表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/115

12月1日

 *


 ひどく寒い朝だった。

 それは 前日の昼から降り出した雪が原因で、魔法がかかっているはずの校内にも、白い吐息がずいぶんと目立っていた。しかも夜には猛烈な吹雪となって、教師たちは校舎全体に保護魔法をかけ直すという、たいへんな作業に追われたようだ。

――男子寮だけ後回しにされたんだろうか。

 シキはしばらく目をつむったまま、冷たい指先をぎゅっと握って、ベッドの中で体を丸める。けれど、胸の深奥しんおうからじわじわみだすあたたかな何かが、シキが凍えてしまわぬように手助けをしていた。


 暦はとうとう十二月迎えた。

 きょうはシキの、十六歳の誕生日。

 もちろん証明するものはなにひとつ持っていなかったが、毎年十二月一日になると、父は必ず「おめでとう」といって抱きしめ、贈り物まで用意をしてくれた。それは絵本を読んで聞かせてくれたり、不思議な国の不思議な生き物の話であったり、形に残るものではなかったが、シキにはそれが最高のプレゼントだった。

 いいや、もしかすると父のうれしそうな笑顔こそ、最高の――。

 父が亡くなってからは、誕生日というものの存在を知ったリュゼが、その言葉を引き継いだ。

 冬は寒く厳しい季節だとしても、その言葉を聞けると思うだけで待ち遠しかった。

 朝、目を開けると心臓がドキドキするのを感じながら、シキはユーリやウルトよりも早くベッドからこっそり抜け出した。


 ✳︎


「パーシヴァル先生、シキがヘンなの!」

「……え?」

 アリアの唐突な発言に、小テストの準備のため机に向かっていたキリクは、豆鉄砲を食らったような顔でふり向いた。二時間目が始まる直前、アリア、フェイメル、ウルト、そして渋々と言わんばかりのユーリが、魔法学教務室を訪れてきたのだった。

