裏切り者の事情とか知ったこっちゃ無い
曹性の覚醒は覚醒だった。
意識の冴えという意味で覚醒。中枢神経からの警鐘によって目覚める類。
失態に気づいたという意味で覚醒。剣の切っ先が視界に入り慌てて顔を逸らす。
耳に激痛が走り、しかし抑えつけられる前に飛び起きた。
同時、闇夜に銀線が煌めく。
慌て身を屈めると敵。飛び起きた勢いのまま懐に入ると、腕を掴み捻って剣を奪う。
刺客の腕を捻ったまま辺りを見回せば二十数名からなる刺客達。
「誰の命令だ」
「黙、ギャァアアアアアアアア!!!」
腕を捻り上げられた刺客は悲鳴を声を上げ、同僚に早く助けろと言わんばかりに。
「早くコイツを殺せっ!!」
喚く。
「ならお前からだ」
曹性は言うや否や冷静に切っ先を首にねじ込みもう一本の剣を奪う。
同時に身を翻した。
同僚を助けようと剣振りかぶりながら声を上げて突っ込んで来た間抜けの首を断ち切る。
頭が地に跳ねて乱戦開始の合図となった。
二人同時に突っ込んで来た刺客の腿を低い姿勢のまま纏めて裂き、倒れる事なく踏ん張った刺客の下顎に剣をねじ込み脳を切る。
引き抜いた切っ先が右に流れ赤い円を描く。腿から流れる血を止めようしている刺客の首を一太刀で切り落とした。
続けて背後から迫る敵に見向きもせずに刺突を首に。
瞬く間に複数人を殺されて怯んだ刺客達が一歩下がった。
「弓も持たずに化け物か……」
忌々しげな刺客に曹性は顔を顰めた。
「将たる俺が弓しか使えんと思ったか間抜け共。そもそも剣が無くとも人の寝込みを襲う腰抜けを相手にするには過分だぞ」
刺客の苛立ちを感じた曹性は片手の剣を投げる。突如、ほぼ予備動作無く行われた其れは避け切れるものでは無い。眼を突き刺し悲鳴と共に一人の命を絶つ。
瞬間駆け出して瞬く間に亡骸を蹴飛ばして剣を引き抜くと左右の者を即座に斬り伏せた。
「ヒィィィイイイイイイイイ!!!」
悲鳴と同時、まるで飛び跳ねる様に残りの者達を切り裂いていく、屠殺とでも言うべきか淡々と。
そして最後の一人の首をかっ切る。が、半ばで剣がへシ折れた。
刺客は首に刃を挟み尚死ねず。唯一見える両の眼を苦痛に歪め掌と指が切り裂かれるのも気にせず刃を抜こうともがく。
「あ“っギィあ”」
「ッチ」
舌打ちと共に曹性は顔を顰めた。
「此れだから安物はいかんのだ。死に行く者を苦しめる」
そう言うと木に立て掛けてあった愛刀を握り一線、苦しむ刺客にとどめを刺した。
「フゥ……。成る程、直下の兵と離されたのはこう言う事か」
曹性は良の陣へ向かおうと振り返る。
「其のとぉうりだ曹性ぇ」
ニヤニヤと嘲笑を浮かべた元上司が五十ほどの兵を連れて周囲を囲った。
「どうだ曹性、お前も白虎の首を持って袁大将軍に降らんか?古くからの部下にして勇将のお前だ。将軍として推挙しても良い。
時期劉徐州牧も反転して来る頃合だろう。十万を超える袁紹軍に勝てる筈もない。
沈みかけの船に乗るものでは無いぞ」
曹性は吹き出し笑うと吐き捨てる。
「黙れ。見下げ果てたぞ匹夫が」
「そぉう言うと思ったよ曹性ぇ」
同時に顔を顰めた郝萌が手を振り落ろす。闇夜に鏃が空を切った。
「ガァアアアアアアアア!!!!」
良の沈んだ意識が僅かに揺れる。最初に感じた其れは遠くの喧騒。
飛び起き鉄鞭を腰に括り付け、弓と矢筒を背負って偃月刀を握った。
天幕を出て鋭敏な意識と共に、大きく息を吸うと馬鹿デカくドスの効いた声で叫ぶ。
「全軍、起床っ!!」
寝惚けている郭嘉を見つけ叩き起こすと、続けて眠ったままの佰長達を蹴り起こす。
「どうした……白虎殿」
馬に跨る良に向かって、郭嘉が剣を腰に括り付けながら言う。
「夜襲だ!」
良の言葉に郭嘉は驚いた。
「っな!?郝萌め!!」
「…どう言う事だ?」
断定してみせた郭嘉に問う。
「奴は袁術と繋がっていた経歴がある!
