3 超長距離ワープ、そして
◇ ◇ ◇
宇宙怪獣は、カサンドラシステムの開発により、その出現地点が事前に把握できるようになっていた。
彼らはこの宇宙空間のどこか定住しているわけではなく、時空の裂け目――ホールを通ってこの宇宙に現れる。
ホールがどこに通じているのかは定かではないが、この穴ができあがる直前に、その宙域では時空の歪みが観測される。それを検知するのがカサンドラシステムだった。
【フィフスサン恒星系第二小惑星帯近郊 トランジットポイント】
「ガイア恒星系第11惑星付近で時空の歪みが観測された。出現が予測されるホールのサイズは2。出現予測時間は統一時間7日の20時頃。本艦は作戦本部の命令に従い、当該ホールから現れる全ての宇宙怪獣を撃退する」
統一時間4月6日20時28分。
かくして、シリウスの初ミッションが開始した。
艦内では超長距離ワープへ向けて、準備が進められていた。
現在地からガイア恒星系第11惑星の近郊へと向かうには、3度の超長距離ワープと、1度の短距離ワープをこなさなければならない。
ワープ後、艦は一定時間のエネルギー充填時間を必要とする。超長距離ワープを行った場合4時間、短距離ワープであれば20分の再充填時間がかかった。
シリウスのガイア恒星系への到着予定時刻は統一時間4月7日の18時に設定された。
超長距離ワープに備え、艦内ではスタッフたちが慌ただしく動きまわっている。
作戦宙域に到着するまで、殲闘騎パイロットたちは3交代での待機を命じられていた。
現在、クロウは緊急時の出撃に備え、パイロットスーツを着たまま、艦内の展望室にいた。
展望室はブリーフィングルームの近くにあり、待機中のクロウはだいたいの時間をここで過ごしていたのだ。
ワープが終えたら、どんな星空が見られるのだろう。
クロウは初回の超長距離ワープで訪れることとなるヒュプノス・タナトス恒星系に思いをはせた。
ヒュプノス・タナトス恒星系はその名の通り、2つの恒星が存在する星系だ。この恒星系は人類が暮らす惑星はないが、超長距離ワープの中継地点としてはよく利用されていた。
軍人にならなきゃ、直接見ることなんてなかったんだろうな。
軍属なんて、損なことしかないと考えるクロウだったが、直接未知の星々が見られるということに関してだけは得をしたと考えていた。
「超長距離ワープ開始まで1分を切りました。ワープ航法に携わらない乗員は、全ての作業を止めてください。カウントダウン開始を開始します。53…52…」
艦内に設置されたマイクロフォンを通じて、電子音声によるアナウンスが流れる。
クロウは展望室に置かれたソファに座った。
「明日には、初陣か…」
クロウは観光のためにこの艦に乗せられているわけではない。彼はこれから宇宙怪獣との戦いに赴くのだ。
――じゃないとアンタ、初陣で死ぬわよ
先程のミソラの言葉を思い出す。
怖くないかと言ったら、嘘になる。まだ、死にたくない。
だが、どうしても待機の時間を使って、訓練室に行こうという気にはならなかった。
訓練をする時間があるなら、その間、ずっとここで輝く星々を見ていたい。クロウは高い適正値を持っていたが、戦いに関する意欲だけは、誰よりも乏しかった。
「5…4…3…2…1…超長距離ワープ開始します」
アナウンスが終わるとともに、艦が微振動を起こす。
直後、展望室から見える景色が一変した。
クロウを含めた、艦内に存在するあらゆるものの輪郭が曖昧になっていく。
クロウは自分の手を眺める。ぐにゃりとゆがんだそれをソファへ押しつけると、ずぶぶ…という音が聞こえた気がした。彼の右手がソファと一体化する。
身体の境界が曖昧になったことで、自己の認識がはっきりしなくなっていく。
続いてクロウは、展望室の大窓の方を眺める。窓の外ではさっきまでの星空はなくまばゆい光で塗りつぶされていた。
俺は、どうなるのだろうか。
そんなことを考えた時だった。急激に自己の認識が鮮明になっていく。
同時に、窓の外の光も弱まっていき、宇宙の暗闇が戻ってきた。
◇ ◇ ◇
【ヒュプノス・タナトス恒星系 トランジットポイント】
「超長距離ワープ、終了。本艦はこれより、次回ワープに向けた準備作業に入ります。次回のワープ開始予定時刻は統一時間4月7日1時00分です。」
統一時間4月6日20時30分。
艦内に1回目の超長距離ワープの完了を告げるアナウンスが流れた。
クロウは即座に自分の右手を確認した。
右手はソファの上に置かれていた。
ワープ中はあらゆる存在が曖昧になるが、終わった瞬間に、全てワープ直前の状態に戻される。すなわち、ワープ空間での行動は現実世界では再現されない。
簡単に言えば、ワープ中のできごとは、すべて本人が見た夢のようなものなのだ。
そのことは理解していたが、ワープ中の行動が、もしワープ終了後にも持ち越されていたら…そんなことを考えてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
「ふぅ…」
クロウは安堵のため息をつくと、顔をあげる。そこで思わず彼はソファから立ち上がった。
窓の外に、白と赤に燃える2つの恒星が見えたのだ。
「すごい…」
恒星ヒュプノス、タナトス。
それぞれがフィフスサンの10倍以上の直径を持つこの星は、彼が今までに見たどの恒星よりも巨大なものだった。
この2つの星の美しさに、彼はただただ息をのんだ。
クロウはその時2つの恒星から発せられる熱を、肌で感じたような気がした。
もちろん、そんなことはあり得ない。シリウスの耐熱処理は万全である。
しかし、脳が勝手に恒星の熱を錯覚してしまうほどの感動を、彼は受けていたのである。
クロウは、このずっと眺めていたいと思った。
しかし、その願いは直後に発せられた艦内放送によって打ち消される。
「緊急事態発生、緊急事態発生。当宙域に宇宙怪獣を確認。待機中の殲闘騎パイロットは速やかにブリーフィングルームに集合してください!」
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