1 それぞれの場所で
■第1章 喜びと混乱と
【ガイア恒星系第11惑星近郊】
統一時間4月8日20時30分。
迎撃艦シリウス後方の廊下を、3人の男が歩いていた。
「確かに自分は艦内で問題が起きた時のためにいますがね…本当に幽霊がいると思うんですか?」
3人の真ん中を歩く迎撃艦シリウスの警備長、ビリーは文句を述べた。
艦内の治安維持を任されている彼は、自分の職務をまじめにこなす青年だったが、今回は呼ばれた理由が理由であったため不満そうな態度を隠そうとしなかった。
霊安室に幽霊が現れたというのだ。
「酒に酔ってたってわけじゃないんですか?」
「いや、彼はアルコールは摂取してなかった。それに悪ふざけをしている様子でもなかったよ。だから、君を呼んだんだ」
ビリーの右隣を歩くムールが答える。
この艦の軍医を務めている彼は、20分前に衛生長と共に医務室にやってきた衛生士の報告を聞き、ビリーを呼んだのだ。
「自分は大型の宇宙ネズミでも入りこんだんじゃないかと考えてるんですがね」
「もしこの騒動が宇宙ネズミの仕業だったら僕から謝罪させてもらうよ。二重の意味でね」
そう答えるのはワラッハ衛生長だ。
彼は今回の騒動の原因となったサラッケの上官である。
サラッケが霊安室の同行を拒否したため、彼が確認に向かうことになったのだ。
「この艦の衛生を任された身として宇宙ネズミの侵入を許してはいけないからね。サラッケも軽率だったことになる。ただ、幽霊でもなく、宇宙ネズミでもない可能性だってあるだろう?」
「たとえば?」
「不審者…もしくは、うちの部下の聞き間違いだな」
「はん、自分は後者だと思いますけどね」
「多少融通は利かないが、優秀な部下ではあるんだけどね…」
そんな話をしているうちに、3人は霊安室にたどり着いた。
ビリーは一応の用心のために、ホルスターからブラスターを取り出すと部屋に入った。
そして、入室すると同時に言葉を失う。
サラッケの言うとおり、冷凍保管庫の扉が内側から叩かれていたのだ。
「…なっ!?」
部屋に入るまで、彼らは誰1人としてサラッケの話を信じてはいなかった。
こうして確認に来たのは、職務上確認の義務があったためだ。
「保管庫を開けてくれ、早く!」
一番早く冷静さを取り戻したのは、軍医ムールだった。
「もし、この中で誰かがいるのだとしたら…早く出してあげなければ命に関わるよ!」
保管庫の中の気温はマイナスである、人間が長時間こもっていられる環境ではない。
「あ、ああ!」
まだ、平常心を取り戻せていないビリーは、言われるがままに保管庫のロックを解除する。
ワラッハが保管庫のレバーを掴み、扉を引いた。
同時に保管庫のコンベアが動き、遺体を乗せた担架が彼らの前まで引き出された。
そして、その光景を見た3人は再び絶句する。
保管庫の中には、戦死した兵士の遺体が入っていたはずだった。
彼らは、何かしらの理由で保管庫の中に生き物が入り込んだのだと考えていた。
だが、動いていたのは遺体だったのだ。
保管庫の中で横になっていたクロウ・シノサカは足を使って扉を蹴っていた。
彼は保管庫から出たことに気がつくと、彼を覗く3人の顔を順番に凝視した。
「…ひっ!?」
クロウと目があった瞬間、ビリーが小さな悲鳴を上げる。
だが、クロウはそんな彼の様子を気にした風もなく。瞳を閉じた。
ムールが慌てて、クロウに触れる。
摂氏0度以下の環境にいた彼の体温は、著しく低下していた。
だが呼吸も、脈拍も、問題なく動いている。
「…こんなこと、あり得ない…あり得ないけど」
それは医療の知識を持たない者の目から見ても、異常な出来事であった。
しかし、ムールは今までの自分の常識よりも、目の前の現実を優先することにした。
「彼を医務室に運ぶ! あと、艦長に連絡を!」
統一時間4月8日20時35分。
クロウ・シノサカの蘇生が確認された。
それは彼が殉職してからおよそ2日後の出来事であった。
◇ ◇ ◇
同時刻。
シリウスの整備ハンガーにならぶ殲闘騎の中で、2人の若人による会話が行われていた。
「それじゃ、本当になんでこうなったかはわからないのね」
1人はミソラ・アカツキ。銀河連合軍の少尉であり殲闘騎シグルドのパイロットだ。
彼女が現在歓談の場として使っているこの場所は、彼女の愛機のコクピットだった。