皇帝と言う権威を好んだのだろうと捨て置いたが選りに選って今か、クソッ!!
涼州の情勢、并州が味方である事、朝廷との関係を鑑みれば今動く程の度胸も無いだろうと!!!
白虎殿、即座に兵を率いて逆襲を!
郝萌は張飛に使者を出している筈だ!!
張飛が来る。その前に郝萌を討つのだ!!!」
郭嘉とて人と言う事だ。だがコケたままではない。
まず、奇襲や劉備が控えていなかった事から此の裏切りは突発的な事であると考えられる。
入念な準備をしたのなら郭萌のみで立ち上がる訳がない。少なくとも良本体に奇襲をかける筈だ。
存外に落ち着いている良麾下の兵と大軍を率いた劉備の状況、更に用心深い郭萌の性格から直ぐに援軍にこれる張飛を呼んでいる筈だと予想した。
張飛さえ惹きつけられれば勝ち筋はある。
良は頷くと喧騒止まぬ曹性の陣へ向かった。
良は郭嘉と準備の出来た兵達を伴い陣中をズンズンと進んでいく。
「待てっ!!曹性、其の首置いていけ!」
ふと、遠くからそんな声が聞こえた。ガサガサと木々と枝葉を掻き分ける音。
「白虎殿、健闘を祈る」
「おうっ」
良は弓を握る。暗闇に慣れた目は肩を抑える男と其れを追う兵を捉え、弓を三本をつがえ、離す。
呻き声が聞こえドサリと崩れ落ちた。
茂みから三人、飛び出てくる。続いて十数も居よう兵達が現れた。
だが、良の存在に気づくと騒めきが起きて足を止める。
敵中に突っ込み纏めて切り殺し、続いて向かって来た五人を偃月刀で薙ぐ。
伯長二人が流れる様に刀を振るって六人を切り殺せば、良も三人を斬り殺す。
合計、二十人の死体が散らばった。
「白虎殿、何だ其の曲芸じみた弓術は?」
「え?あぁ、李進じーさんに教えてもらった。つか、緊張感ねぇな」
「ふん、曹性殿は心配だが彼は勇者。
何より斯様な時にこそ軍師は冷静でなければいかんのだ」
「!…そうだな」
そんな事を話して居ると丁度、残りの良直下の騎兵を引き連れた古参が合流した。
「頭目、待たせた」
そう言った最古参に良は言う。
「後で褒美に全員に酒一斗な」
「ハッ、仕事だ若造が」
良は肩を抑えた人物の元へ、そんなやり取りをしながら足早に向かう。近づきくっきりと見える顔は量の良く知る人物だった。
「曹性のオッチャン!!」
其処にいたのは背に数本の矢を受けた曹性と彼を守る様に立つ二人。
「若、若か。郝将…郝萌の反乱だ。
不覚をとった。此の二人に助けられて奴の左腕を切り取ってやったが張飛が来る。急ぎ引かねば」
「援軍、郭嘉も言ってたなチクショウ」
そう言うと飛び降り外套を切り裂いて血の滴る腕をきつく縛った。
馬にまたがると声を張る。
「郭嘉曰く敵が来る。其の前に裏切り者をブッ殺すぞ!!」
兵達は唯「おうっ」とだけ声を揃えて頷く。其の形相は憤怒を浮かべており並みの者では意識を保つ事さえ不可能な程。
「郭嘉、曹性さんを頼む!」
「わかった。健闘を祈る」
良は返事を聞き頷くと偃月刀を掲げ馬から降りて喧騒の中心部に向かう。
木々を掻き分けた先。
郭萌の千ほどの部隊は雑兵は兎も角、部隊長以上の者は皆純白の外套を纏っていた。同士討ちを防ぐ意味なのか旗を掲げており良の陣へ向けて進んでいる。
良く目立つ其の横っ腹へ突っ込む。
薙ぐ。薙ぐ。
白い偃月刀を赤く染めて突き進む。そんな良は離反兵達にとって青天の霹靂だ。
寝起きに虎とでも言っとこうか。
「かぁくぼぉぉぉおおおおおお!!!」
良が吼え兵が慄く。
怒りの感情を乗せた其の声、兵の心胆寒からしめるに十二分。
更に良の部隊は近接戦は得意であり、弩の弱点である装填の遅さ故の反撃はままならず、部隊は一気に離散して行く。
其の割れ目に郝萌の鍍金鎧が輝いた。