 キリクは突然のことで、ただ目をしばたくばかり。

 動揺するアリアにかわって、ウルトがまくし立てた。

「一時間目の薬草学、あいつどうかしてるよ!」

 どうやら薬草学の授業で、失神者が続出するほどの激臭を放つバッファベン薬草を、シキはこともあろうに、ニコニコしながら切り刻んだらしい。

「それはさぞメメリコーレ先生から大絶賛されたでしょうね」

「キャメロットの半分が保健室送りだってのに、シキだけが素晴らしい授業だったみたいな顔なんだぜ!」

 青い顔で訴えるウルトも、アイゼン先生の治療を受けたひとりなのだろう、とキリクは憐憫のまなざしを向ける。

「いつも笑ってること多いけど、今日はちょっとヘンな気がして……パーシヴァル先生ならなにか知ってるんじゃないかと思ったの」

 アリアが不安な表情を浮かべた。

「それは――」フェイメルが口を開きかけたとき、ウルトがたたみかけるように吠えた。

「とにかく、おかしいんすよ! なんかの呪いだ!」

「落ち着いてくださいウルファート。それならおそらく――」

 キリクが机に置いた細長の箱に目をやって言いかけたとき、フェイメルのため息がはっきりと響いた。

「きょうはシキくんの誕生日ですわ!」

 三人の生徒がえっ、と目を丸める。

「フェイメルのいうとおりです」

 キリクがのんびりうなずいた。

「え、まじで? シキそんなこと、ひと言もいってなかったじゃん!」

「そういや今までいっぺんも聞いたこと、なかったな」

「そっか、それで機嫌よかったのね……」

 うめく三人と違って、フェイメルだけがあきれたように肩を落とした。

「一週間前からきょうがシキくんの誕生日って、いっていましたのに。みんなうんうん返事をするだけで、あまり聞いてないんですもの」

「そういえば……」

 きまりが悪くなったアリアは苦く笑って肩をすくめた。ふと、アリアの視線が机の上の箱に飛んだ。

 さすがにリボンまでついていれば、好奇心旺盛な彼女が興味をもたないはずがない。

「ね、先生。もしかしてその箱、シキのプレゼントですか?」

 ほかの三人もさっと視線を箱に注いだ。

「ええ、でもまだ内緒にしててくださいね」

 キリクがくちびるに人さし指をあててほほえむと、シキの親友たちは顔を見合わせてうなずいた。

「当然っしょ」


 *


 魔法学の授業は教科書二百四頁「魔法魔術と幻影術のちがい Ⅰ章」について。

 先週の授業のおわりに、来週は小テストをおこなう、と宣言されていたキャメロット生たちは、キリクがテストのプリントをうっかり(・・・・)忘れてきたことに、拍手喝采で喜びを爆発させた。ところが、教科書を読むだけの授業には、睡魔という思わぬ敵が潜んでいる。

 そんななか、ウルトたちは授業そっちのけで、ひそひそ話をするのに大忙しだった。

「どうする、オレらもなんかあげてーよな」

「でも今日のきょうや。買い物に出るには、前日の申請が必要やってのに……」

 ウルトとユーリが声を落として話しあっていたとき、そのうしろの席に座るアリアが、ふたりの背中に人さし指を押しあてた。

(フェイメルがプレゼントに木精霊の種を買ってあるんだって。でね、それにもうひとつ、みんなでシキにプレゼントあげない?)

 これは内緒話にはひじょうに便利な、伝達魔法というものだった。ところが、子供だましの簡単な魔法ゆえ、キリクにはまるっきり筒抜けなのだ。

 だがそれを知らぬ顔で、キリクはまじめに教科書を読みつづける。

(厨房をお借りして、ケーキを作るのはいかがですか?)

 フェイメルが仲間の輪に加わった。

(お父様がお亡くなりになってからは、お祝いのようなことはしていないとおっしゃっていましたし)

 全員がよし、と無言でうなずく。

 そんな友人たちの秘密の作戦を知らないシキは、難しい幻影術げんえいじゅつの仕組みを、楽しそうに聴講している。

 授業が終わるやいなや、四人はそろって「用事があるから」、とシキに告げて足早に階段を駆け降りていった。

「フェイメルまで走ってるの、めずらしいなぁ」

 よそよそしい彼らをまったく疑う気配もなく、間の抜けた感想を残してシキはひとりで寮へと向かっていった。

 キリクは数時間後にシキがどんなに驚くかを想像して、肩を揺らした。

「よい友を得ましたね、シキ」


 *


 時刻は午後二時半。

 シキは寮の613号室に鞄を置くと、いつものように五.五階に足を運んだ。きょうはなぜだかユーリもウルトも、アリアもフェイメルもいない。

「あれっ、めずらしいじゃん、シキひとり?」

 クラスメイトのハリスが談話室のソファから手をふった。

「うん、みんな用事があるんだって」

「ふーん、なら夕食までみんなと決闘ゲーム(フェイン・ティング)しようぜ!」

 ハリスのさわやかな白い歯がまばゆい。

 フェイン・ティングがどんなものかをシキは知らなかった。だが、ウルトやユーリ以外の友人たちも、魔力のない人間にできる遊びとできない遊びを、もう十分理に解していた。だからシキはその笑顔に、笑顔で応える。

 できるかぎりのありがとうを込めて。


 夕方五時半になると、五.五階にいた生徒はほとんど一階の食堂へ降りていった。六時から夕食が始まるためである。

 シキは一足先に食堂へ向かったハリスに手をふって、ひとり談話室のソファに深くもたれかかった。

 独りになるのは本当に久方ぶりで、なんとなく心もとない気がする。

 学校にやって来たばかりの頃は、独りになるのが怖くて怖くてしかたがなかった。なのに、いまはほんの少し胸にすきま風が吹き込むように、スースーするだけで済んでいるのは、ウルトやユーリたちのおかげなのだろう。

