14 言の葉
はじめに感じたのは、柔らかな感触。そして湿り気を帯びた温かさ。
クロウははじめ、自分が何をされたのか、理解できなかった。
数瞬の後、自分に押し当てられたものが、ミソラの唇であることを理解した。
「んん…」
ミソラは目を閉じ、頬を赤く染めながら、シートへと唇を押し当てている。
一方のクロウは、そんなミソラから与えられた感触を、受けいれていた。
これは…キス?
クロウにとってそれは、生まれて初めての経験であった。
今までの人生の中で、クロウはキスをした経験がなかった。
まさか機械の身になってから経験するとは…
謎の多幸感が、クロウを包み込む。
ミソラ…
初めての感触に対して、それを与えてくれた相手に対して、クロウは何かを返したいと考えた。
結果、接触部に意識を集中する。
そんなことをしても、意味はないのかもしれない。
だが、クロウは彼女に対して――自分に思いを告げてくれた相手に対して、自分の気持ちを伝えたいと考えた。
しかもそれを、言葉ではない、他の形で…
「っ…んんっ」
くぐもった声が、コクピット内に響いた。それはクロウがミソラの唇に対して、意識を集中したのと同時であった。
柔らかな感触が、さらに増す。
俺の思いが、伝わった…のか?
そんなことを考えながら、クロウは唇へと意識を集中する。
「ん…っ、んん、ふぅ」
シトラスの――ミソラのシャンプーの香りが、いつもより強く感じられた。
それは彼女の頭が接近しているからなのか、ミソラとの距離をいつも以上に近く感じたからなのか。
理由はわからない。
2人はしばらくの間、口づけを楽しんだ。
◇ ◇ ◇
唇が離れた後も、ミソラの顔は赤いままだった。
「…どうだった?」
ミソラはシートから体を離した後、うつむきながら、小さな声でそう聞いてきた。
「えっと、キスってこういう感触なんだな…」
直後、振動がクロウを襲った。
ミソラの拳がシートにたたき付けられたのだ。
「いってぇ!」
「もう、き、キスとかそんなこと言わないでよ!」
ミソラは耳たぶまで真っ赤にして叫ぶ。
「い、いや…だって、今のって…そういうことだろ?」
「もうバカ! アンタには情緒ってものがないわけ!」
」
そんなこと言われても、と思うクロウである。
クロウにとっても、こんな体験は初めてで、余裕を持った回答ができなかったのである。
「ご、ごめん…」
なので、いつも通り謝ることしかできない。
そんなクロウを見て、ミソラは…
「ぷっ…あはは」
いつものように、明るく笑うのだった。
「アンタって、本当に変わらないのねー」
それは、リラックスした時の…クロウが大好きなミソラの笑顔だった。
そんな彼女の笑顔を見て、クロウは胸の奥が熱くなるのを感じる。
「…まぁな」
なんとも締まらない回答をしてしまっているのを自覚しながら、クロウはそう答えた。
「いいわよ。アタシはそういうアンタのことが気に入ってるわけだし」
そう言うと、ミソラは再びシートへ顔を埋めてきた。
キスをする…という体勢ではない、どちらかというと、胸に顔を埋めるような体勢だ。
彼女の両手がシートの裏側へと伸びる。
まるで恋人にするかのように、ミソラはシートへと抱きついていた。
「…それに…初めて同士っていうのも、嬉しかった」
「ああ…俺も…嬉しかったよ」
くぐもった声に、クロウは自分の気持ちを返した。
「…クロウ」
ミソラはシートに顔を埋めたまま、クロウの名前を呼ぶ。
クロウは胸元に、彼女の温かな息があたるのを感じた。
「どうした?」
「アタシ、そんなに軽い女じゃないから。だから、こういうのは大切にしたいと思ってる」
ミソラは一言一言、ゆっくりと…そう告げる。
「だから…アタシを泣かせるようなこと、しないでよ」
「それって…」
その言葉の意味を、クロウは聞き返そうとするが…
「それだけ」
それよりも早く、ミソラはシートから身を起こすと、ハッチの開閉ボタンを押した。
そのまま彼女は、コクピットの外に出て行く。
「おい、ミソラ!」
クロウは、そんな彼女へと声をかけようとするが…
それよりも早くハッチが閉まる。
クロウの意思など、無視するかのように。
「なんだよ…」
1人になったコクピットで、クロウは呟いた。
ミソラの言葉の意味…それは…
「…やるだけ、やってみるさ」
コクピットに浮かんだ、数滴の涙を眺めながら…
クロウは、そう決意するのだった。




