1 天才の責務
【ビフレスト恒星系 小惑星群】
ビフレスト恒星系は、地球型惑星の数が少なく、人類の生存地としては不向きな場所であった。
しかし、数年前にこの恒星系が有する小惑星群から高純度のミスリニウム鋼が産出することが判明したことで、事情が変わる。
人々はこの小惑星帯の一角に兵器工廠を作り、人工惑星を用意し、殲闘騎の製造を行っていた。
統一時間11月15日 10時00分。
小惑星帯の一角に浮かぶ人工惑星、フッラの宇宙船ドッグに一隻の高速艇が入港した。
スキーズブラズニール。ルーシー・ノイマン博士が私的に使用する船である。
16歳という年齢ながら、様々な学問でトップの実績を持つ彼女は、1日前までは迎撃艦母艦ヴァルハラの研究棟で過ごしていたが、今後の宇宙怪獣との戦いに備えて――正確には対宇宙怪獣用の兵器開発を加速させるため、ここフッラで研究所を開くこととなったのである。
「それで、生産設備は整ったの?」
営業スマイルで彼女を出迎えた施設代表者に対して、彼女がはじめに口にしたのが、上記の台詞であった。
「儀礼的な出迎えは結構。それよりも私はあらかじめあなた方に依頼していたことが、こなされているかが確認したいのだけど?」
そう言いながら、ルーシーは自らの端末を操作し、彼女が用意を頼んでいた精製済みのグランブルナノメタルがフッラ内にある自身が管轄することになる工場へ届けられたことを確認していた。
「あ、あの…長旅の疲れを癒やすため、まずお食事でも」
「気を遣ってくれてありがとう。でもさっきも言ったように、儀礼的な出迎えは結構よ。私は私の仕事をしなければならないから」
そう言い捨てると、ルーシーは自らの研究室へと向かい歩き始めるのだった。
まったく、時間がないって言うのに…
内心苛立ちながらも、それを表に出さなかったのは、時間を無駄にしたくないがためであった。
パルテノス恒星系で大規模開拓船団が動き始める時間である。
早ければ数時間後には、戦端が開かれるかもしれない。
もし、本気を出した宇宙怪獣に、人類が追い詰められるようなことになれば…
いや、なる可能性が高いのだ。少なくとも、彼女はそう考えていた。
だからこそアリーヨをはじめとした各省庁のパイプ役に根回しをして、この施設での研究所開設、そして稼働したばかりであった新型殲闘騎製造工場の大半の生産ラインの独占使用権を手にしたのだ。
もちろん、簡単に実現できることではない。
当代随一と言われる研究者であっても、ルーシーはまだ16歳。
そんな彼女に、兵器工廠の一部を独占使用させるのはいかがなものかという意見は少なからずあった。
だからこそ彼女は今までの実績や、コネクション、そして多少、自分が不利になるような交渉をしてまで、この権限を手にしたのであった。
その理由は簡単である。
今、人類が危機にあるからだ。
彼女は学ぶことが好きだった。考えることが好きだった。そして、自らの頭脳で新しい発見をすることが好きだった。
今後、宇宙怪獣との戦いが激化し、人類に危機が訪れた場合、彼女は研究を続けられなくなってしまう。
だからこそ、ルーシーは今自らが考える最善手を打ったのであった。
「本当は、あまり無茶をせずにこの地位を手にしたかったんだけどね…」
廊下を歩きながら、ついついそんな言葉がこぼれてしまっていたことに気がつき、ルーシーは苦笑いした。
ルーシーはこの地位を手に入れるための交渉を、研究と平行して行っていた。
この間、ほぼ睡眠を取っていなかった。
少し、疲れているのかも知れない。
工場の稼働が一段落したら、仮眠を取ろう。
ルーシーはそう考えると、意識を切り替えて、自らの新しい研究室へと入っていった。
彼女の最優先タスクは休息ではない。
彼女がやるべきことは、最新鋭殲闘騎であるシグルドⅡやその後継機の研究、量産。そして対宇宙怪獣への切り札である粒子剣グラム、そしてクロウ・シノサカが入ったエインヘリアルシステムの量産、実装作業である。
それが、この時代に生まれた天才としての、責務であった。




