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異世界転生港区おぢ ── 金なし、地位なし、戦闘力ゼロ。武器は口だけ。──  作者: 八乙女モモ
第1章

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第8話 伝説の商人ゴルドとの出会い

 竜宮城の再出発から一週間が経った。


 客足は戻りつつあった。キャバクラ化する前の常連——冒険者と中堅商人たちが、ぽつぽつと帰ってきてくれている。客単価は3,000Gに戻った。派手さはないが、堅実な数字だ。


 借金の返済は月々80,000G。今のペースなら払えなくはない。ただし、余裕はゼロだ。


「……地味だなあ」


「地味で結構です。派手にやった結果がどうなったか、忘れたんですか」


「忘れてない忘れてない」


 リーナの帳簿チェックが格段に厳しくなった。仕入れは必ず現金払い。掛け売り禁止。隆之介が閉店後に酒を飲もうとすると、帳簿を物理的に叩きつけてくる。比喩ではなく物理的に。


「痛いよ」


「許可しましたよね、あんたが」


 そんな夜だった。


 閉店間際。客は全員帰り、リーナが帳簿をつけ、隆之介がカウンターを拭いている。


 扉が(きし)んで開いた。


 入ってきたのは老人だった。


 白い髪と白い(ひげ)。くたびれた旅装。腰は曲がり、足元はおぼつかない。なによりとても酒臭い。まだ店に入る前から、エールの匂いが漂ってくる。


 隆之介は【鑑定眼かんていがん】を向けた。



 ——鑑定結果——

 名前:ゴルド

 年齢:70代

 職業:なし

 所持金:1,200G

 スキル:——



 スキル欄が空白だった。【鑑定眼】で読み取れない。こんなことは初めてだ。


「すまんが、まだやっとるか」


 しゃがれた声だった。


「あ、はい。ラストオーダーは過ぎてますけど、一杯くらいなら」


「エール。一番安いやつ」


 隆之介はエールを注いだ。老人はカウンターにどっかりと座り、一口でグラスを半分空けた。


「……うまいな。まともな酒を出す店が、この裏通りにできたか」


「ありがとうございます。お客さん、この辺の人?」


「昔はな。最近はあちこちふらふらしとる。金がなくなったら戻ってきて、日雇いで食いつないで、また出ていく」


 隆之介はそれ以上聞かなかった。世間話の相手をするのはバーテンダーの仕事だ。深く踏み込まない。相手が話したいことだけ聞く。


 だが、老人の方から踏み込んできた。


「お前が噂の『港区の商人』か」


「……俺の噂、そんなに広まってるの?」


「広まっとるよ。干し肉屋を繁盛(はんじょう)させて、掲示板を直して、高級酒場を作って、派手にぶっ潰した男。この街じゃちょっとした有名人だ」


「最後のは余計だよ」


「いや、大事なとこだ」


 老人はエールを飲み干して、空のグラスをカウンターに置いた。


「もう一杯くれ。お前の話を聞かせてくれるなら、もう一杯飲む」


「俺の話?」


「お前、ここで何がしたい。この街で。この世界で」


 隆之介は少し考えて、正直に答えた。


「金を稼ぎたい。自分の力で、ゼロから。港区——俺の故郷でやってたみたいに、でかい商売を」


「なるほど。で、うまくいっとるか」


「……見ての通りだよ。派手にやって派手に潰れた。今は借金返しながら地味にやってる」


 老人は白い髭を()でた。


「一つ聞いてもいいか」


「どうぞ」


「お前の(あぶ)り香草ステーキ。あれ、なんで売れたと思う?」


「え? 味付けを変えたからだよ。干し肉に香草を——」


「違う」


 老人の目が、一瞬だけ変わった。


 酔っ払いの濁った目ではなかった。()き通った、異常に鋭い目。隆之介の背筋に冷たいものが走った。


「味を変えたから売れたんじゃない。あの街角で、あの時間に、あの客層に、あの値段で、あの見せ方で出したから売れた。味はきっかけに過ぎん。売れた本当の理由はあの場所の空気に合っていたからだ」


