12 彼とパイロットたち
◇ ◇ ◇
そこは病院の個室という表現がぴったりな場所だった。
シミひとつない白い壁で囲まれた部屋。申し訳程度に備え付けられた小さな窓からは外の陽光が差し込んでいた。部屋には消毒液の香りが充満し室内の清潔さを主張していた。
そんな部屋の住人であるクロウは、ベッドから起き上がり、外部端末から投影された映像コンテンツを見ていた。
「クロウくん、遊びに来たよ~」
セレナの声を聞き、クロウの視線が入り口――ミソラたちがいる方へとうつる。
「よ、クロウ! 元気にしてたかー」
「……」
アレックスが手をあげると、クロウは一拍おいて手を振り返した。
「あちゃー…覚えてないみたいだな」
無感情なクロウの反応を見て、アレックスはわざとらしく肩をすくめた。
彼自身、自分のことを覚えているとも思っていなかったのだろう。あまりショックは受けていないようだった。
「改めて、俺はアレックスだ。お前と同じパイロットさ」
アレックスはクロウのそばまで歩み寄ると、手を差し出した。
「……」
クロウはまじまじとアレックスの手を眺めた後、自分の右手を差し出して、彼と握手をした。
「アレックスのことを覚えていないなら、ワタシのことも覚えてはいないでしょうね。ワタシはカンナよ。よろしく」
「僕はジョセフ。覚えてたら嬉しいんだけど…それは無理かな?」
カンナとジョセフが、アレックスの後に続いた。
結局、その場にいた全員がクロウへと自己紹介をするのだった。
「セレナだよ。クロウくんは私のこと、覚えてるよね?」
「ミソラよ。と言っても、アンタとはもう会ってるけど」
それはすでにクロウと話をしているミソラとセレナも例外ではなかった。
「あとこれ、お見舞い」
最後に挨拶をしたミソラは、そのまま手に持った袋をクロウに渡した。
それはこの研究所に来る前に、ミソラが街で購入していたプレゼントだった。
「……」
クロウは、渡された袋を不思議そうに眺めた。
「ミソラ、もしかして分かってないんじゃないかな…?」
「…そうみたいね」
ミソラは、クロウから一度袋を返してもらうと、中から一冊の本を取り出した。
その表紙には人類の故郷――地球の高精細写真が載っていた。
「星の本よ、アンタ…好きだったから。このことは忘れてないといいんだけど…」
それはミソラの本心からの願いであった。
彼女は自らの愛機にクロウの人格が宿っていることを理解していたが、目の前の人間もクロウであって欲しいとも思っていたのだった。
例えば、2人とも本物のクロウで、精神の一部が肉体から離れてしまったような…
ミソラには科学的な知識などないし、そういったことが科学的に実現可能なのかも知らなかった。
だが、彼女はクロウのことは知っていた。彼は星が好きだった。だからこそ、ミソラはこの本を選んでクロウに渡そうと思ったのだ。
本を受け取ったクロウは、まじまじと表紙を眺めた後、ゆっくりとページをめくった。
同時に、本から映像が飛び出し、クロウの目の前に星空が広がった。
「…ほ、し」
写真の方をぼーっと見つめたクロウは、ゆっくりとそうつぶやいた。
「クロウくん、これ…わかるの?」
「セレナ…ほし」
セレナの問いに、クロウは頷いた。
「すごいよ! すごいよミソラ! 記憶がなくても、クロウくん、星のことはわかるんだ!」
セレナはまるで自分の子供が初めて言葉を発した時の親ような喜びようで、クロウに笑いかけていた。
無邪気に笑うセレナを見て、周りの人間たちの表情も安らぐのだった。
◇ ◇ ◇
統一時間4月10日 14時30分。
クロウとの面会を終えたシグルドパイロットたちは研究所を出た。
「いやー、思ったより元気そうで良かったぜ。俺の名前も覚えてくれたしな」
クロウとの面会を終えたアレックスは満足そうに笑った。
星…と言葉を発した数分後、クロウはアレックスの方を見て、ちゃんと名前を呼べるようになっていたのである。
「もしかしたら、記憶が戻るのもすぐかもな」
「きっと、すぐに思い出すよ!」
セレナが興奮した様子で頷いた。
ミソラはこんなに楽しそうなセレナを見たのは、久しぶりだった。
クロウの復活を誰よりも喜んでいた彼女である。今日は彼と話すことができて、一段と嬉しかったのだろう。
「ところでだ。これからクロウの復活祝いにシューティングバーに行こうと思うんだけど、誰か来るか?」
そんなセレナの様子を見ていたミソラだったが、アレックスの一言で彼の方へと意識を向ける。
アレックスは銃を撃つのが好きだった。その実力はあまり高いとは言えなかったが…
「ワタシは艦に戻るから、パス」
アレックスの誘いを最初に断ったのはカンナだった。
「アタシもパス。この後人との面会の約束があるから」
「ごめん、私はこれから用事があるんだ~」
続いて、ミソラとセレナも首を横に振った。
「マジかよ…カンナはともかく、ミソラたちは来てくれると思ったぜ?」
「また誘って。ごめん」
「私はこれから新しいシグルドの調整試験があるから、しばらくは時間作れそうにないんだ~」
「調整って…そうか。来週までには機体がないとダメだもんな」
「うん~新しくシリウスに来るシグルドパイロットとも会えるって聞いたから。楽しみなんだ~」
「新しくシグルドに来るってことは…もしかして2期生のやつらか!?」
「うん、そうだと思うよ~たしかアランさんの名前もあったし~」
「アランってマジかよ…アイツ、シリウスに来るのかよ…」
アランという名前を聞いたアレックスの表情がげんなりとしたものに変わった。
「俺、アイツ嫌いなんだよな、プライドが高いっていうか…そもそも、2期生のやつらはそういうのが多いし」
彼が不満を口にするのもしょうがなかった。
ミソラもアランという人間にはあまり良いイメージを持っていない。
「きっと大丈夫だよ~シグルドの操縦なら、私たちの方が先輩なんだし~」
「ま、そうだけどよ…とりあえず、頑張ってくれ」
「うん~」
「アインたちは…?」
続いてアレックスは、アインたちを誘おうとしたが、結局3人とも首を横に振るだけなのだった。
「皆ノリ悪いなー…しょうがねぇ、ジョセフと2人で楽しんでくるかぁ…」
「ええ、なんで僕行くことになってるの!?」
「お前はどうせ暇だろー?」
「暇だけど、でもアレックス…僕が勝つと不機嫌になるだろ?」
「おめぇが嫌みな勝ち方しなきゃいいんだよ!」
「嫌みな勝ち方って…」
「とにかく、行くぞ!」
結局、ジョセフはアレックスの誘いを断り切れなかった。
彼らがタクシーを拾い、その場を去って行くと、残されたシグルドパイロットたちもひとり、またひとりと各々の行きたい場所へ向かっていった。
◇ ◇ ◇
「さてと…アタシも行きますかね」
全員を見送った後、ミソラは研究所の方へと体を向けた。
先ほどのクロウの見舞いの途中、ミソラは周囲には内緒でルーシーとのアポを取っていたのだった。
「クロウのことで、どうしても話したいことがあるんです」
そう話したミソラに対して、ルーシーは面会の時間を設定してくれたのだった。
「いいけど、私。興味のないことにはあまり時間は取れないわよ?」
博士は絶対にクロウの話に興味を持つ。
なぜならば、彼女はそれが理由で一度シリウスまで来たのだから。
確信に近い自信を持って、ミソラは再度研究所の門をくぐるのだった。
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