「見つけたぞテメェぇええええ!!」
良は頭に登った血の勢いと等しく偃月刀を振り上げ郭萌に向かって突貫した。
雑兵を薙ぎ倒し駆ける良。郝萌めがけて偃月刀を振り下ろす。
「おのれ若造がァ!!ッァアアアアアアア!!!」
煌めく直剣で偃月刀の刃を止められ無かった。両腕で有れば結果は変わったかも知れないが、そのまま人差し指と親指を持っていかれ胸部の鎧で刃の止まった郝萌は悲鳴を上げ落馬する。
しかし、すぐさま起き上がると吠えた。
「おのれぇ!!呂布如き蛮人に媚び諂い、貴様の様な若造を上に置く。こんな屈じょがぁ……!?」
言葉が出ない。
良の偃月刀が口に向かって突き出され唇を割き歯を砕いて其の儘脊髄を砕き頸から刃が突き出る。
最後に見たのは憤怒の形相。
「曹性のオッチャンに万が一があったらもういっぺん殺すぞテメェ!!!」
亡骸に吐き捨てると首を断ち切り高く掲げる。陣営に突っ込み郝萌を討ち取った事を振れ回れば郝萌配下の者達は降伏した。
凛然と輝く星々を背に千五百ばかりの剛毅雄壮な兵団が駆けている。
跨る馬は駿馬では無いが屈強でどの様な重さにも耐えられるだろう。乗る兵達は胡服に身を包み外套をはためかせる。
駆け足の兵は足腰が強靭で、鎧は貧相ながら手入れされており、担いだ矛は鋭利に輝いていた。
最先方の将軍は鎧の上に鮮烈な紅蓮の漢服を纏い、長く太い蛇矛を担いでいる。戦馬の切る風に煽られ、悠々と翻る軍旗の文字は張の一字。
劉備軍の高名な二将軍の一人。張翼徳その人である。
郝萌の放った援軍を乞う密使によって知り得た情報から張飛は烏丸騎兵と軽装歩兵を率いて、良の撃滅と取って返し曹豹を打つ策を可能だと考えたのだ。
張飛にとって良などその程度でしかない。
武人としては二流、土弄り好きの変人と言えばそんな評価。
関羽との一騎打ちを細く聞いていれば話は別だったろうが、関羽に対して尻尾を巻いて逃げた程度の情報しか知らなかった。
実直に張飛は良を眼中に置いていない。
呂布ならばクソ野郎ではあっても武人として認めざるおえないが、良など張飛にとってはガキでしか無いのだ。
呂布の威を借り皇帝を誑かして偉そうにしている様にしか見えなかった。
しかし、それ以上に張飛はイライラしている。なぜかと言えば定期的に喚くので直ぐに解る。丁度良く怒りが爆発し怒鳴りだす。
「がーーーーーーぁ、気にくわねぇぜ!
何で此の俺が郝萌なんてせせこましい奴を助けなきゃ何ねぇ?
アンなのはぁ俺の大っっ嫌いな強欲クソ官司と大差ねぇだろうがァ!!」
雷鳴の様な声。
有り有りと機嫌の悪さが理解でき、周囲の部下達は背筋を凍らせる。
「いいかテメェら!!
あの野郎は一度、今まで散々誘った寝返りを拒否し続けやがったんだ。其れを袁紹が立ち上がって途端手のひらを返して来やがった!
郝萌は死んでも構わねぇ。敵の総大将のクソガキを殺すか、本体を潰走させりゃそれで良い!!
その後、裏切り者の曹豹の所へ戻って、あのジジイを矛の錆にする!!
裏切り者の曹豹といけ好かねぇ呂布の前座として、俺様が直々に虎狩りをしてやるぁあ!!!」
そう言うと張飛は蛇矛を鋭く振り上げた。
部下達は雄叫びをあげる。
その一振りから感じる頼もしさと、苛立ちが向かうのが自分達ではないと言う安堵から。
一刻少々、その程度の時間で川と森の合間に建てられた陣幕を発見する。星々の輝きを奪い煌々と辺りを照らす業火が轟々と陣を焼いていた。
一騎の騎兵が駆けてくる。息も絶え絶えの男は声を張り上げた。
「徐州牧配下の方ですか!?」
「そうだ!!貴様、何者だ!?」
「私は郝将軍配下の単胡。現在郝将軍は陣中にて呂井と交戦中、どうか急いで援軍を!!」
「はっはっは!!
