12 去る者、残る者
ヘビの道。
空間がぐにゃりと曲がり、100隻を超える開拓船が姿を現した。
100隻単位での超長距離ワープによる同時移動。これがヘビの道周辺の至るところで行われていた。
この船たちはエネルギー充填と最終のメンテナンスを終えた後、ヘビの道へと入る手はずとなっている。
それは、長い長い旅の始まりを意味していた。
一方、軍艦は開拓船団から離れた場所、ヘビの道の外縁部にワープアウトしていた。
彼らが避難するのは、全ての開拓船がヘビの道へと入った後。7日後の予定となっている。それまで、彼らは襲いくる宇宙怪獣たちから、開拓船団を守らなければならない。
そんな艦隊の中央に、それはあった。
宇宙図を見ると、そこには存在しないはずの無数の小惑星群。
そしてその真ん中に浮かぶのは、小さな人工惑星だ。
それは殲闘騎の製造工場として作られたもので、数日前まではビフレスト恒星系に存在していたものであった。
シグルドをはじめとする、新型殲闘騎の生産ラインをもったこの人工惑星は、軍のトップとなったアリーヨ・リアリーと、その生産ラインの大半を握ったルーシー・ノイマン博士の協議の結果、ここ、ヘビの道の入り口へと移動させられたのであった。
その目的は1つ。
宇宙怪獣との戦闘によって損耗した殲闘騎の迅速な補充を行うためである。
そのために、この人工惑星は宇宙怪獣の攻撃に耐えうる程度の要塞化を済ませ、この場所へとワープアウトしてきたのであった。
今までであれば誰もが考えつかなかったアイディア。しかし、この人工惑星ではクロウ・シノサカという個が搭載された状態で殲闘騎が仕上がる。つまり、生産後すぐの出動が可能となっていたのだ。
◇ ◇ ◇
「ご協力ありがとう。博士」
モニタ越しに現れたルーシーに、アリーヨは頭を下げた。
「いいえ、あなたにはこの星を手に入れるために、いろいろ手を尽くしてもらったのだから。そのお礼よ」
「そういえばそんなこともあったね」
照れ笑いの後、アリーヨは表情を事務的なものへと変えた。
「それで…彼のほうは?」
「こっちは大丈夫。皆、そちらの彼と同じような決断をしたわ」
「そうか」
「ええ、現在も生産ラインの全てを使ってシグルドⅡとシグルドの2騎を生産しているわ」
彼女の言葉と共に、アリーヨの前にホログラムモニタが開く。
現在の生産数、そしてこれからの生産予定数…
「これだけの数があれば、ある程度は持ちこたえられるのではないの?」
「ああ、十分だ」
「あとは、艦隊に配備されていたシグルドたちね。あっちの進捗はどう?」
「ああ…それも今日の午後には全騎そちらに搬入される予定さ」
「…なんだか、歯切れが悪いわね」
ルーシーの指摘に、アリーヨはどこか遠くを見ながら答えた。
「最後の挨拶に、時間がかかっているらしい」
「最後の挨拶ねぇ…」
その言葉を受けて、ルーシーも黙る。
「私はそういうの、よく分からないつもりだったけど…今なら、なんとなくわかるわ」
「ああ、特に一部の人間にとっては、辛いだろうね」
「ええ、そうね」
その時、アリーヨとルーシーは言葉に出さなかったが、2人が思い浮かべたのは、同じ人物であった。
◇ ◇ ◇
ヴァルハラの格納庫では、殲闘騎パイロットと、これから戦場に送り出される殲闘騎シグルドーークロウ・シノサカとの、ささやかな別れの会が開かれていた。
それぞれのパイロットが自らが駆るシグルドのコクピットへと入り、クロウへと声をかけていた。
◇ ◇ ◇
「えっぐ…うっくぅ…くろ…くぅん」
大粒の涙を流しながら、嗚咽をあげているのはセレナ・ミラディ。
ミソラと共にクロウが初めてチームを組んだ少女であった。
「セレナ、今までありがとう」
セレナはいつものほほんとしていて、クロウはそんな彼女に癒やされることが何度もあった。常に楽観的な少女。クロウはセレナに対してそんなイメージを持っていた。
だが、それは違った。彼女は人一倍感受性が豊かで、傷を覆いやすい少女だった。
それを知ったのは、クロウがセレナの愛機であるシグルドβにシステムとして搭載されたからであった。
セレナは自分が戦場へと共に行けないこと、だがそれに安堵していることを告げる途中で泣き始めてしまったのだ。
「セレナには感謝してる。俺は1人でも大丈夫だから。涙を拭いて見送ってくれ」
「う、うん…クロウくんが、そう言うなら…わたし、わたし…」
そう言うと、セレナは指で涙をふき、顔を上げた。
そこにはいつもの、太陽のように明るいセレナの笑顔であった。
「クロウくん。元気でね」
そう言うと、セレナは戦闘服の谷間からペンダントを取り出すと、コクピットのレバーに巻き付けた。
「これ、私からのプレゼント。地元の星で流行ってたお守りなんだぁ。このお守りが、クロウ君を守ってくれたらって思って…」
「うん、ありがとう」
◇ ◇ ◇
「こういう時になんて言えばいいのかわからねーけど…とにかく、やるだけやってこい!」
そう言うと、アレックスはコクピットのアームレストをばしばしと叩いた。
「ああ…頑張るよ」
アームレストに走る衝撃を受けながら、クロウは答える。
「本当に、頼むぜ」
アレックス・ジャックマン
シグルドパイロット一のお調子者で、時々空気の読めない発言をする男。だが、誰よりも仲間想いな、熱い男。
クロウはそんな彼が嫌いではなかった。
「…こっちのことは、俺に任せとけ。だから、お前は…あんまり無理するんじゃねーぞ。って言っても、もうこの状況がずいぶんと無理って感じだけどな」
「ま、こんな体…っていうかよくわからない状況になってるんだ。多少の無理くらいなら、なんとかなるって思ってるよ」
「はは、それはちげーねぇ…だがな、クロウ。お前がどんな姿になっても、どんなに分裂しても、お前はお前だ。それだけは忘れないでくれよ」
「アレックス…」
「お前は俺たちにとっては大切な戦友だ。俺たちはお前のことを忘れない。人間だった頃のお前をな。だから、お前も俺たちのことを、何があっても忘れないでくれよ」
そう言うと、アレックスは一枚の写真をコクピットシートに置いた。
それは殲闘騎パイロットの集合写真だった。
ミソラ、セレナ、アレックス、カンナ、ジョセフ…
その中には、まだ人間だったころのクロウもいた。
「懐かしいだろ? それ。シリウスに配属された時に撮ったやつ。データでもよかったんだけどさ、こういう時は形にして渡しておくのもいいかなって思ってよ」
それは1年ほど前に撮られた写真。
クロウは、久しぶりに自分の姿を見た気がした。
「俺たちの顔を忘れそうになったら、この写真を見て思い出してくれよ」
「ああ、ありがとう」
◇ ◇ ◇
この時、このようなやりとりが、シグルドパイロットと各エインヘリアル・システム=クロウ・シノサカとの間でかわされていた。
「一緒に戦えないのは、残念…」
「ただ、アナタと戦えたこと、誇りに思う」
「…また、どこかで」
機体と相棒を置いて去る者たち。
共に戦った期間に長短はあれ、誰もがクロウと会話をしたいと望んでいた。
そして、彼らは残るクロウに対して、何かしら選別の品をコクピットへと置いていった。
それは残されるクロウに対して、少しでも心の支えになれぱという気持ちから生まれたものなのであった。