 隆之介は言葉を失った。


「お前の掲示板の改善もそうだ。色分けが優れていたんじゃない。冒険者ギルドという場所で、冒険者という人種が、日々の習慣の中でどう掲示板を使うかを、お前が無意識に観察していたから成功した。だが竜宮城では、それを忘れた」


「……忘れた?」


「港区のやり方をそのまま持ち込んだだろう。会員制バーだの、接待だの、空間演出だの。全部お前の故郷の流儀だ。この土地の流儀じゃない」


 隆之介は反論しようとして、できなかった。


「この街の金持ちが求めてるのは、港区の洒落た空間じゃない。冒険から帰ってきて、仲間と肩を並べて、『今日も生き延びた』と笑える場所だ。お前の竜宮城は、最初はそれに近かった。カウンターで一人ひとりに声をかけて、名前を覚えて、好みの酒を出した。あれは港区のテクニックじゃなくて、この土地に合った商売だった」


「……」


「だがお前は、うまくいった途端に港区を持ち込んだ。女の子を座らせて、ドレスを着せて、高い酒を出して。あの瞬間、竜宮城は『この土地の店』から『港区の店の劣化(れっか)コピー』になった。客は最初は珍しがったが、すぐに違和感を覚えたはずだ。そしてギルドに目をつけられた」


 全部、正しかった。


 一言一句、反論できない。隆之介が自分で薄々(うすうす)感じていたことを、この老人は完璧に言語化してみせた。


「じいさん……あんた、何者なの」


 老人は空のグラスを見つめた。


「ただの酔っ払いじゃよ」


「嘘つけ」


「嘘じゃない。今はただの酔っ払いだ。昔は、少しだけ商売をやっとった」


 リーナが帳簿から顔を上げた。老人の顔をじっと見て、急に目を見開いた。


「……まさか。ゴルド・グランハイム?」


 老人が苦笑した。


「知っとるか、(じょう)ちゃん」


「知ってるも何も——商業ギルドの歴史書に載ってる人じゃないですか。『大陸一の商人』。三十年前にヴァルディア大陸の東西交易路(こうえきろ)を一人で開拓して、五つの都市に商館(しょうかん)を建てた——」


「昔の話だ。今はもう全部手放した。残ったのは酒の味がわかる舌だけだ」


 隆之介は老人を、ゴルドを見つめた。


「なんで引退したんですか。大陸一の商人が」


 ゴルドの目が、一瞬だけ遠くなった。三十年前のどこかを見ている目だった。


「……それは、また今度な」


 話を切られた。だが、隆之介は追わなかった。港区の経験が教えている。本当に大事な話は、相手が話したくなるまで待つものだ。


「ゴルドさん。一つ聞いていい?」


「なんだ」


「俺のビジネスの『穴』を見抜けるのは、あんたしかいない。たぶんこの街で、いや、この大陸で。俺の話を聞いて、ダメ出ししてほしい。メンター(・・・・)になってくれませんか」


「メンター?」


「師匠。先生だよ。まあ、呼び方はなんでもいい。俺が新しい商売を始めるときに、事前に見てもらいたい。穴があったら潰す。この土地に合わない部分があったら指摘してもらう」


