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第二章 京都に降り立って

「わぁ。見た?すごくカラフルなお家が並んでたねぇ」

「新横浜からが長いんだよー。眠かったら寝ときなねぇ」

「名古屋で降りる人多いねぇ。外国の人もたくさんいるねぇ」


車窓を見ながら立希は順太に楽しげに話しかけている。そしてそんな二人とは対照的に、深く項垂れたままの誠一はその体をピクリとも動かさず、ただ静かに気分を落ち着かせようと逸る心臓を抑え必死になって深呼吸をしていた。


隣ではしゃぐ女───、婚約者の替玉として計画に引き入れた立希は、子連れでくたびれた風貌から、失礼だが三十路手前か、たとえ歳下でも一つくらいしか変わらないと誤認していた。

……まさか17歳の、成人前の女子高生だったとは。誠一は先ほどまでのやりとりを思い返す。



-------------------------



「17歳!?しかも女子高……生……!?」


「最近休んでばっかだから卒業できるかわかんないんだけどねー。前まではちゃんと学校に通ってたよ。あの女が仕事辞めるまではだけど」


荷物から子供用のお菓子を取り出し、順太に与えながら答える。


「でも卒業したら働く気でいたし、まずは18歳になって成人したら正式に順太を私の養子にして、安全に暮らせる場所に引っ越す。あの女の手の届かない所へ行くつもり。この2ヶ月間で匿ってもらいながら資格取得の勉強して、報酬で職業訓練にも通う。順太が幸せに暮らせるなら、なんだってする」


そう言い、このまま京都に住んじゃおうかなー、美味しいもの沢山あるといいなぁ、なんて言いながら声を弾ませている。

誠一の頭の中では未成年略取誘拐罪……といった言葉がぐるぐると回り、自分はとんでもないことをしてしまったのではとようやく気が付き、背中に汗が流れるのを感じた。

スマホを取り出し、養子を迎えるための必要条件を検索してから立希の目の前に持っていき見せる。


「養子を迎えるにあたり、養親は20歳以上でないといけないと書いてあるぞ」


立希は目を大きくさせると、ええ、18歳の成人迎えたらなれるわけじゃないんだ、と呟いた。そしてそのまま、


「じゃあ、2ヶ月といわず2年でもいいよ」


あっけらかんと笑いながら返し、余計に誠一を絶望させた。信じられないものを見るような目つきで目の前の少女を見つめる。


───こいつは一体なんなんだ!?疑り深く思慮深いかと思えば、立場や歳が上の相手にも臆することなく自分の意見を通し、だというのに肝心の所で抜けていて、度胸はあるのに緊張感が無さすぎる。

……何も考えていないだけの可能性もあるが、心の内が読めない。もしかすると、俺はとんでもない化け物をパートナーに選んでしまったのではないか……。

そんな自分の視線など立希は全く気にせず、順太と手遊びをしている。言われてみれば、どこか血筋は感じられるのかもしれないが目鼻立ちや雰囲気など、親子にしてはあまり似ていない部類だ。まさか、姉弟だったとは。

思わず左胸を掴み深呼吸し呼吸を整える。こうして気持ちを落ち着かせるのは、昔からの誠一の癖だ。立希は心配そうにこちらを覗くと、


「どうしたの?しんどいの?」


「いや……大丈夫だ。それより、できるだけこの新幹線の中で今後のことを詰めたかったのだが……。ちょっと作戦を練り直す」


「なぁに?作戦て。奪還作戦?お宝でもあるの?」


気の抜けた立希の言葉に更に頭が痛む。


「……いや、宝はない。ただ、在るべき場所に戻すのと、奪われないように守る。この二つが俺たちの任務だ。そのためにお前に知ってて欲しいことがあって───……本来であれば、この車内で話しておきたかったんだが……」


「またお前って言った!」


「俺より歳下だし雇われてんだから大目に見ろ!ああもう、頭痛い……」


将来藤龍院家とグループを担うべく帝王学と経営を学び、今まで無駄なものは徹底的に排除して過ごしてきた。幼少期から親の選んだ友人とのみ交流し、求められるものすべて手に入れるために努力を欠かさなかった。

そして今、人生における大博打ともいえる作戦を決行しようと引き入れた仲間に、早速出鼻をくじかれた。早くも雲行きが怪しいが、こんなことでこの計画を中止するわけにはいかない。


名古屋を出発したアナウンスが流れ、しまった、あまりに長い時間沈み込んでしまったと気づくと、慌てて立希に向かって捲し立てる。


「ああもう、とりあえず京都に着いたら俺のマンションに行って、先に届けておいたお前の荷物を整理しておいてくれ。俺は本家に顔を出し夜にそっちへ行くから、その時に詳しく話す」


