第3話 異世界クラウドファンディング
商業ギルドの掲示板に、隆之介は一枚の紙を貼った。
『レンドール名物詰め合わせセット 先行予約のご案内』
炙り亭の炙り香草ステーキ、南門市場の薬草ポーション、東区の革細工師が作る冒険者用ポーチ。レンドールの名物を一箱にまとめた贈答品セット。他都市の商人が土産に、冒険者が故郷への贈り物に使える。
価格は一箱3,000G。ただし、完成前の「先行予約」なら2,000G。
「先に金を集めて、その金で仕入れて、商品を作って届ける。これがクラウドファンディングの基本だよ」
「くらうどふぁん……何度聞いても覚えられません」
「先行予約販売、でいいよ。要は完成前に注文を受けるってこと」
リーナが腕を組んだ。
「まだ存在しない商品の代金を先に受け取る。……それ、詐欺と何が違うんですか」
「届けるから違う。届けなかったら詐欺。届けたらビジネスになるんだよ」
「その境界線、薄すぎません? お金出す人いるんですか?」
いい指摘だった。だが隆之介は笑った。
「だからこそ信用が要る。俺の名前じゃ信用がないから、掲示板に『炙り亭監修』って入れてある。バルドのおっちゃんのブランド力を借りるんだよ」
「……FC事件の直後にまたバルドさんのブランドを使うんですか。あんた懲りないですね」
「今度は品質を俺が直接管理する。おっちゃんにも話は通してある。『量は限定、品質は俺が保証する』って」
パルムが隆之介の肩の上で首をかしげた。
「ねえリュウ。先にお金をもらって、あとで届けるって……届けられなかったらどうなるの?」
隆之介は声に出さず、唇だけ動かした。
届けるよ。必ず。大丈夫。
パルムは少し心配そうな顔をしていた。
◇ ◇ ◇
先行予約の初日。
隆之介は掲示板の前に立ち、通りかかる商人に声をかけた。
「レンドール名物、今なら定価の三割引で予約できます! お届けは三週間後!」
最初の反応は冷たかった。「金だけ取って逃げるんだろう」「そんな仕組み聞いたことがない」。FC事件の記憶がまだ新しい商人もいた。
だが、転機は意外なところから来た。
炙り亭の常連客——グレンハイムとの交易を担う中堅商人が、足を止めた。
「炙り亭監修? バルドの名前が入ってるなら、品質は確かだろう。二箱予約する」
一人が動けば、二人目が続く。港区で何度も見た光景だ。
三日目。予約数が五十箱を超えた。
一週間後。百二十箱。
パルムが鑑定結果を出した。
——鑑定結果——
先行予約事業 中間報告
予約総数 127箱
前受金総額 254,000G
調達必要数 127セット
現在の調達完了数 0セット
納期まで 14日
「リュウ……調達完了数がゼロだよ?」
隆之介は笑った。「これから作るんだから当然でしょ」と、声に出さず口だけ動かした。
だが、笑っている場合ではなかった。
「リュウさん」
リーナの声が低い。帳簿を見せながら言った。
「百二十七箱ぶんの材料を二週間で調達するには、炙り亭の干し肉だけで五百人前が必要です。バルドさんの通常生産量は一日三十人前。二週間で四百二十人前。八十人前足りません」
「バルドのおっちゃんに増産を——」
「頼みました。断られました。『品質を落とすくらいなら作らん』だそうです」
「……だよね」
「薬草ポーションも同じです。南門の薬師に聞いたら、二週間で百二十本は無理だと。原料の薬草が季節的に不足しているそうです」
隆之介の顔から笑みが消えた。
二十五万Gが手元にある。だが、この金は「まだ届けていない約束」だ。使ったら最後、届けられなかった客に返す金がなくなる。
港区時代、クラウドファンディングで炎上したプロジェクトを何件も見た。集めすぎて生産が追いつかない。納期を延ばして信用を失う。最悪は金を使い込んで夜逃げ。
全部、他人事だと思っていた。
◇ ◇ ◇
納期まで一週間を切った。
調達できたのは八十三箱ぶん。残り四十四箱ぶんの材料が足りない。
隆之介は代替品を探した。干し肉はバルドの品質に近い別の肉屋から仕入れ、ポーションは別の薬師に頼んだ。革細工は間に合わないので、木彫りの小物に差し替え——
「リュウさん。それ、『レンドール名物詰め合わせ』じゃなくなってます」
リーナが冷静に言った。
「予約した人は、炙り亭の肉とポーションと革細工を期待してます。中身を変えたら、それは詐欺に近い」
「詐欺じゃない。代替品だよ。品質は——」
「FC事件と同じことを言ってますよ、あんた」
隆之介は口をつぐんだ。
マニュアルの品質問題。看板の安売り。そして今度は、約束の不履行。全部、根っこは同じだ。できないことを、できると言ってしまう。これはまずい。
パルムが肩の上で、しゅんと小さくなった。
◇ ◇ ◇
納期当日。
商業ギルドの掲示板前に、予約客が集まっていた。
八十三箱は予定通り納品できた。だが残りの四十四人が、まだ商品を受け取れていない。
「おい、金は払ったぞ。商品はどうした」
「三週間待ったんだ。約束と違うじゃないか」
「炙り亭のステーキが入ってるから予約したんだ。入ってないなら金を返せ」
人が集まれば声は大きくなる。声が大きくなれば、通りすがりの野次馬も寄ってくる。
掲示板前が、ちょっとした騒ぎになり始めた。
リーナが隆之介の袖を引いた。
