2 動き始めた…
【パルテノス恒星系 第1惑星アテナ近郊 小惑星帯】
統一時間11月15日 17時00分。
虚空が支配する宇宙の暗闇の中を、白銀の殲闘騎たちが駆けていく。
直後に、数条の閃光がはなたれ、機影が小惑星の岸壁に映る。
「アレックス、反応が遅れてる!」
「わかってるっての!」
機体の主たちは、言葉で、思考で会話をかわしながら、小惑星帯の中を飛んでいく。
その光景は、さながら天の空を駆ける、ペガサスのようにも見えた。
そのうちの1騎が、火を吹き上げた。
彼方から放たれたレーザーが、シグルドの編隊の中にいた1騎を、撃ち落としたのだ。
「おい! セレナが墜とされたぞ!」
コクピットへの直撃弾。
これが実戦であれば、パイロットの命は確実に奪われたことだろう。
「ったく、こっちは数で勝ってるってのに…シグルドⅡってのはどんだけなんだよ!」
「機体の性能だけじゃないわ。ミソラの腕前もあってこそ」
「わかってるよ!」
「みんな~、ごめん~」
現在、パルテノス恒星系ではヴァルハラへと残ることになった、殲闘騎部隊の隊員達による模擬戦が行われていた。
ヴァルハラ所有の殲闘騎全騎を使ったこの模擬訓練では、シグルドⅡを駆るミソラが率いるチームと、エインヘリアルシステムへの適正値が高い一期生を中心としたアレックスチームに分かれて、対戦が行われていた。
ミソラは新型機のパイロットとは言え、練度で劣る新兵をまとめあげなければならず、戦闘はややアレックスチーム有利と考えられていた。
しかし…
「どっちにもクロウがいるんじゃ、腕前なんて関係ねーな…」
アレックスの愚痴の通りである。
クロウの意識を搭載したエインヘリアルシステムの実装によって、各騎の戦力は均一化されていたのである。
多少練度の低いパイロットであっても、クロウの補助によって、熟練の――それこそ、一期生に匹敵するレベルにまで戦力を向上させていた。
結果、同じ練度であれば、敵を寄せ付けない新型機がいるミソラチームが訓練を優位に進めていた。
「おい、クロウ! お前、ミソラがいるからってあっちをひいきしてるんじゃないだろうな!」
「そんなことはしてないよ。それじゃあ、訓練にならないだろ?」
「クロウ、アレックスの戯れ言は聞き流して言い。それよりも現状の打開策を考えて欲しい」
「カンナに同意」
「…同意」
「おい、お前ら! 俺へのあたりきつくねーか!?」
いつものことだろう。
アレックスの通信を聞いた、全員がそう思った時であった。
再び、虚空からレーザーが飛来する。
「カンナ!」
クロウの叫びが、カンナの耳へと届いた。
カンナがその声に従い、機体を横に反らしたのと、レーザーが機体の横を通り過ぎたのは、ほぼ同時であった。
「ありがとう、クロウ。助かったわ」
「俺は何もしてないさ…それよりも、来るぞ!」
クロウの忠告と同時に、彼らの前に白銀の機体が現れる。
シグルドⅡ――銀河連合のエースオブエース、ミソラ・アカツキの専用機である。
「ちっ!」
アレックスは、舌打ちをすると同時にレーザーブレードを取り出した。
その動きはエインヘリアルシステムを載せ替える前と比べ、コンマ4秒ほどの速度向上を果たしていた。
戦場であれば、自らの命運が変わりかねないほどの時間である。
しかし、その動きよりも速く、シグルドⅡはブレードを取りだすと、それを振り下ろした。
「はやすぎだろっ!?」
アレックスのコクピットに「Your Dead」のサインが浮かぶのは、それから0.3秒後のことであった。
アレックス騎が墜ちた後も、戦いは終わらない。
残された一期生――カンナ、アイン、ツヴァイ、ドライの4人はクロウが調整するエインヘリアルシステムのデータリンクによって、ほぼ同時にシグルドⅡに斬りかかる。
しかし、シグルドⅡはそのコンビネーションを避けきると、4騎に背を向けて、戦場から離れていく。
「追うわ」
シグルドⅡの後を追おうとする、アイン、ツヴァイ、ドライのシグルドたちであったが…
「待って!」
カンナの警告とほぼ同時に、3騎を無数のレーザーが貫いた。
岩陰に隠れていた、ミソラチームのシグルドが、3騎を撃ち抜いたのだ。
「残念」
「無念」
「諦念」
「…はぁ」
3人が撃墜判定を受けたことを確認しながら、カンナはため息をついた。
同時に、レーダーで自チームの反応を検索をするが、残騎は…カンナ騎のみ。
「勝負あったわね」
こうして、シグルド隊による模擬戦は終了した。
◇ ◇ ◇
「敵チームの降伏を確認。俺たちの勝ちだな」
「そう…」
先輩チームへと勝利した喜びによる、後輩チームの歓声が大音量で流れていたが、シグルドⅡのコクピットは静かなものであった。
「機体が変わっても、動きは鈍ることはないわね。むしろ、良くなってる」
「まぁ、そうだな…」
ルーシーがそう調整してくれたから…
そこまで言えないクロウである。
現在、彼とミソラの間では、言葉では言い表せない、気まずい雰囲気が漂っていた。
原因は分かる。数日前に、アリーヨから言い渡された指令だ。
クロウの意識が宿ったエインヘリアルシステムを、シグルド全騎へと搭載する。
その指令を受けた時から、より正確に言うならば、その指令をクロウが受け入れてから、ミソラとクロウの間には気まずい空気が流れていた。
ミソラは、不機嫌になっている。
それに対して、クロウはどう対処すればいいかわからない。
エインヘリアルシステムの能力を使えば、ミソラの思考を読み取ることは容易だ。
しかし、そんなことをすれば、彼とミソラの間に築かれた信頼関係が瓦解することを、クロウは理解していた。
だからこそ、悩むしかないのである。
クロウは、どうミソラに話しかければいいのか…
きっかけを作るのは簡単だ。
なんでもいいから話せば良い。
この数日間、ミソラはシグルドⅡに近づかなかったどころか、クロウの意識が入ったカプセルにも接触をしなかったが、今なら話をすることができる。
「なぁ、ミソラ」
結果、クロウはそのチャンスを利用することにした。
「なによ、アタシの動きに、何か問題でもあった?」
ミソラの反応は冷たい。
だが、そんなのはなれっこだ。
クロウは、自分の中に宿るもやもやとした感情を打ち消すため、なによりもミソラとこれ以上険悪な関係にならないため、次の言葉を紡ごうとした。
しかし…
「こちら司令部から各員へ、繰り返す、司令部から各員へ」
そんな思惑を、ヴァルハラからの通信が打ち消した。
「ただいま、北方開拓船団から宇宙怪獣の襲撃を原因とする緊急救命信号を受け取った。本艦はこれより、船団の現在位置を示すアタランテ恒星系へと急行する。繰り返す、ただいま…」
「…宇宙怪獣が、こんなに早く!?」
「急いで、ヴァルハラに戻ろう!」
「ええ!」
それ以上の会話をすることは、できなかった。
個人的な問題よりも、遙かに大きなアクシデントが、彼らを襲ったのだから…




