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第六章 意地張り


「『誠一が病気したからお金がないんです、』ってちゃんと周りに言えばよかったんやないかって思てるか?……言えるわけないわ。養子で迎えた子なんやから、捨ておけて平気で言う親族がおる時代や。たとえ血が繋がってなくとも、息子として迎えた以上、誠一は私と冬司さんの大切な子供や。そんな可愛い我が子を、どうして見捨てられましょうか」


───そして時が過ぎ、峰子は旅館を切り盛りする傍ら、冬司は売った狛犬を取り戻すために奔走した。旅館に置かれ誠一の成長を見守り続けた狛犬のように、峰子だけが、誠一の傍を離れず冬司の帰還を待っていた。


「……前に、心を通わせるために言葉にするのも粋だって、私に言ってくれたじゃないですか。これこそちゃんと伝えるべきだったんじゃないですか」


「……せやな。歳とると意固地になって敵わんわ。……言葉にしたら、今まで守ってきたもん全部壊れてしまいそうで。守り神を売った鬼婆が、守り神の代わりに必死こいてこの家を守ろうとしてたなんて可笑しな話やろ。だから誤解されたままでもかまへんかったんや。鬼婆が藤龍院の家を乗っ取ろうとしてるって思てるうちは、誠一も必死こいて経営を学んだり守ろうとするやろ。……私はそれでいい」


「新館の誠一の案に対抗してたのも作戦の一つなんですか」

「そうでもせな、あの子は詰めの甘いところがありますさかい。対抗意識燃やさせてより良いプランを作らせました。それにちゃんと最後は誠一の案を推してあげるつもりしてた。……けど、その大切な晴れ舞台、私らのせいで無くなってしもうたな」


顔に影を落としながら言う。


「狛犬を取り戻すことは私と冬司さんの悲願でした。生きてるうちに藤龍の旅館に戻さな、ご先祖様に顔向けできへん。誠一には悪いと思うけど、年寄りの最後の我儘に付き合ってもらいたいんです」


静かな沈黙が流れる。峰子の思いを受け止め、立希はじっと黙った後、口を開いた。


「……誠一や周りには黙ってたのに、どうして私には話してくれたんですか?」

「……アンタと同じや。私も独り言言っただけ。別に聞かんくてもよかったんや。……けど、今日聞いたこと、誰にも言ったらあきませんえ」


鋭い目線で念を押される。立希は飄々と、


「それは無理ってもんじゃないですかね。峰子さんと冬司さんの仰る『誰にも言うな』は、私には『代わりにお前が伝えろ』に聞こえます。それを目的に、私に話してくれたんじゃないんですか?」


「言わんでよろしい。言ったところで……誠一を傷つけるだけです」


立希はため息をつきながら、


「わかりました。私からは言いません。……でも、順太は話しちゃうかもしれません」


「アホ。そないな赤子がどないして話すんや」


目線を上げると、胸元に抱っこされている順太の手にスマホが握られていることに、峰子はようやく気がつく。


「あら〜。順太ったら。今の会話、全部誠一に繋げてたの。いたずらっ子だなぁ」


立希は白々しく言うと、切電ボタンを押した。


「立希……アンタ……」


立ち上がりワナワナと震える峰子。そして観念したように長いため息をついた後、まぁ遅かれ早かれこうなるとは思ってました、と言って、また椅子に腰掛けた。立希は背中越しの襖を開け、誠一を迎え入れる。どうやら部屋で電話を聞いていたが、通話が終わった後やって来たようだ。


「母さん……そんな、どうして今まで黙って……」


誠一の登場に、峰子はバツが悪いような顔を見せ押し黙る。


「ずっとどうして狛犬が一体しかないのかを尋ねても誤魔化されて来たけど、俺のためだったのか?最初から言ってくれてたら、俺は」


「藤龍院のお金の使い方はうちで決めます」


峰子がズバッと切り返した。


「私が何を売って何に使おうと、子供だったあなたには関係のないことです」


長い間燻っていた二人の確執が、ようやく今無くなろうとしている。冬司も駆けつけ、その場にあたたかい空気が流れようとしていた。そのとき。空気を破ったのは誠一だった。


「……じゃあ大人の俺が決めることに口出しもしないな?どうせ来週には俺が当主だ。俺は新館の建設に着手する。この狛犬は払い戻す」


一同は口を開けたまま、何も発せなくなった。


「ただでさえ赤字必至の計画だ。払い戻した程度で補填出来るものでもないが、余計な出費はしないに限る」


「ちょ、誠一、そんな、」

「アンタ、私の話聞いてたんとちゃうんか!?」


峰子の問いかけに、誠一は冷たく言い放った。


「今まで藤龍院の家は狛犬が一体無くともどうにかなってきたんやから、今更増えようと変わらへんわ」


親子の確執は導火線に火が点いてもなお、平行線のまま燻った。四人の大人はその場で石のように立ち尽くした。

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