22 ゼウスにて…
【オリュンポス恒星系 第一惑星ゼウス 中央委員会 会議場】
統一時間11月8日 11時21分。
「以上が11月4日に宇宙怪獣が我々人類に対して出した声明になります」
アリーヨはそう告げた。
議場には大型のホログラムモニタが浮かんでいる。そこには宇宙怪獣――ファブニール=クロウからの声明が流され続けていた。
アリーヨはいつもにもまして眠そうな表情で、その映像を眺めている。
そうなるのも無理はない、彼はパルテノス恒星系の戦いが終わるやいなや、銀河連合の中央委員会への出席を命じられ、多段階超長距離ワープを行使してここ、ゼウスまでやってきていたのだ。
その間も、資料づくりに追われており、彼が愛する酒も、睡眠もろくに取れていなかったのだ。
「ごくろう、アリーヨくん。それでは次に軍からの対策案を聞きたいのだが…」
声明が終わり、またはじめからクロウの声が再生される。
それをBGMに議長のフランドロはアリーヨと、その横に座るグラン・コロン元帥へと視線を向けた。
「私がはじめに聞いた案は、いささか消極的にすぎると感じたのだが…」
その目には、事前に軍が提案した案を、決して認めないという強い意思が感じられた。
「申し訳ございません。我々としては事前に提案させていただいたものが最善だと考えております」
アリーヨの回答に、議場全体がざわめく。
「では、君は人類の最も重要な役割である、開拓事業を凍結しろというのかね?」
「はい、そのとおりです」
議場のざわめきが、さらに増した。
それは再生されているはずの、クロウの声明もかき消えてしまうほどであった。
「貴様らの仕事は、宇宙怪獣どもから我らの同胞を守ることだろう!」
そんな志を持って、私はこの職についたわけじゃないんだけどな…
そう心の中でぼやきながら、アリーヨはホログラムモニタを操作し、次の画像を表示させた。
「こちらは現在我々の生存圏内に存在すると予想される宇宙怪獣たちの総数です」
画像には様々なグラフの他、32:68という表示が書かれていた。
「現状の我が軍の戦力の約2倍です。ここ半年…おそらくこの声明を出した宇宙怪獣が出現してから、彼らの知能は上昇しています。正面からぶつかった場合、まず勝ち目はないでしょう」
「ずいぶん弱気な発言じゃないか!」
「我々は軍の予算を上げるために、ここに集まったわけではないのだがな!」
そんな野次が議会を埋め尽くす。
「静粛に」
だが、そんな雑音は議長の一言で収まった。
「アリーヨくんの…軍の意見はよくわかった」
フランドロは、議場が静まったのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「今宇宙怪獣に勝てないというのはわかる。だが、だからこそ我々は今の生存圏をさらに広げ、彼らの襲撃が起きても人類という種を生き延びらせる方法を取るべきではないのかね?」
「お言葉ですが議長。我々がいくら生存圏を広げても、宇宙怪獣の襲撃は収まらないと考えます。そもそも彼らが、そう告げているわけですから」
「まあ、君の言いたいこともわかる。宇宙怪獣がそう宣言した通り、今後も彼らは我々を襲い続けるのだろう」
頷きながら、フランドロは答える。しかしその言葉は、まったくアリーヨの言いたいことを承諾していないという態度であった。
子供を諭す際に、大人がするような態度とも言えるだろうか。
彼ははじめから、聞く耳など持っていないのだ。
「たしかに今我々が宇宙開拓をやめれば、貴重な命が奪われることはないのかもしれないな…」
思ってもないことを言う。早く本題に入ればいいのに。
アリーヨはそう考えながらも、見た目だけはフランドロの言葉に傾聴している風を装った。
「だが、我々は理想論だけでは生きていけないのだよ。アレクセイくん」
「はっ!」
フランドロの言葉に応じて、アレクセイ――銀河連合の経済産業を取り仕切る人物がホログラムモニタの表示を切り替えた。
「君は大急ぎで資料を作ってくれたからね。それへの礼として、我々もある試算を出してみた」
モニタにはアリーヨがまとめたものと同じように、複数のグラフが並べられていた。
「これは、我々が宇宙開拓をやめた場合の経済損失に関しての試算データだ。これを見ればわかるように、もし我々が今後一切宇宙開拓をしないとなった場合…直接的には10億人、間接的にはこの銀河の3割以上の人間になんらかの悪影響が生じると出た」
当たり前の結果である。