「裏口から逃げますか」
「逃げない」
隆之介は深呼吸して、人だかりの前に出た。
「すみません。全員に聞こえるように言います」
声を張った。港区のプレゼンで鍛えた声量だ。
「先行予約をいただいた百二十七名のうち、四十四名の方に、本日お届けができていません。これは完全に俺の見積もりが甘かったせいです。需要を読み違えました。申し訳ありません」
ざわめきが少し静まった。怒鳴り返すと思っていた客たちが、面食らっている。
「二つの選択肢を提案させてください。一つは全額返金。今すぐお返しします。二つ目は一週間の納期延長。ただし、延長のお詫びとして追加で炙り亭の特製干し肉を一人前お付けします。どちらでも、お好きな方を選んでください」
ゴルドが炙り亭のカウンターから、遠くでこのやり取りを見ていた。
四十四人のうち、二十八人が返金を選んだ。十六人が延長を選んだ。
返金額、56,000G。手元に残った前受金から支払った。
一週間後、残りの十六箱を無事に納品した。バルドが黙って増産に協力してくれたのだ。何も言わなかったが、干し肉の品質は一切落ちていなかった。
◇ ◇ ◇
騒動の翌日。
商業ギルドから呼び出しがかかった。
待っていたのは、ヴェルクだった。
「金城殿。また貴殿ですか」
「……お久しぶりです」
「先行予約販売の件。届かなかった客が商業ギルドに苦情を入れています。掲示板を利用した販売行為について、改めて確認させていただく」
隆之介は覚悟した。営業停止か、罰金か。
しかしヴェルクの言葉は、予想と違った。
「正直に言えば、貴殿の『先行予約』という仕組み自体は、悪くない」
「……え?」
「完成前に資金を集め、需要を確認してから生産に入る。合理的な仕組みだ。問題は、履行能力を超えた予約を受けたことと、万が一の返金規定がなかったこと。つまり、仕組みではなく運用に欠陥があった」
ヴェルクが書類を差し出した。
「商業ギルドとして、先行予約販売に関する運用規定を整備する。予約上限の義務化、前受金の供託制度、返金条件の明示。これらを守れば、今後は掲示板での先行予約販売を正式に認める」
隆之介は目を見開いた。
「……潰すんじゃなくて、制度にするんですか」
「秩序を守るのが私の仕事だ。良い仕組みを潰すのではなく、秩序ある形で運用させる。それが商業ギルドの役割だろう」
ヴェルクの目が、一瞬だけ柔らかくなったように見えた。気のせいかもしれないが。
「ただし、金城殿。次に規定違反をした場合は容赦しない」
「肝に銘じます」
「善処ではなく確約だと、以前も言ったはずだが」
「……確約します」
◇ ◇ ◇
その夜、炙り亭でゴルドと飲んだ。
「ゴルドさん。今回の損失、返金ぶんを引いたら利益は——」
パルムが小声で教えてくれた。
——鑑定結果——
先行予約事業 最終評価
前受金総額 254,000G
仕入れ・制作費 168,000G
返金額 56,000G
純利益 30,000G
事業評価 失敗(部分的達成)
「三万G。まあ、赤字じゃないけど……」
隆之介はリーナに向かって数字を伝えた。
「所持金は55,000Gになりました」
「FC事件の後より増えてるじゃないですか」
「増えてるけど、信用を削って稼いだ金だ。あんまり嬉しくないよ」
ゴルドがエールを飲みながら言った。
「リュウ。一つ覚えておけ。集めた金は売上じゃない。まだ届けてない約束だ。約束の重さを量れない人間は、商人にはなれん」
「……はい」
「だがな。お前、逃げなかっただろう」
「え?」
「掲示板の前で、四十四人に頭を下げた。逃げずに、自分の口で謝って、選択肢を出した。だが、昔のお前なら、あの場から消えてたんじゃないか」
隆之介は少し考えた。港区時代の自分なら。資金ショートしたスタートアップの社長なら。
「……逃げてたかもしれない。弁護士に任せて」
「だろうな。だが今日は逃げなかった。それは、まあ、悪くない」
ゴルドはそれ以上何も言わなかった。
隆之介はエールを一口飲んだ。そのとき、隣の席にいた旅商人の会話が耳に入った。
「聞いたか? グレンハイムでも噂になってたんだが、『元の世界に帰れる方法がある』って話」
「ああ、あれ? 複数の街で同時に広まってるらしいな。出所がよくわからんが」
「転生者ってのがこの大陸にいるらしくてさ。そいつが帰れるかもしれないって」
隆之介の手が、一瞬だけ止まった。
元の世界。港区。六本木。タワマン。
パルムが肩の上から隆之介の顔を覗き込んだ。
「リュウ? どうしたの?」
隆之介はエールを飲み干した。
「……なんでもない。噂だろ」
リーナがちらりと隆之介を見たが、何も言わなかった。
「さて。次だ」
「もう次の話ですか」
「次はもっとデカいことやるよ。今度は先に売るんじゃなくて、価格そのものを先に決める仕組みを——」
「嫌な予感しかしません」
「リーナさん、それ毎回言ってない?」
「毎回当たってるから言うんです」
港区おぢのビジネスは、失敗するたびに一つだけ何かを残す。
今回残ったもの、商業ギルド公認の先行予約制度。そして、「逃げなかった」という小さな実績。
集めた金は、売上じゃない。約束だ。
約束を守れなかった教訓は、次の商売に活きる。たぶん。