「ご飯は?」


「金を渡しておくから好きにしろ!」


何食べようかな、と鼻歌を歌う立希に、恐る恐る尋ねる。


「……お前、その……いいのか?学校も行かず、親の承諾も得ず出てきて……いや、引き入れた俺が言うのも何だが」


ピタ、と鼻歌をやめ、冷たい目つきで言い放つ。


「……逃げてるのに承諾も何もないでしょ。連れ戻されたら今度こそ順太が危ないし、私だって殺されるかもしれない。……あの人は、男がいないと生きていけないの。だから子供である私と順太が邪魔なの」


達観した横顔は十七歳のものとは思えないほど大人びている。連れ子がいると再婚に不利だと言われているが、彼女の母親も、そういった事情で立希たちを遠ざけているのだろうか。


「……お前の父親は」


「知らない。生まれた時から居なかったから。でも順太の父親は蒸発するまでは一緒に住んでたからわかるよ。って言っても半年くらいしか居なかったけど」


蒸発……。やはり複雑な家族関係がありそうだ。父親が違う姉弟。逃げられ、行方不明になった父親に代わり家族を支えるシングルマザーの母親。そしてその末が、精神を病み子供を虐待するようになり、家庭崩壊か……。


「しかしお前の母親はいなくなったお前たちを捜してるんじゃ」


「それはないよ。むしろ厄介者が二人まとめていなくなって、男を家に連れ込みやすくなって清々してるんじゃないかな。懸念があるとすれば児童相談所だけど、今までちゃんと機能してたことなかったよ。私もある程度大きいし、心配されてないんじゃないかな」


飽きてきたのか、順太が座席を越えて誠一の膝に乗ってきた。どぅ、だだ、と喃語で何かを訴え、親指を咥えてしゃぶりながらこちらを見つめる。誠一ははぁ、と溜め息をつきながら、


「……指しゃぶりは歯並びの形成に関わるから早いうちにやめさせろ」


「わかってるんだけど、やめてくれないんだよねぇ」


「そういう時は親指に辛子を塗ったりテープを巻いたら辛くて嫌だと学習するようになる」


「そうなんだ。って、なんでそんなに詳しいの」


そう問われ、はて、と誠一も考える。何故俺はそんなことを知ってるのだろう。ただ、俺もそうだったのだとよく聞かされたのだ───。


「どうでもいいだろう。ほら、もうすぐ着くぞ。忘れ物ないかチェックしろよ」


京都到着のアナウンスと共に新幹線から降り、改札口を出た後、それじゃあまた連絡するからと言って誠一は去って行った。渡された地図をもとに地下鉄乗り場へと進み、路線図を見て場所と乗り換え駅を把握してから列に並ぶ。電車が来て乗り込むと、スーツケースを持った外国人が陽気に話しているのを何人も目撃した。京都は、東京よりも外国人が多い気がする。烏丸御池で乗り換え、ようやく目的地の二条で降りた。

京都地下鉄は、東京メトロと違って変な緊張感があるな。発車メロディも「京都にこれを求めてるんでっしゃろ?」と言われているような雅な楽調を意識したもので、逆にそれが可笑しくて下を向きながらクスクスと笑うと、抱っこ紐の中の順太と目が合った。

地下から地上に上がり地図に書かれたマンションを探し歩いていると、案外簡単に見つかった。それはゆうに30階は超えていそうな高層マンションで、出来て間もないのか、エントランスもいい香りが立ちこめて傷も少なく小綺麗にされている。立希は渡されたカード式の鍵を持ち、エレベーターの七階ボタンを押した。降りると、部屋の前に段ボールがいくつも置かれた場所があり、用意された部屋がすぐにわかった。

カードを翳し、扉を開け中に入った。太陽の光が優しく部屋を包んでおり、新緑色のカーテンがベランダに続く掃き出し窓をゆらゆらと揺らしている。テーブルもベッドも用意されているが、生活感がない、客人用にあてがわれた部屋という表現がピッタリだ。


「順太、長旅お疲れ様。さあもう座っていいよ」


抱っこ紐から降ろしてやると、待ち構えていたようにハイハイで部屋を徘徊して回る。伝い歩きをしようと試みるも、丁度いい高さのものが周囲にないようで、立希はまた抱っこしてやると、他の部屋も回ってみた。

台所、寝室、トイレ、浴室……。広くて掃除が行き届いており、今まで狭く汚い1Kでしか生活したことがなかった立希にとって、まるでドラマのような世界の部屋は落ち着かなかった。

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