13 逢瀬
彼はできることなら永遠にこのハッチが開かれないことを望んだ。
それは、彼女と顔を合わせたくない――という理由では断じてない。
むしろその逆。
彼――ミソラ騎に宿るクロウ・シノサカの意識は、この【別れの挨拶】の間、自分の相棒が訪れるのを今か今かと待ち続けていた。
だが、彼はこうも思っていた。
このままミソラが訪れなければ、俺は――彼女と別れなくて済むのではないか。
もちろん、そんなことはあり得ない。
彼が望もうと望まないと、時間は進み。やがて搬出の時間は訪れる。
そしたら彼は、1人の――1つの兵器として宇宙怪獣と戦わなければならない。
◇ ◇ ◇
こんな感情が沸いてくるなんて…
クロウは戸惑っていた。
数日前、彼はアリーヨから作戦の内容を聞き、協力の要請を受けた時、迷うこともなくイエスと答えていた。
人類の危機である。
人々の命を救うために今自分ができること、それは何かを考えたら、そう答えるしかなかった。
なにより、クロウは自分を人間ではなく、機械の一部と考えていた。
だからこそ、役割を果たすのが自然なのだと、そう考えていたのだ。
だが、そんな彼は、今更になって迷いを抱いていた。
なんなら、宇宙怪獣との戦いに出ると答えたことに、少しだけ後悔していた。
俺は、戦わなければならない。それしか俺に価値はない。
でも…だけど…
搬出の時間は刻一刻と迫っている。
クロウは意識的に、これからの戦いのことを考えることにした。
彼女が来なくても、悲しまないよう、落胆しないよように。
――宇宙怪獣襲撃に対してのシミュレーションプログラムを起動。
――同時に、自らの意識レベルの優先度を最適化行動の下に。
ミソラのことは、忘れよう。
だって、彼女とはもう一生逢うことはないのだから。
徐々に、クロウの心が凍っていく。
それと並行して、宇宙怪獣との戦闘案が次々と浮かんでくる。
そうだ、これでいい。
俺は――俺は――機械なのだから。
機械に迷いは必要ない。
少し前に、クロウを叱った彼女の言葉が、蘇る。
「…アンタ、死ぬのが怖くないの?」
怖くなんかない。だって、俺はもう死んでるのだから。
数日前、司令室を訪れた彼女の姿が、蘇る。
「どうしてよ…」
あの時、ミソラは今にも泣きそうな顔で、こっちを見ていた。
そんな顔しなくていい。俺は機械なのだから。
最適化の過程で、何度もミソラの顔が浮かんでくる。
笑った顔、怒った顔、泣きそうな顔…
だが、クロウはそれを1つ1つ処理していった。
最適化、完了。
もう、大丈夫だ。
これで俺は迷うことなく、戦える。
そう、考えた時だった。
コクピットに明かりが灯り、ハッチが開いた。
その先には、クロウが待ち焦がれた――そして今、未練を切り離したはずの少女――ミソラが立っていた。
◇ ◇ ◇
彼女を見た瞬間、クロウの最適化行動は全て無駄となった。
堰を切ったかのように、彼女の情報がクロウの中へと流れ込んでくる。
ミソラ・アカツキ
クロウと一緒に殲闘騎シグルドのパイロットに選ばれた1つ年下の少女。
訓練生時代から優秀な成績を収めた天才パイロット。
そして――クロウにとって命を捨ててでも守りたかった相棒。
◇ ◇ ◇
パイロットスーツに身を包んだミソラは、ゆっくりとその身をコクピットの中へと滑り込ませてきた。
そして、いつもの調子でシートへと座る。
いつもと同じ姿勢、いつもと同じ重さ。
いつもと同じ感触が、クロウに届く。
ミソラはハッチを閉じると、そのまま無言で体をコクピットシートに預けた。
何度か口が開きかける、そのたびに開きかけた唇をきゅっと閉じる。
それが、何度か続いた後…
「はぁ、このシートに座るのも、今日で最後か」
ミソラがはじめに口にしたのは、そんなことだった。
「結構長いこと使ってたのにね…訓練生の頃から数えたら、1年半くらい?」
シグルドは一騎毎に専用のパイロットが決まっている。
初陣で機体を失った分を含めて、3度登場騎を変更したミソラであったが、このコクピットブロックだけは乗り換えの度に、次の機体へと移植されていた。
「いろんなことがあったわね。本当に」
そう言うと、ミソラは左右のレバーを握った。
「ねぇ、いるんでしょ」