この光景を他人が見たら、"会話"という表現を使っていることに違和感を覚えるだろう。
なぜならミソラの話相手の姿が、どこにも見えないのだ。
だが、もちろん相手はいる。
答えはコクピットの中に浮かんだ、ホログラムの映像にあった。
「ああ。気がついたらこうなっていた」
そんな文字列がコクピットのホログラムモニターに表示されているのだ。
「こんなこと…前例はないでしょうね」
「俺が調べた限りではないな」
ミソラのつぶやきに答えるように、モニターの文字列が切り替わる。
そう、彼女は機体と会話していたのだ。
正確にはこの機体の中にいる、クロウ・シノサカという少年と。
クロウもまた殲闘騎のパイロットであったが、初陣の戦闘で命を落としていた。
本来であればそこで彼は終わるはずだった。しかし、どんな力が働いたのか彼の意識はシグルド内にある思考制御装置エインヘリアルシステムに取り込まれてしまっていたのだった。
この状態になったクロウは誰とも会話ができず、ただ機体の一部として存在することしかできなかったのだが、クロウの死後、この機体に乗ることになったミソラが彼の存在に気がつき、今こうして彼女と文字を使った会話ができるようになっていた。
この状態で初めて言葉を交わしたのがつい30分ほど前。
それから、クロウはミソラに自分の身に何が起きたのか、また、現在自分ができることは何かを伝えていた。
「でも、なにか原因があるはず…地上に戻ったら、アタシ調べてみるわ」
「どうにかって…どうしようもないんじゃないか?」
「はぁ、ホントアンタって、すぐに諦めるわよね」
「そういう人間なんだよ…俺は」
「もう人間じゃないでしょ」
「……」
「……ごめん。悪気はなかったんだけど」
思ったことをすぐ口に出すのが、ミソラの癖だった。
それを彼女は悪いことだと感じているようで、申し訳なさそうにうつむく。
「いや、分かってるから大丈夫」
だが、そんなことは十分に理解しているクロウである。
彼は怒ることもなく、彼女の謝罪を受け入れた。
そもそも、シグルドのシステムに取り込まれた彼には機体と接続したパイロットの思考が読み取れるようになっていた。そのため、ミソラに悪意がないことは十分に理解していた。
「ミソラ、ありがとな」
「な、なによ急にかしこまって!」
だからこそ、クロウはミソラに感謝した。
クロウが自分に起きた出来事を話してから、彼女はクロウを救う方法をずっと考えていたのだ。
「そういうの、ジンマシンがでそうになるからやめてくれない!?」
ミソラが顔を真っ赤にしながらモニターを蹴りつける。
「でも、俺以上に俺のこと考えてくれてるし…」
「そんなことないから! ていうかもしそうだとしたら、アンタが考えてなさすぎるだけだから! ていうか、アンタ何さっきからアタシの考えてることを勝手に読み取ってるのよ!」
「便利だからさ」
再び、ミソラのブーツがモニターを蹴りつけた。
「何見てんのよ変態! 戦闘中は必要だから仕方ないけど、今はアタシの頭の中覗く必要はないでしょ! 禁止、これから話す時は、頭の中を覗くの禁止!」
ミソラの足は止まらない、クロウは触覚はコクピット内の物と共有されているため、鈍い痛みが彼を襲った。
これはたまらない。機体が健在でも今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。
「わかった、わかったから!」
結局、クロウは思考を読み取れる原因である、エインヘリアルシステムの接続率を意図的に下げることで会話中は彼女の頭の中を覗かないという約束をさせられるのだった。
「アタシ、アンタと話す時は接続率を常に確認してるから。もし意図的にあげるようなことをしたら…分かってるわね」
「…わかったよ」
モニター上に浮かべられた接続率の表示を見て、クロウはため息をついた。
久しぶりに人との会話ができたから、興奮してしまったかもしれない。
もちろん、人の心を読むなんていい趣味だって言えないけど…
いくつかの戦闘を通して、ミソラを信頼している部分もあったからこそ、喜んで自分の情報を提供したのだが、そのことを少しだけ後悔するクロウなのだった。
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