「父さん、僕、十六になったよ……」

 目を閉じ、つぶやく。

 こつん、とガラスを叩く音が聞こえてシキははっとまぶたをもちあげた。真横の大窓に、めいっぱい翼を広げた巨大な鳥――サーイーグルの姿があった。

「リュゼ!」

 久々に姿を見せた友に、シキの目が輝く。

 急いで廊下を駆け、石の階段をのぼって時計塔を目指して足を動かした。コートを持ってきていなかったから、皮膚に冷気が突き刺さって全身がヒリヒリ焼けるように痛い。これならば塔のてっぺんは、間違いなく無人だろう。

 痛みに耐えて時計塔をのぼりきると、すっかり雪の止んだ見晴らし窓のへりに、優美で巨大な鳥が羽を休めていた。その大きく柔らかい羽毛が密生したリュゼの胸に、シキは思い切り飛びついた。

 雪片せっぺんがパッと舞う。

「リュゼ、久しぶり!」

「ああ……忙しくてなかなかこれなくて悪かった。変わりないようだな、シキ。いや、少したくましくなったか?」

「たくましく……なってたらいいんだけど」

 照れくさそうに笑って、抱きしめる力を緩めた。ふわふわした羽毛に顔を埋めれば、ひと一人を殺しかねない屋外であってもなぜだかあたたかく、力が湧いてきた。リュゼは穏やかに目を細める。

「誕生日、おめでとうシキ」

 大きなくちばしがシキのほほを優しくなでた。

 父が亡くなって以来、代わりのようにリュゼがその言葉をかけてくれた。それだけで本当にうれしくなれたのだ。

 大切な友に祝ってもらえる。それは、孤独ではないと実感できる唯一の時間。

 シキはもういちど羽毛に顔をうずめた。

 しばしの間、学校での出来事、友人たちのこと、うれしかったこと、さまざまな話をリュゼに聞かせて、それをリュゼはただうなずいて聴いていた。

 寒さも忘れて夢中でしゃべりつづけていると、頭上からこの世のものと思えぬ、美しい歌声が波打つように響いてきた。時計塔の住人と噂される、ゴーストが六時を告げる。

「さあシキ、もうそろそろ校舎に戻らなきゃな」

「うん……」

 シキはうなずいて、もう一度だけ、リュゼを抱きしめた。

「ありがとう、リュゼ。またね」

 手からなめらかな羽がするすると滑ってゆき、友は塔のへりを蹴って軽やかに宙を舞った。彼は甲高くひと鳴きすると、大きな翼をぐわっと広げて闇夜に溶けていった。


 ふたたび胸に感じるすきま風は、友と離れる寂しさからなのか、はたまた強烈な寒気のせいなのか。

 シキは急いで階段を降りて、食堂へ向かうことにした。その途中、聞きなれた声がシキを呼び止めた。

「いたいた、シキ!」

 ふり向けば、そこには授業が終わってすぐにいなくなった四人の姿がある。

「みんな、どこ行ってたの? 五.五階にもいないから――」

「いーから、ついて来いよ!」

 ウルトがニヤッと笑い、フェイメルがシキの手を取った。

「さ、行きましょうシキ君」

 シキは四人に連れられて多くの生徒でにぎわう食堂を横切った。夕食のグリルチキンの香りが鼻腔をつく。

 たどり着いた先は、食堂の奥にある厨房。そこは普段生徒が立ち入りを禁じられている場所だ。

 ところが、中へ入ると厨房はまるで戦場のようで、白いコック服を着た調理人たちが、指をくるくる回したり、奇妙な呪文をとなえたり、あるいは皿を次々放り投げたりを繰り返して、料理を完成させている。

 ひじょうに不思議な光景だ。

「シキ、ここじゃなくて、もう少し先の厨房だよ」

 アリアがシキの背中をやさしく押した。

 厨房の奥に、さらに扉がある。そこを押し開けると、シャボン玉が割れるように、甘い匂いがはじけた。ところが、なぜか目の前は真っ暗である。

「えっ?」

 シキが声をあげたそのとき、ポッと小さな火が次々灯り、暗い厨房がぼんやり明るくなった。そこに浮かび上がったのは、調理台に置かれた大きな丸いケーキ。たっぷりのクリームの上に、色とりどりの果物がのっている。そのすき間にささった十六本のロウソクに灯った明かりを、シキはぽかんと見つめた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