 ゴルドは白い髭をぼりぼりと()いた。


「報酬は?」


「竜宮城で好きなだけ飲んでいい。毎晩」


 リーナが帳簿を叩きつけた。物理的に。


「経費の私的流用はダメだって言ったばかりでしょう!」


「違う違う、これは交際費(こうさいひ)だから! アドバイザー契約の一環で——」


「帳簿に記載できない支出は全て却下です」


「えぇ……」


 ゴルドがからからと笑った。


「いい相方(あいかた)だな、お前。この嬢ちゃんがいなかったら、お前はとっくに三回は潰れとる」


「……否定できない」


「いいだろう。メンターとか師匠とか、そんな大層なもんじゃないが、酒のつまみに、お前の商売の話を聞いてやる。ダメなところは言う。聞くかどうかはお前次第だ」


「聞きます」


「本当か? 竜宮城のとき、嬢ちゃんの忠告を無視したくせに」


「…………今後は聞きます」


「まあ、期待せんでおく」


 ゴルドはカウンターから立ち上がった。腰が曲がっている。足元もふらついている。だが立ち去る背中に、隆之介は一瞬だけ見た。


 大陸の東西を歩き回った商人の、背骨の芯のようなもの。酒で溶かしても消えない、何十年もの経験が作った軸。


「ゴルドさん」


「なんだ」


「さっきの話。俺に足りないのは『土地の流儀』だって言ったよね。具体的にはどうすればいい?」


 ゴルドは振り返らずに答えた。


「簡単だ。お前の故郷のアイデアを持ち込むな、とは言わん。むしろ持ち込め。だが、そのまま植えるな。この土地の土に合うように、根を切り直してから植えろ。それがローカライゼーション(・・・・・・・・・)だ」


「ローカライゼーション——」


現地化(げんちか)、と言った方がわかるか。お前の炙り亭は、うまく現地化できた例だ。港区のフードコートをそのまま持ち込んだんじゃなく、この街の干し肉に、この街で手に入る香草を使って、この街の屋台の形で出した。だから根づいた。しかし、竜宮城は逆だ。港区の会員制バーを、港区の形のまま持ち込もうとした。この土地の根に合ってない植物は、すぐ枯れる」


 隆之介は、その言葉を()みしめた。


 港区のアイデアは武器だ。だが、武器をそのまま振り回すだけでは勝てない。この世界の地形に合わせて、振り方を変えなければならない。


「……なるほどね」


「わかったような顔をするな。わかったつもりが一番危ない。次の商売で証明してみせろ」


 ゴルドは片手を上げて、夜の裏通りに消えていった。



  ◇ ◇ ◇



 翌朝。


 隆之介は竜宮城のカウンターで、木片のメモ帳を広げていた。


「リーナさん。次の商売のことなんだけど」


「……もう次の話ですか。借金の返済が終わってないんですけど」


「借金は竜宮城の利益で返しながらでいい。竜宮城は継続する。でも、もう一本柱がほしい」


「それはわかりますけど——」


「昨日のゴルドさんの話、考えたんだよ。ローカライゼーション。この土地に合った形でアイデアを植える。で、思いついたことがある」


 隆之介は木片に書いた文字をリーナに見せた。


「この街の冒険者、ダンジョンに行くとき何持っていく?」


「干し肉と水筒と、あとポーションくらいですね」


「飯は?」


「干し肉が飯ですけど」


「まともな飯だよ。温かくて、腹にたまる、ちゃんとした飯」


「ダンジョンの中で温かい飯を食べる冒険者はいませんよ。火を使ったらモンスターが寄ってくるし、そもそも調理する時間がない」


「だよね。つまり、出発前に、すぐ食べられる温かい飯を買える場所があったら?」


 リーナの目が動いた。


「……冒険者ギルドの近くに、朝の出発前に買える弁当屋、みたいなことですか」


「それもある。でも、もっと大きい話。この街には『届ける』っていうサービスが存在しない。買いに行くか、自分で作るかの二択。でも、もし注文したら届けてくれる仕組みがあったらどうだろう?」


「届ける……。配達、ですか」


「そう。飯の配達サービス。冒険者が依頼の準備で忙しい朝に、温かい弁当を宿まで届ける。商人が商談中に、酒と料理を会議室まで届ける。この街の全部の飯屋と全部の客を、配達でつなぐ」


 リーナは少し考えて、言った。


「……アイデアとしてはわかります。でも、それこそ港区のやり方をそのまま持ち込んでるんじゃ——」


「いい指摘。だからゴルドさんに見てもらう。この土地に合った形に根を切り直してから植える。今度こそちゃんと根付(ねづ)かせてみせるよ」


 リーナはため息をついた。何度目かは数えていない。


「……ゴルドさんが止めてくれることを祈ります」


「止められたら止まるよ。たぶん」


「たぶん」


「……八割くらいの確率で」


「低い」


 二つの太陽が昇っていく。竜宮城のカウンターに朝日が差し込む。


 港区おぢは、師匠を得た。


 だが師匠の教えを本当に活かせるかどうかは、次の勝負で決まる。

お読みいただきありがとうございます!


感想・ブックマーク・評価をいただけると、

作者が港区おぢ並みに調子に乗って更新速度が上がります。


誤字報告も大歓迎です。

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