第六章 義母娘デート
当日、待ち合わせに選んだのは市内のショッピングモール。普段行くような場所に立希が峰子を連れて行くように、とのお達しだったのだ。京都に来てまだ日も浅く、普段行く場所なんて全国にあるような一般的な商業施設くらいしかない立希にとって、案内できるようなところなんてそこくらいしかない。この場所なら地方によって多少の違いはあれど、大きな失敗はしないだろう。そう思い、約束の時間より早く着くように向かったのだが、到着すると既にその場に峰子はおり立希を待っていた。ただ、最初は人違いかと思った。峰子は普段着ている着物とは違う、藤紫色の上品なトップスに白のスカートを着ていた。驚いて淳太を乗せたベビーカーごとその場に立ち尽くす立希に、
「遅いで」
一言言って上から下までジロリと品定めされる。
「あ……遅れてスミマセン。峰子さん、今日すごく可愛くて素敵です」
立希の言葉に峰子はキッと口を結び、フンと顔を背けると「行くで」と言ってズンズンと中に入って行った。
「お昼ご飯食べましょう。レストランのフロアがあるので」
「何かアレルギーとか食べられへんものはないか」
「ないです。なんでも食べます。私も順太も」
「さよか。ほなスパゲティはどうや」
「大好きです」
並んでいないパスタ屋に入り、奥の小さな席に座る。子供用の椅子を用意してもらって椅子に掛けると、メニューから好きなものを注文する。本当は2つ注文したかったけれど峰子の前なので遠慮しておいた。品が提供されるまでしばし沈黙になり、気まずい空気が流れる。
「……なんや」
「え?」
峰子はモゴモゴと口を動かし、何かを言っている。
「……こういうとき、母娘はどんな会話するもんかって訊いてるんや。私は幼い頃に母は死んで、父子家庭やったさかい」
母娘としてのコミュニケーションをとろうとしてくれている峰子に、意外だとばかりに目を丸くさせていると再度なんや、と言われた。
「……いえ、そうですね……好きな人の話……とか?」
立希も実の母親と恋バナなんてしたことない。いつもただ一方的に、母にできた新しい恋人の自慢話を聞かされてきただけだった。
「ここで誠一の話するんか。そら……難儀やな」
思わず二人でふふ、と噴き出してしまう。立希は思いついたように、
「じゃあ誠一さんじゃなくて冬司さんのこと聞かせてください。峰子さん、冬司さんのこと好きですか?て、聞くまでもないか」
峰子は顔を真っ赤にさせ、
「こないだのことは忘れよし。……冬司さんは長年連れ添ってる夫やねんから、嫌いなわけないやろ」
「じゃあ皆んなの前でツンケンしてるのは、やっぱり恥ずかしいから?」
「ツンケンなんてしてません。あれはしゃんとしとかんと示しがつかんからそうしてるだけです。……冬司さんは、実家から捨てられた私を受け入れてくれてずっと護ってくれた。私が冬司さんに嫌われることがあっても、私から嫌うことは一生ない」
到着したスープとサラダを食べながら、静かに言う。
確か峰子さんの実家である西園寺家は、商売のお仕事をしていて、弟に家督を継がせるために元々商才のあった峰子様を藤龍院家に嫁がせてお払い箱にした、と言っていた。歴史と伝統のある藤龍院との繋がりを持つための完全な政略結婚だったようだが、峰子さんと冬司さんはそんなこと関係なく今も深く愛し合っているんだな。
カルボナーラとたらこスパゲティとお子様ランチが到着し、いただきます、と言って食べ始める。
「冬司さん、面白くて明るくて、私たちにも分け隔てなく接してくれて素敵ですよね」
立希が言うと、せやろ、と言って微笑む。
「私は冬司さんと藤龍院に、返しきれんほどの恩がある。だから、精一杯藤龍院に尽くして報いないとあきませんのや」
そう言い切り、口元を拭って水を飲んだ。順太が口元をケチャップで汚して一生懸命オムライスを食べている。あらあら、ほんま食いしん坊や、と峰子は優しく嗜めた後口元を拭いてやる。
「……誠一が養子で、私が産んだ子やないってのは聞いたか?」
目線を合わせないまま峰子は言う。はい、と返事すると、
「身一つで藤龍院家に嫁いだあと、私が出来るんは身を粉にして働くことだけやった。拾ってくれた恩に報いようと、最初の子供がお腹におるのに安静にしとらんと働いてた結果、流れてしもたんや。しかもその時に別の病気も見つかって、もう子供は望めんようになった。申し訳ないと泣く私に、冬司さんはずっと背中を撫でて慰めてくれた」
立希はフォークを置き、静かに聴き入る。
「……跡継ぎは必要や、てことでまだ赤ちゃんやった誠一を迎え入れた。この子は藤龍院を担う子や、いうてちょっと厳しく育てすぎた気はしてる。それでもあの子は必死に、勉強もスポーツもいい成績を納めてくれました」
「……そうですね。誠一さんは本当に凄い人だと思います。……そして、峰子さんも素晴らしいお母さんだと思ってます」
立希の言葉に峰子はようやく視線を合わせた。立希は続けて、
「指吸いの話やお食い初めの話は、ちゃんと育児をしてる人の話でした。峰子さんは、毎日女将業で忙しい中でも子育てに向き合ってたんだな、てわかりました。……ことあるごとに順太や私にアレルギーの有無を訊くのだって、割烹旅館として必要性なのかなって最初は思いましたが、誠一がアレルギーあって大変だったんじゃないですか」
立希の指摘に微笑みながら、
「そうや。初めてたまごパンをあげたときに赤い水膨れみたいなんがぎょうさん出来てな。血の気引いたわ。結局症状が出たんはそのとき一回きりで、何遍も検査して今は何の不自由もなく食べられることがわかったけど、ほんま、あのときほど自分の浅はかさを申し訳なく思ったことはないわ。夜に病院の戸叩いてな。必死に医師叩き起こして。泣きながら誠一にごめん、ごめんて謝り通した」
完璧超人の鉄の女だと思っていた峰子さんが、昔の失敗をずっと悔いて今も囚われているんだと思うと、胸が痛いのと同時に人間らしい部分があることと、いつも失敗ばかりの自分と重ねて親近感が湧いた。
アレルギーなど命に関わることは特に過敏にならざるを得ない。常に緊張し、真剣に向き合い厳しく接する姿が誠一には冷たいと感じられてしまったのだろう。誠一の周りはすれ違いばかりだ。
「……峰子さん、誠一さんのこと大好きですよね」
思わずポロリと零した言葉。失礼だったと慌ててすみませんと続けると、
「当たり前やろ。大事な一人息子や」
ふふん、と殊勝の笑みを浮かべる。その姿に、本人以外の前では素直なのになぁ、と苦笑いする。
「誠一さんの婚約者に彩さんを推したのも、誠一さんの気持ちを汲んであげたんですね」
「……どうやら、とんだお節介やったみたいやけどな。あーあ。誠一のことは分かるのに、あの娘が誰を見てるかまでは見えてへんかったな。悪いことしたわ」
峰子さんは、誠一が誰を想っていたか気付いていた。自分の実家に有利になるように彩さんを婚約者にしたかったわけではなく、ただ奥手で自分の幸せに無頓着な息子のためにひと肌脱いでやろうとから回っただけだったのだ。




