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延命措置の準備

隻眼の烈士が杯を片手に大きな椅子にもたれて虚空を見つめ、過去を思い出し敵の弱みを見つけられないかと思考を巡らせる。


籠城を行う準備として浅くは有るが空堀を元からある堀の外側に作らせ逆茂木を並べ、壁上に投石機を増量させぶつけられる物をあらかた集め、油や石を用意した。

青州兵の士気は天を穿ち海をも飲み込まんばかり、将は冷静にして知勇を振るう機会をただ待つばかり。


遂に敵が陣営を築いた事を物見からの報を聞き、いつでも来いとばかりに重甲冑を着込み愛剣を腰に右手に戈を握りしめ敵が来るであろう東の城門に座り込み地平の彼方を睨みつけた。

そこから四半刻程であろうか、蠢めく人の群れが地平の彼方から亀裂が入る様に現れゆっくりと、だが確実に迫り城を囲む。

東と南北に別れる敵に合わせ兵を分散し己はどんな事にも対応出来る様に東の城門で仁王立ちで待ち構える。


降伏勧告に来た使者の足元へ従者に弓を放たせる事で突っ撥ね、そのまま半日ほど待ち惚けを食らい足がパンッパンになった。


翌日も翌々日も城をカッチカチに囲むだけで一歩も進まず、全っ然攻めてこないのである。

挑発を繰り返しても弓矢や投石機の届かない位置から此方を臨むのみ。寧ろ敵兵が牛を焼きクッチャックッチャ音を立て美味そうに其れを食いだす始末である。

まぁ、距離があるのでクッチャックッチャという音が聞こえている訳では無いのだが。


明日は攻めてくるかもしれない、明日は攻めてくるかもしれないと何日も何日も繰り返してもう一月が経つ。

援軍も来ないし敵も警戒を怠ら無いわで城外に出る愚は犯せ無いが、兵や将までも焦れ始めていたのだ。しかし一昨日敵に動きがあり遂に一戦交えるかと気合を入れれば又もや敵兵は投石機の射程には入らず、武器も持っているだけ。


然し大きく口を開け高々と声を張る。


鉅野、乗氏、成武を奪った援軍は来ない。

戸籍の有る住民と名士それに準ずる者に危害は与えぬし兵糧を分け与える。

但し、曹操の部下と青洲黄巾は捕縛する。三日以内に結論を出すべし。


そこで漸く隻眼の烈士は部下に言われたとおり敵将呂布がいない事が確定したなと考えた。十日たった頃に呂布が大人しくしてるわけが無いと部下に言われた時にその通りだとも思ったがその時に出来ることはやはり無く、何とか将兵の苛立ちを収めるのみ。


今も又、露骨に民との分断工作を叩きつけられたがなんとか民と兵の亀裂を抑える事しか出来ない状況。


どうしろと言うのか?


「・・・状況は切迫しております。

民と我らの溝は深まりその亀裂の広がりも抑えてはいますが兵も又焦れており此方に打てる手は無いと言うのが正直な所です。

斯くなる上は夜間に離狐郡への撤退をすべきでは?

西側は・・・勿論怪しいですが兵の一つも置いてませんので撤退は難しくは無いかと」


朗々とげっそりと痩せこけた頬を動かし自分の考えを言う功労者を驚いた様に見る烈士もとい夏侯元譲。

自分が声を出していたことに気づかず敵の弱点を探すはずが自虐的な事ばかりを考えてしまっていたあたりどれほど考え込んでいたのだろうか。


取り敢えず頭を振って雑念を払い、自分も又撤退すべきでは無いかと迷いながらも口を動かす。


「・・・?あぁ、声に出ていましたか。


任俊殿。撤退については考慮すべきですが、敵の報を信じれば一月で三つの城を落とした事になり其れすなわち此処に呂布はいません。其れだけで撤退は易そうに感じますがこの城の指揮は堅実に戦を進める高順か機略に戦を進める陳宮が採っているでしょう。

南北の城壁の包囲軍に騎兵を多くし離狐郡方面の西の城壁に兵一人としておいていない事を鑑みるに指揮者は陳宮。


撤退しようと城門を出れば縦隊を取らざる負え無い我らは南北の敵軍から急行した騎兵に左右から散々に打ち破られるでしょう。撤退するにしてもそこを対処せねば。


然し私は撤退すべきか如何かさえ悩んでいます。


先生はどう思いますか?」


困った時の韓浩先生である。


「ふむ、その陳宮が離狐郡への道に敢えて兵を置かずに隙を見せ罠にかかれば撃滅出来る様にしている。撤退をしようがしまいが如何とでもなる・・・其処が撤退すべきか如何か夏侯将軍が判断に困っている理由でしょう。


