第六章 真相
「峰子さん、入りますよ」
返事も無しに襖を開けて中に入った。
広い和室に敷かれた真紅の絨毯の上に、場違いな洋風の1人掛け椅子。そこに峰子はちょこんとひとり座っている。
入り口に立つ立希をジロリと睨むと、
「返事する前に入ってくる人がありますか」
「すいません。でも絶対入れてくれないと思って」
「……あなたの椅子はありませんよ」
「立ったままでいいです。今から独り言を言いますので、峰子さんは聞かなくてもいいですし、おかしいと思ったら訂正してくれてもいいです」
「……なんやそれ。目障りやから帰って」
「あの狛犬ですけど、大切なものなのに売って手放したのは、誠一のためだったんじゃないですか?」
「……」
峰子は押し黙った。抱っこ紐の中で順太はもぞもぞと動いている。
「前に近所の方から、誠一は小さい頃病気したって聞きました。そのときにお金がかかって、仕方なしに一体売ってお金をつくったんじゃないんですか?」
「なんやそれ。誰から聞いたんや」
「近所の方です」
定食屋で孫と話していたお婆さんの話を思い出しながら言った。お婆さんは藤龍院の坊ちゃんは病気をして、生死を彷徨ったと言っていた。憶測だが、そのため峰子さんは西園寺家への資金提供もままならなかったんじゃなかろうか。
「それならそうと誠一に言ってあげたら、誠一も納得はせずとも分かってはくれると……」
「全部、私が勝手にしたことです」
峰子はぴしゃりと言い放ち、過去を話し出す。
「───ずっとずっと、西園寺の家を助けるために商売と経営の勉強してきたのに後継ぎに選ばれたのは弟で。適齢期も過ぎた、可愛げのない私を受け入れてくれたんは冬司さんと藤龍院の皆さんだけでした。こんな旅館のことなんて右も左もわからん小娘だった私を、毎日辛抱強く成長するのを待ってくれたんです。
なんとか女将業も板についてきて、恩に報いようと毎日必死に働いたけど、跡継ぎの赤ちゃんも駄目にしてしまって。それでも朝はやってくるし、なんで生きてるのかわからないまま毎日過ごして、明日にでも死んでしまおうかと思い悩んでたある日、手紙が届いたんです。それは担当したお客様からでした。
───"接客が素晴らしかった、峰子さんに会いにまた泊まりに行きます"、"次も絶対峰子さんについて貰いたい"───。
あのとき私が死なずにいられたのは、仕事があったからです。仕事が私を生かせてくれたんです。
そして冬司さんと相談して、二人で養子を迎えることになりました。それが誠一。可愛くて愛おしくて、誠一を立派に育て上げることが次の私の生きる目標になりました。
本当に聞き分けがいいけど育てにくい子で。すぐ泣くのに何が気に食わへんのか答えへんから、泣き止むまで何遍根気比べをしたことか。アレルギー起こしたり軒下に落ちて3針縫うたり。それでも毎日忙しい忙しい言うて、いつの間にか過ぎてる。一日をどうやって死ぬか考えてた私にとって、それがどんだけありがたかったことか。
あるとき誠一が倒れて、調べたら海外で手術が必要やと言われました。とてもじゃないけど、すぐ用意できるような金額じゃありまへんでした。しかも間が悪いことに西園寺への融資を了承してすぐのことで、融資どころか何処かに金を借りないといけないほど、金蔵は逼迫しておりました。
ほんまにどうしようかと思ってたとき、冬司さんが言うてくれた。
───"藤龍院の守り神の像を一体売ってお金をつくろう。そして誠一をすぐ助けてやろう"───。
この家に嫁いだ時から毎日耳にタコができるほど、この二体の狛犬を大事に扱うよう言われてきました。この狛犬は、藤龍院の繁栄と伝統を象徴する大切なものなのに。それを売ってしまうなんて。
だけど当時の私たちが大金を用意する手段は、狛犬を売るか旅館をあけ渡すかの二つに一つでした。従業員とその家族の生活もかかってるのに、旅館を手放すわけにはいかない。私たちに残された道はひとつでした。
そうして狛犬は、憐れに片割れを待つ身として半身だけ置かれるようになったんです。
まとまって得た金で手術は無事成功。誠一は元気になってくれました。余った金を西園寺に回すも、当初目論んでた金額とちゃうと言われて拗れてな。それに加え、大切にしてた御神体を手放したことで冬司さんは親族から激しく責められ続けて。
だから冬司さんと私はこのことを二人だけの秘密にすることにしたんや。御神体を売ったのは、冬司さんやのうて藤龍院に嫁いで来た疫病神の女が一人で決めてやったこと。西園寺家への融資を減額したのは冬司さんが決めたこと。互いにそうすることで、それぞれの実家の立場を守ろうとしたんや」
ひとしきり語った後、黙って聞いている立希に向かって峰子は言う。