そうして、彼女は虚空へと声をなげかけた。
そこにいる男へと。
「最後の挨拶に来てやったわよ。感謝しなさい」
少しだけとげのある言い方に、クロウは思わず苦笑する。
「そんな言い方はないだろう」
そうして、言葉を返した。
「なによ。別にアタシは来なくたって良かったのよ。でも…皆がやるっていうから」
「お前は、そんなやつじゃないだろ。自分が嫌なことは絶対にやらないやつだ」
「何よそれ、失礼ね。アンタに何が分かるっていうのよ」
「半年も一緒に戦ってたら、そりゃわかるさ」
それは、2人が久しぶりに交わした雑談であった。
「それを言うなら、アンタだってそうでしょ。自分が納得しないことは絶対にしないし」
「そんなことをするのは、時間の無駄だからな」
「うっわ、そんなこと言う? 仮にも軍人でしょ、アンタ」
「俺は軍人になりたくてなったわけじゃない。勝手にそうなっただけだ」
「それでも1年の訓練期間が出たら、諦めとか、そういうのはできるでしょ」
「いや、そんなに」
「は~…そういうところ、全然変わんないのね」
ミソラはわざとらしく、ため息をつく。
クロウは、久しぶりにリラックスした様子のミソラを見た気がした。
「ねぇ、クロウ」
しばらくの沈黙の後、再びミソラが口を開いた。
先ほどまでの軽さが嘘のように、真剣な雰囲気がコクピットを包む。
「なんだよ」
「アンタ、今の自分のこと、どう考えてるの? アンタは人間なの? それとも機械?」
クロウは考える。
今までの自分の行いを振り返る。
そして…
「わからない」
今の素直な答えを口にした。
「わからないんだ。俺は死んだ。それは間違いない。でも、こうして機械の中に意識を宿らせることになって…そして、今じゃ何千何万に分割されて殲闘騎に内蔵されてる。だから、機械だと思っているんだ…でも」
クロウは戸惑っていた。
昨日までの、自分なら迷わず機械だと答えていただろう。
その質問を他のパイロットにされていたとしても、同様だ。
だが、その質問の相手がミソラとなると、話は変わる。
たった数分の会話。それだけなのに、クロウは自分が何者かを分からなくなっていた。
「俺は…俺は…」
「ごめん、クロウ」
そんなクロウの様子を察したのか、ミソラが謝罪する。
その表情は、少しだけ寂しげで、少しだけ喜んでいるように見えた。
「ごめん、クロウ」
再びの謝罪。
「アタシ、アンタにこれだけ聞きたかったの。でも、迷わせちゃったみたい」
そう言うと、ミソラはシートから腰を上げる。そのまま体を180度回転させると、シートに膝を載せ、背もたれに体を向ける体勢を取った。
「ねえ、アタシの顔、見えてる?」
「…ああ」
機体と一体化したクロウであれば、ミソラがどこを向いていても、彼女の顔は見ることができた。
だがこの時、クロウは今までのどんな時よりも、ミソラの顔をはっきりと見た気がした。
「さっきの質問、きっといじわるな質問だった。多分アンタは答えられないって、思ったから」
クロウの目の前で、ミソラは語る。
「だって、アンタはクロウだもの。クロウ・シノサカ。機械でもあるし、人間でもあって、そのどちらでもない存在」
「なんだよ…それ」
「アタシがそう思ったの。アンタは機械に意識が埋め込まれている。でも、こうして話もできるし人間らしい感情も持っている。アンタは人間でもあるし、機械でもある存在なんだって。だから、どっちかなんて聞くのは意地悪な質問よね。だって、どっちでもあるんだもん」
機械性と人間性が融合した存在。
ミソラは、それがクロウだと言うのだ。
その言葉は、確かに的を得ていた。
今、機械としてのクロウはコクピット内にいるミソラの生体反応を正確にモニタリングしていた。その一方で残りのクロウは、彼女の顔に、瞳、そして唇から目が離せなくなっていた。
「ま、答えはどうかはアンタが判断してくれればいいわ。でも…でもね」
再び、ミソラの顔が背もたれへと近づく。
「アタシは、アンタが人間であってくれたら…心をなくさないでくれたらいいなって思うの…」
だって…
それは、声とも呼べない、ささやくよりも小さな音だった。
それが、アタシの好きな…
全てを言い終える前に、ミソラは唇をシートへと押し当てた。




