第六章 親子喧嘩
「新館の事業を中止にするってどういうことですか!!」
呼び出され、開口一番に告げられた言葉に誠一は納得いかないとばかりに叫んで詰め寄った。峰子は頑として態度を変えず、冷ややかに言い放つ。
「言葉通りや。まだ大っぴらに公表する前で助かったわ。新館は作りません。再来週の次期当主披露会は、旅館事業を私から引き継ぐことだけ皆さんに発表して終わりや」
「どうしてそんな……、だって、内装の件で篁さんにお願いすることも決まってて」
「そんな口約束、契約を正式に交わしたわけやおへんやろ。あなたからお断りをいれておきなさい」
冷たく言い放つ。そもそも、新館は誠一の案か峰子の案かで意見が割れてはいたが、誠一が次の当主になることと新館を任せられることで大きな話題となり世間への大々的なアピールとなるはずだった。なのに、ここにきて何故。
「単純に資金がおへんのや。あれを見。藤龍院の狛犬が戻ってきたんや。ちょいと、取り戻すのにお金がかかったんや」
「そんな!無計画が過ぎます!」
必死に食い下がるも、峰子は頑として受け入れない。
───正直、誠一の言い分が正しいと思う。あれだけ計画を立てて他者も巻き込み、あと少しと言うところで梯子を外されたら誰でも反発する。しかもその原因が、突然の出費で資金不足だなんて。
立希は原因を作った冬司に目線をやると、明らかにまずかったと顔を白黒させてオロオロしている。
「とにかく、無い袖は振れません。これ以上の話し合いもしません」
誠一はブルブルと震える拳を握りしめ、狛犬を指さす。
「どうしてこんなもん───、今までだって、これがなくてもあんじょうやってこれたやないですか!今更二体に出来たって腹が膨れるわけでもなし。なんで───」
「これは藤龍院の御神体。守り神です。無事に戻ってきたことをお祝いこそすれど、貶すなんてことあってはいけません!……この家に先祖代々受け継がれたこの二つの像を、崇めて次代に受け継ぐことが、私に科された使命やったんや。それを一度手放してしもたんは私の罪です。だからこそ、私の人生を賭けて取り戻す必要があった。あなたのお父さんが取り戻してくれたんや。感謝しなさい」
「なにが感謝や!!」
テーブルに拳をぶつけ、大きな音が部屋中に響く。納得もいかず、意見も通らず。誠一は目の前の峰子を睨みつけて叫んだ。
「なんやこんなもん。これももう一方の像も、両方とも売り払ってしまえ!それで金取り戻したらええねん!!」
「誠一!!」
パン、と頬を叩く軽快な音。ワナワナと殴った手を震わせて、峰子が言い放つ。
「我儘も大概になさい。私らが居ないと何も出来ん青二才が。そんなんやったらまだ貴方に藤龍院を継ぐのは難しそうですね」
踵を返し、ほなそう言うことで、と告げて部屋から出て行ってしまった。
静かになった部屋に、立希と冬司と誠一が立ち尽くす。誠一は殴られた左頬を手で覆い、黙って立ち去ろうとしたのを、立希が止めた。
「待って誠一、あの……」
「止めんなや」
そう言って出て行ってしまい、部屋には立希と順太と冬司のみ残されてしまった。気まずい沈黙が続く中、ついに冬司が口を開く。
「いやぁ、誠一元気だなぁ。よかった」
気の抜けた一言に思わずズッコケてしまいそうになった。
「何がよかったんですか。これ全部冬司さんのせいじゃないですか。……誠一が可哀想です」
珍しく誠一に同情し非難すると、うーん、と唸ったのち、
「いやでも、昔誠一は体が弱くてね。僕も峰子ちゃんもヒヤヒヤしてたんだよ。それでこの狛犬に毎日お祈りしてね」
「……そんなに大事な像、どうして手放しちゃったんですか。買い戻すほど大切なんでしょう?……もしかして、西園寺家にお金が必要だったからですか?」
立希が言った。西園寺家に資金提供をお願いされて、思った金額が出せずに峰子様は実家に恨まれてしまった、と言っていた。もしかすると、その資金調達のためにこの大切な狛犬を売ってしまったのか。
そう憶測を立てて尋ねてみたが、冬司からの答えは意外なものだった。
「いや〜、峰子ちゃんの実家への援助は問題なくできるだけの資金はあったんだよ。だけどね……」
「けど……?」
「そうだねぇ、続きは峰子ちゃんから聞いてもらえるかな?峰子ちゃんは恥ずかしがり屋だから、誠一には話せないことも、君には話せるんじゃないかな」
「……そうでしょうか」
不満気に返すと、
「でも君から誠一に言っちゃダメだよ?ね?」
可愛くウインク。ただし、還暦近い中年のオッサンの。
「そして僕から誠一にも話せないんだ。秘密にしてって言われてるからねぇ」
立希はため息をついた。皆んな皆んな、会話不足のくせに分かりたがっているなんて、ずるい。
「でも私から誠一に言っちゃダメなのね……」
峰子の部屋を教えてもらい、立希はひとり峰子の部屋の前に立つ。