陳宮はと言うより敵の狙いは足場たり得る山陽郡の本拠地である昌邑城を奪う事。此れについては何重にも用意を重ねていた様で城に籠る我らに打てる手が何一つ無い。


此処を明け渡してしまっても其れは其れで構いません。しかし其れを許せば敵は確固たる足場を得てしまい高々一城一郡とは言え兗州から放逐する事が格段に難しくなる。更に言えば兵を引かせたところで其れを養う物は残っていない。


しかし酷な話ですが強硬に三ヶ月間、耐え忍び使えぬ兵を減らせば残った兵は養う事は出来ましょう。


そもそも撤退を選べる後が私達には有りません。」


どこぞの青狸に頼むスナイパー向けの技能を持った少年の様な心境で問うた夏侯惇の出来れば撤退したいと言う淡い期待は今此処で木端微塵になった。

だが非情に思えるが韓浩の言うことは正しい。


言われて夏侯惇は思う。青洲兵達の事を考えればいっそ城より出でて徹底抗戦させ彼らの親族や友を巻き込み死ぬよりは食べ物を残し此処で出来うる限り敵に傷を与えた方が良いのでは無いかと。


現代人の良ならこの考えを聞いた時、夏侯惇の考えを慮る事も出来ず吼えたろうが此の後漢末では其れは余りに甘い考えだ。

そもそも奪わねば食う物が無いのだから。


さて昌邑城内の主要三将が暗い気持ちになっている頃の事、離れた地での事。


〔では幼き草原の雄よ、これにて締約という事で。〕


「うむ。其れで良い。

兄於夫羅・・・否、大人はそう仰っている漢の賢者よ。」


辿々しくも互いの言語をつかい話す二人。

一人は冠に城主軸に数色に染められた絹の華服に身を包み、相対する者は厚いフェルト生地に宝玉と黄金の飾りを散りばめた胡服を纏う。

一人は大地の様に雄大で体躯は小さくも鋭い眼光に褐色肌、相対する者は大海の様に穏やかで体躯は巨大で優しい眼に白い肌。


「如何ダ?漢ノ賢者ヨ。

酪ト酒ヲ用意シ牛ヲ振ル舞オウ。」


〔有難く頂きましょう幼き草原の雄よ。

あぁ、此れは我が君よりの少しばかりの気持ちです。〕


さて、片や宴に誘い方や贈り物をする彼らの名を明かそう。


片方は病に倒れた匈奴単于於夫羅の若き弟呼厨泉。齢12ながら兄於夫羅の右腕として激戦を戦い抜き他の兄達が死んでいく中で一人生き残った匈奴の若き勇者である。

名を呼厨泉。

もう一人は今代の張子房。鬼才荀彧である。


二人とも粛々と盃を傾け肉を喰らう、ふと呼厨泉が口を開く。


〔ウム、兄ヲ安心サセル為二モ丁度イイ。

呂布カ・・・話ニハ聞イテイルガ、ドレ程ノ者カ。〕


其れを聞いた荀彧は兗州での戦いを思い出し薄い微笑みを浮かべながらも冷や汗を流し口を開く。


「私は一度戦ったことがあります。

ですがもう一度戦おうとは思いません。

くれぐれも呂布軍本隊との戦は避けます様に。」


〔ム、マァ良イダロウ。

無駄ニ同胞ヲ死ナセル訳ニハイカンカラナ。

ダガ、起動力ト突破力ニ於テ漢ノ者ノ中デ随一ト聞クガ我等ノ騎兵ガ負ケルモノダロウカ?〕


「呂布軍には才有る者が居ます。

前にお渡しした孫子兵法書に有ることは大凡解しております。」


〔其レハ手強ソウダ。アノ書ハ随分ト面白イ内容ダッタ。

漢ノ賢者ヨ。前ノ様二講義ヲ頼メナイカ?〕


「ふふふ。学ぶ意欲の有る若者には最大限優渥にお教えいたしますよ。


・・・そうですね。

始計編の所でもお教えしましょう。」


ふと呟いた一言を発端に戦についての議論が始まる。日が沈んでなお彼等は論を交わし会う彼等は漢民族と匈奴という人種の違いのある者達だが師弟と言うに遜色無き関係だった。


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