ初期のシグルドパイロットの候補生たちだった。
エリートとして育てられてきたプライドからか、彼らは場の状況を――現在ハンガー内は搬入作業で多忙を極めているということを察することができずにいた。
特に彼らの機嫌は、ここ数日間最悪に近い状態だった。
忌々しい一期生であるセレナ・ミラディに訓練でぼこぼこにされたことが、どうしても許せなかったのである。
「まあ、いい。この艦も数日後には出港する。宇宙怪獣どもとの戦いが始まれば、彼らの態度も変わるだろうさ。それよりも、私たちの愛機の様子を見に行こうじゃないか」
アランはつとめて優雅に、そう仲間に告げるとハンガーの中を歩き始めた。
彼らの向かう先には、搬入を終え並べられたシグルドβたちがいた。
アランたちが機体の前にたどり着くと、彼らの前を1人の少年がかけていった。
彼はこのシリウスの整備班の中で、一番年若い新人整備兵の少年だった。
「君。止まりたまえ」
「…自分、ですか?」
アランに声をかけられた新人整備兵は、あからさまに面倒くさそうな表情で立ち止まった。
ちょうど先輩の整備兵から用事を頼まれていた最中だったのである。
「私は本日付でシリウスに着任したアラン・アースキン少尉だ。よろしく」
「はぁ、よろしく…お願いします」
新人整備兵は帽子を取ると、アランへとお辞儀をした。
「早速なんだが、私たちの機体…シグルドのコクピットに入りたいのだが、いいかい?」
「えっと、今から…ですか?」
「ああ、今だ」
「まだ、機体のチェックが終わってないんですが…」
「私たちはかまわないさ。乗せてくれたまえ」
新人整備兵の言葉は、まだチェックが終わってないから余計なことをして欲しくないという意図で発せられたものであったが、アランはそれを汲み取ることはできていなかった。
「…わかりました。一応、整備が始まるまでには出てくださいよ」
「ああ、ありがとう」
結局、新人整備兵はそれだけ言うと、彼らの元から離れていった。
今の彼にとっては、1分1秒が貴重であり、こんなところで彼らともめて、先輩整備兵たちから怒鳴られたくはなかったのだった。
「では、皆。私たちの愛機に乗ってみようじゃないか!」
アランの誘いに、5名のパイロットたちが応じた。初期選抜組の兵士たちである。
彼らは目を輝かせながら、シグルドβのコクピットへと入っていく。
一方の高適正値組の少年たちは、アランの号令には従ったものの、どこか冷めた表情でシグルドのコクピットに入っていった。
◇ ◇ ◇
同時刻。
新しいパイロットたちの登場に対して、整備兵は誰も反応しなかったがその場にいる1人だけが、クロウの存在に反応を示した。
クロウ本人である。
正確にはミソラ騎の中にいる方のクロウが、肉体を持ったクロウの登場に反応したのだ。
「あれは…俺か?」
慌てて、データを呼び出す。
クロウ・シノサカ、惑星ゼウス内の研究施設にて検査入院中。
表示されたデータを確認して、彼はもう一度外のクロウを見返した。
見間違えるはずはない、あれは…俺だ。
クロウは混乱した。
なぜゼウスにいるはずの自分が、シリウスにいるのか。
そしてなぜ誰も自分のことを気にしないのか、理解が追いつかない。
だが、なによりも彼を動揺させたのは彼の醸し出す雰囲気の異様さだった。
あいつは…誰だ?
クロウは、一目彼を見た瞬間から、嫌な胸騒ぎを感じていた。
この感覚を、彼は知っていた。
こんな雰囲気を出す存在と、クロウはどこかで会っていた。
その相手を思い出そうとしている間にも、外のクロウはシグルドβへと向かうパイロットたちの後ろをついて歩いていた。
◇ ◇ ◇
アランは、コクピットに入ると深いため息をついた。
一昔前であれば、彼の一挙手一投足を誰もが注目していた。
しかし、今や彼は年若い整備兵からも邪険に扱われる対象となっていたのだ。
今に見てろ…一期生ども…
彼が1人、憎悪の感情をはぐくんでいる時だった。
「…ん?」
コクピットを外側から叩く音が聞こえた。
整備兵が来たのだろうか? まだ入ってから1分も経っていないのに?
だが、整備の時間になったら出る約束をしたのは自分たちだ。
仕方が無いとアランがコクピットハッチを開けると、そこには1人の少年が立っていた。
「なんだ、あなたですか」
…クロウ・シノサカ。忌々しい、一期生の1人。
彼は高適正値を持つ一期生の中で、唯一例外的に操縦能力がアランよりも低いと評価された少年だった。
だが、この男は宇宙で一番高い適正値を持つというたったそれだけの理由で、アランたちよりも先にパイロットになっていた。
アランはそれだけでもクロウが嫌いだったが、数日前の戦いで重傷を負いながらもカテゴリー5を倒した功績によって、中尉に昇進したという話を聞いてから、さらに彼を憎むようになっていた。
「勲章をもらって、さぞご機嫌でしょうね。シノサカ中尉」
そこでアランは自分の発言に違和感を覚えた。
なぜ彼はここにいるのだろうか?
アランたちが艦に入る時、ちょうどシリウスの乗員たちはゼウスで式典に参加しているという話ではなかったか?
「お前…なぜここにいる?」
憎しみよりも不信感が先行する。
「そもそも、私はあなたが重体でゼウスで入院していると聞いているが…どうなんだ?」
アランの問いに、クロウは何も答えない。
代わりに、彼は無言でアランを見つめた。
その瞳を見つめたアランは、だんだんと意識が吸い込まれそうになっていく。
この感覚…どこかで?
それは彼が過去に感じたことがあるものだった。
数時間前、シャトルに乗ったクロウに気がついたアランは、クロウに話しかけ同じようにあしらわれていたのだ。
あの時も、アランはクロウの存在に違和感を覚えたのだが、なぜかそのことを気にしなくなっていた。
そして現在も、彼への意識が薄れていく。
「しぐ…るど…ゆず…れ」
たどたどしい口調であったが、確かにアランはクロウの言葉を聞いた。
――シグルド、譲れ
「…ああ、わかった」
クロウの言葉を聞いた瞬間、アランはあらゆる思考を停めて、席を立った。
そのままコクピットを出ると、自分の代わりにクロウをコクピットへと入らせる。
それから数秒後。
アラン騎として登録されていたシグルドβが起動した。
同時に、艦内に大音量のサイレンが流れた。
それは新しいホール――宇宙怪獣が出現する時空の裂け目が、艦の近くに発生したことを示す報せだった。
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