人類は地球を巣立ってからずっと、宇宙開拓を続けていたのだ。
それに関わる職についている人間は星の数ほどいる。
「この損失を無視することはできない。わかってくれたと思うが我々は止まることはできないのだよ」
得意げな表情でフランドロは告げた。
だが、アリーヨも黙ってはいなかった。
「しかし、我々が提示したデータも無視はできないかと思いますが? 宇宙怪獣が本格的に侵攻を開始すれば、人類という種の歴史が、ここで終わることになります」
◇ ◇ ◇
統一時間11月 18時25分。
結局、会議は8時間もの長丁場に及んだ。
「司令」
アリーヨがくたびれた表情で議場を出るとチルが車をつけて彼を待っていた。
「わざわざ迎えに来てくれなくてもいいのに」
そう言いながら、アリーヨは彼女の車に乗り込んだ。
「いいえ、司令の補佐をするのが、私の役目ですから」
「本当に、助かるよ」
「それで…会議はどうでしたか?」
「この顔を見て、わかるだろう?」
「…駄目でしたか」
「まぁ、わかっていたことではあるけどね。少しでも可能性があればと思ったんだが…」
そう言うと、アリーヨはため息をついた。
ここまで疲弊している司令官を見るのは、チルにとって新鮮であった。
彼はいつも眠たげな表情でゆるそうにしているが、芯の部分では常に思考を張り巡らしているのだ。
「だが、パルテノス以遠の開拓船団に関しては1週間の開拓停止は取り付けたんだ…」
「それは…本当ですか?」
車を動かしながら、思わずチルはアリーヨの方を見た。
1週間も開拓を停止したことなど、過去の人類史ではあり得なかったことだ。
それは、アリーヨの才腕があったからこそ、成し遂げたことなのだろう。
「1週間ではやれることも限られている…」
だが、その偉業の当事者は表情を曇らせていた。
「これから、苦しい日々が続くことになるぞ」
そんな彼を、チルは気遣う必要があった。
だからこそ、彼女は車を目的地へと向かわせる。
「…チルくん、私の記憶が正しければ、宇宙港はこちらではない気がするんだが」
アリーヨが異変に気がついたのは、議場を出て20分経った頃だった。
「はい。目的地は宇宙港ではありませんから」
「どこに連れて行く気だい?」
「司令のお気に入りのレストランです」
「なんだって!?」
深々とシートに身を預けていたアリーヨが、飛び起きる。
「司令はゼウスに来た際に、必ず立ち寄る店がありますよね。今回もそこに寄るのかと思ったのですが…勝手なお世話なら、すぐ宇宙港に向かいますが?」
「いや、いい。そのまま進んでくれ。しかし、驚いたな…」
「なにがですか?」
「君のことだ…1週間しか時間がないのなら、すぐに私をパルテノスまで戻そうとするかと思ったんだが…」
「……」
アリーヨの予想は、概ね正しかった。
いつものチルならば、彼を休ませることなく宇宙港につれていく。
そもそも、アリーヨお気に入りの店自体、彼女は何度も訪れていたのだ。アリーヨ自身を回収するために。
だが、今回彼女はアリーヨの疲れ具合を見て、気をきかせることにしたのだった。
そもそも彼は、ここ数日彼が愛する酒も睡眠も犠牲にして仕事に打ち込んでいたのだ。少しくらい息抜きをしなければ、潰れてしまう。
そして、彼がいなくなった瞬間、人類は死滅するということを、彼女は理解していた。
「司令はお疲れのようでしたから。勝手ながら店に行ったほうがいいと判断しただけです。それに司令のことです。どうせ頭の中で一週間の間にやることは考えているのでしょう?」
「いや…まぁ、君の言う通りではあるんだけど…」
「なら、問題はありませんね?」
「ああ…ありがとう」
そう言うと、アリーヨは微笑む。ここ数日の緊張が全て吹き飛んだかのような表情だった。
それを見て、チルは顔をそらす。
「た、ただし。滞在時間は30分です。そのあとはすぐに宇宙港まで行っていただきます」
「30分って、君…! 何も食べられないじゃないか」
再び、アリーヨはシートから身を乗り出す。
「ご安心ください。すでに司令のお好みの食事は予約済みです」
「…はぁ、まったく。君には敵わないな」
苦笑いを浮かべながら、アリーヨはつぶやいた。
「ありがとう。気をきかせてくれて」
「いいえ、これも私の役目ですから」
答えると同時に、ハンドルを右に切る。
同時に、店の看板が見えてきた。
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