第六章 誰にも言えなかったこと
食べ終え、デザート食べたいなとメニューに手を伸ばそうとしたそのとき、峰子が言う。
「誠一のことは分かる、て言うたけど、アンタが、私に楯突くためにわざわざ用意された偽の婚約者ってことも気付いてるで」
ピタ、と手を止めて目だけで峰子を見る。
「……嫌だなぁ。何言ってるんですか。私と誠一さんはちゃんと愛し合って」
「無駄に歳とってません。こういうのは歳の功でわかるもんや。一生懸命騙そう騙そうとしてくるから乗ってあげてただけです。……しかも立希。あんた、順太くんの母親ちゃうな」
手を大人しく膝に戻し、ぎゅっと握る。順太は大人しくポテトを掴んで食べており、まだ食べ終わりそうにない。
「あんたの振る舞いは経産婦のそれと違う。歳も相当誤魔化しとうな」
「……どうして、それを……」
「女将の仕事は人を見る仕事です。子供が子供連れて、何か事情があるんやろうなとは思うとったけど。……あんたが未成年で保護者の了承も得ず何かしてるんやったら、さすがに看過できん。しかるべき場所に連絡せなあきませんよ」
「……」
俯き、ここから巻き返せる言い訳はないか必死で考えたがまるで思いつかない。何もかも見透かされた状態で、変に嘘を重ねる方が悪手だ。
立希は観念し、恐る恐る話し出した。
「……すみません。私は順太の母ではありません。でも、母親代わりとして、生まれてからずっと世話してきました。姉です」
峰子はじっと瞳を見ながら、
「歳は」
「17歳です」
ふー、と長いため息をついたあと、困ったように頭を抑えるような仕草を見せた。
「……私と順太の母は依存体質で、仕事を辞めてからアルコールに溺れ、私に手をあげるようになりました。その暴力が、順太に向かいそうになったので私は慌てて順太を連れて逃げたんです。そこで誠一さんに出逢い、助けてもらって……」
「ほんまか?」
鋭い声で遮られる。峰子の視線が、刺すようにして立希に向かう。
「何か隠しておへんか。言いにくいこともあると思うけど、思い切って話しよし。ずっと順太くん守って偉かったけどな、そんでも子供を守るんは大人の役目で、そんであんたもまだ子供や。……家出したんは、母親から逃げるためだけとちゃうんやないか」
「………………どうして」
声が震える。誰にも気づかせなかったことなのに、どうしてこの人はそこまで勘づいたのか。峰子は続けて言う。
「その母親の再婚相手か恋人から、あんたが虐待されてたんやおへんのか」
「言わないでっ!」
急に大きな声を出したため、順太がびっくりして泣き出してしまった。峰子はサッと立ち、椅子から抱き上げると膝に乗せて落ち着かせてくれる。
「……娘がいるシングルマザーを狙って、男が娘にいたずらする話はよう聞きます。……でも、児童相談所や警察に相談できたんや」
「そんなことしたら、お母さんがまた独りになっちゃう」
峰子の言葉を遮り立希が悲痛に零す。俯いたまま、峰子の顔も見れない。
───誰にも言えなかった。新しい恋人だと母に紹介された吉田という男は、初めから母ではなく私とコミュニケーションをとりたがっていた。わざと脱衣所に入ってきたり、下着を荒らされたり。抵抗できなくするために殴られたこともあり、腕やお腹に青黒いあざも出来た。
一度母に相談し家に吉田をいれないよう懇願したが信じてもらえず、それどころかお前が誘惑したんだろうと糾弾された。
母は子供を守るのではなく、娘を嫉妬の対象として攻撃してきたのだ。
あの日。ファストフード店で順太を連れて絶望していたのも、母の留守中に襲われそうになったところを慌てて逃げてきたからだった。順太まで連れ出すのは大変だったが、いつかこういう日が来るだろうと想定し、逃げるシュミレーションと荷物の準備を行っていた。
もし私が一人で出て行ったりしたら、絶対に不機嫌の矛先は順太に向かうと思った。今までだって、泣く順太に向かって物を投げ、打ちどころが悪ければ大変なことになり得たことが何回もあった。だからそれだけは阻止せねばと常に気を張っており、あの日順太と共にあの悪魔たちから逃げられて本当に良かったと思う。
そう、思うのだが。
もしかして自分は、順太から母親だけじゃなく父親も奪ってしまったんじゃないだろうかと、何度も不安に思った。
私さえ我慢すれば、吉田は順太が望むような父親役をこなしてくれていたかもしれない。一緒にキャッチボールしたり、風呂に入って悩みを相談したり。夜は眠るまで歌を歌ってくれたり。
そう、私がお母さんにしてもらったことを、順太にもしてくれたんじゃないだろうか?
その機会を、私が奪ってしまったんじゃないだろうかって。
ずっとその事実に目を背けて、私がふたり分順太を愛してやるんだと躍起になっていた。




