第六章 狛犬
「……子供を守るんは大人の役目やて、さっき言ったな」
立希の告白の後、峰子は口を開きポツリと呟いた。
「あんたはまだ幼いのに、よう頑張りました。私は、あんたは立派な母親やと思いますよ」
───ああ、親子だ。誠一と同じことを言ってくれる。
誰よりも母として、女として苦労してきた峰子の言葉に、立希は瞳が潤むのを感じた。
「───ただ、やはり未成年ということもあるし、あんたをこのまま置いておくことはできません。だから───」
話の途中で、携帯の呼び出し音が鳴る。峰子は黙って鞄から取り出すと、
「───はい、もしもし」しばらく電話の相手の声を聞き入り、そして大きく目を見開いた。
「───ほんまに?す、すぐ帰ります。ええ。おおきに」
通話ボタンを切って立希に向かって、
「今からすぐ家戻るで」
そう言って、大事な話の途中ではあったのだが二人で会計を終えた後タクシーを捕まえ峰子と冬司の住む豪邸へと戻った。
息を切らせて門をくぐり玄関のドアを開ける。中で冬司がまで迎えてくれた。
「ウェルカムバック!峰子ちゃん、こっちこっち」
バタバタと走ってリビングの方へ向かう。立希も来るようにと言われていたため、順太を抱えて後について行く。リビングに入ると、そこには、翡翠の狛犬の像が鎮座していた。
「───これ、どうしてここに?」
普段は旅館のロビーに置かれているのに、どうしてここにあるんだろうと思って見上げると、
「あれ、これ口が開いてない。いつもと違う狛犬だ」
「そうだよ!この狛犬は、藤龍院家の守神の像。狛犬だから二つでひとつになるように、対で置かれていたんだ」
冬司が後ろから話しかけてきた。
「だけどね、二十年前にこの子だけ手放した。それが先日、インドで見つかったのさ!持ち主が変わって変わって、海外にまで流れていた。いやー、取り戻すのに苦労したよ」
そう言って笑っている。目の前の像は、いつも見ている像と同じく翡翠色の胴体を煌びやかに輝かせ、その存在感を放っている。峰子が頬を赤らめながら嬉しそうに冬司に話しかける。
「いやぁ、ほんまよう見つけられました。もう生きてるうちに見つけられへんかと思いましたわ。おおきにね、冬司さん」
目尻を下げてニコニコと笑っている。インドで六郎に会ったと言っていたが、この像を探しに行っていたときに会ったのだろうか。
「本当は帰国よりも前に見つけられてたんだけどね。海外からの発送で時間がかかっちゃった。サプライズ大成功かな?」
ええ、本当に、と峰子。見つかって本当に嬉しいのか、うっすら涙まで浮かべている。守り神と言っていたし、相当思い入れがあるのだろう。
ふと、ではなぜ手放してしまったんだろうと思った。すると峰子が、
「ところで冬司さん、こちらいかほどで戻ったんでしょう」
金額を問うと冬司はさらりと答えた。その金額は立希が一生かけても稼ぐことのできないほどの大金で、思わず口を手で覆った。
「手放した時の金額よりかなり値上がりしてたけど、仕方ないよね!藤龍院の守り神だもん。これでご先祖様にもようやく顔向けができるってもんだよ」
「……」
峰子は急に黙りこみ、スン、と顔から笑みを消した。一気にその場は静まり返り、冬司もアレ?どうしたの?と峰子の顔を伺う。
「……冬司さん。取り返してくれてどうもおおきに。……でも、そうやね。うん、……どうしようか」
明らかに動揺の声を出し、冬司も心配になったのか、
「少し高くなっちゃったけど、取り返すための資金はずっと貯めてたじゃない。どうしたの?」
「……ええ、ええそうでした。うん、……せやな、誠一に、相談せなあきませんね」
「峰子さん、どうしたんですか?大丈夫です?」
立希は初めて見る、同様で顔を白くさせている峰子の姿に戸惑い声をかける。峰子は頭を手で押さえながら、
「───誠一を呼んでください。新館の計画は中止です」