そりゃぁいい、郝萌の野郎が上手くやった様だ!!騎兵は先行する、続けぇ!!!」
張飛は五百騎の騎兵と燃え盛る陣に突っ込んで行く。亡骸が散らばり血溜まりが出来ており先程までここも戦場だったのだろうという事が伺えた。
森の中から蛮声が聞こえる。
「更に奥だっ!!」
声に釣られて炎の塗れた縦長の陣を直角に曲がり、細長く切り開かれた森の中へ入っていく。
唯、切株だけの大きな円状の広場が張飛の目に飛び込んだ。
「どう言うこった。兵がいねぇ?」
よく見れば木々の間に幾重に重なる紐と鉄鎖。騎兵の進める道は入ってきた道一つに限定された。
「嵌められたァ!!!」
なれば起こる事はただ一つ。
「うギャァ」
「アァッッ!!?」
背後から悲鳴が聞こえる。左右の騎兵達が崩れ落ちる。人馬問わず身体中から矢を生やし崩れ落ちていく。
「撤退だぁ!!」
張飛は叫ぶと踵を返した。騎兵は森の中から降り注ぐ矢に大混乱、張飛に付いて来れたのは十騎足らず。
張飛を狙った様に、否狙って矢が降り注ぐ。外套を引きちぎる様に取り振り回して矢を弾く。
弛ませ砂で隠していたのか突如紐が浮き上がる。
半数は飛び越え断ち切り、半数は馬の足を取られて転げ落ちた。
来た道を戻り進むと弩部隊が待ち構えていた。慌てて馬を横向にさせて長大な蛇矛を回転させて矢を防ぐ。
「オォオオオオオオオオオオオオ!!!」
自身の背後にいた二騎以外は皆死んだ。張飛は弩部隊の隊列を睨み雄叫びを上げて突っ込んでいく。
だが、慈悲も無く第二射が放たれる。張飛はもう一度蛇矛を振るい弾き落とすと弩隊を蹴散らし突破して行った。
侍る兵は居ない。
残した歩兵は遠くで亡骸と化している。
東から日の登る頃、一騎の騎兵が駆けて居た。
張飛だ。馬は泡を吹いて痙攣しながら脚を前に出す。馬一匹を使い潰したおかげで彭城城が太陽を背にして見える。
急ぎ陳珪と兵を整え迎撃の準備と伝達をしなければならない。直ぐにでも呂布軍が、少しすれば曹豹が来るはずだ。
そう思い更に近く。翻る呂の旗に崩れ落ちた。
張飛が劉備の元へ馬を走らせている頃、曹豹と良の会談を抜けた郭嘉は別室で曹性を前にして居た。
「曹将軍。私が至らなかったせいで、怪我を負わせ、更に部下を死なせてしまった事、誠に申し訳なく思っている」
深く深く、頭を下げ謝罪を述べる。曹性は郭嘉を見下ろし口を開く。
「部下の命の事もある。気にするなとは言えん。なにせ郝萌が呂将軍方への不満を吐露していたのを忠告していたのだからな」
血涙流さんばかりの郭嘉の表情を見て、許しが欲しい訳では無いと悟った曹性は言った。
そもそも曹性としては郭嘉は責められるべきでは無い。この様な突発的で場当たり的な裏切りなど対処しようが無い。前兆が無かったとは言えないが確たる証拠も無く古参で要地を任された郭萌を安易には処せない。
「己を高められよ郭嘉殿。それを詫びとして受け取ろう」
「承った」
決意を持って郭嘉はもう一度、深く頭を下げる。
今回の事は郭嘉にとって痛恨であった。陳宮が朝廷や同盟に対する外交と黒山賊との戦いに手を取られ、郭嘉が手伝っていたのだが結果、豫州の防諜や監視に手が回らなくなってしまっていたのだ。
劉備が突然挙兵したのも問題であった。郝萌の監視要員を割くことになってしまったのだから。
無論、炙り出しを行なってはいた。だが大凡そう言ったものに食いつくのは少なく、故に謀略や離反の機運が非常に薄いと誤認したのだ。
結果論的に言えば目的は達成している。だが無駄に兵が亡くなったのも事実であった。
軍師策士としては感情を排して兵を数値的に、駒として見るべきだ。其れこそが結果的に犠牲を減らす事になる。
だが、それで止まれば三流。
兵も将もまた人で有ることを忘れぬ郭嘉に曹性は期待と好感を持った。
郭嘉が戦時に酒を断つのは此頃からの話である。




