第五章 彩取合戦 決着
「お前がこの先誰とも結婚せずひとりで生きるんやったらな、俺もそうするで!ジジイになっても初恋拗らしたまま、お前の隣に居続けたる!
お前以上のええ女は俺にはおらんのやって呪いの言葉を吐き続けながら死んだるわ!それからな、誠一!」
誠一は呼ばれて身構えながら六郎を見据える。
「誠一、お前にはこの先ぎょうさんええ女が現れる。立希ちゃんもそうや。せやけどな、俺には彩しかおらんのや。彩以外、女に見られへんのや。どんな汚い手使ってでも彩は渡さん。……やから、俺が、勝つ!」
そう言い切った後、はぁ〜あ、と脱力のため息がその場に響いた。
「最初からそう言えば良かったんですよ。いい歳してほんと、馬鹿ばっか。三馬鹿。三馬鹿トリオです」
立希は三人だけの世界だった中にようやく入り込み、
「誠一はその一言をずっと待ってたんですよ。嘘ついてまで、想い合ってるのにすれ違うふたりにどうか幸せになってもらいたかったんです」
二人に近づき、
「彩さん。どうか誠一の想いを汲んで、素直になって六郎さんとお幸せに。
六郎さん。コンプレックスも大概に。こんな人どこがいいんだろう、て彩さんも同じことあなたに思ってますよ。……それと」
ベビーカーのハンドルを握って誠一の隣に行くと、
「言っておきますが誠一に雇われた、ってのは嘘ですよ。私は本当に誠一と結婚する、未来の花嫁ですから。あーんまりにも不器用がすぎる貴方たちのために誠一と事前に口裏合わせで一芝居打ったんです。ねぇ?」
突然のことに誠一は内心この野郎、と叫んだ。
この二人には真実を話すんだなと思ってのやりとりだったが、ここに来て全部演技だっというシナリオにするのか。だったらせめて事前に教えておけよ。
腸が煮えくり返りそうな思いを抱えながら、それでも必死に演技を続ける。
「……ああ。まさか信じたわけあるまいな?あんな嘘を」
誠一の言葉に六郎はやっぱり嘘かー!良かったー、と安心しているが、彩は疑いの眼差しを向けている。立希は言う。
「ちゃんと嘘ですよ。まさか婚約者の替玉用意するのに子供まで引きつれる馬鹿いますか」
そうのたまう立希。誠一は思った。
居るんだよここに。
拗らせまくった幼馴染の誤解を解くために東京から連れてこられ、金のためとはいえ女将業と母親業を兼任し、そして自分とは縁もゆかりもない幼馴染の恋仲を取り持ってやる、お人好しのお節介馬鹿が。
「それじゃ誠一、行こうか。どうかおふたりもお元気で」
「……うん、立希さん、誠一、ありがとう」
彩は色々思うことがあるようだったが、言葉を呑み込みこのまま見送るのが良いと判断したようだった。
「次会うときは引継式かな。元気で!」
「……ああ。彩、六郎。じゃあな」
解散し、立希と誠一は駅まで歩くも、互いに口を開くことはなくそのままマンションまで無言だった。
部屋に戻り、ソファに座って一息ついたあと、気まずい空気の中ようやく誠一が口を開いた。
「……立希、」
「ん?」
「……おおきにな」
怒りではなく感謝を伝えた。
はじめはどうしてくれようかと思った。偽の婚約者であることをバラされたら計画も台無しで、次期当主の引き継ぎにも影響があるかもしれなかった。だからこの計画は二人だけの秘密にするはずだった。
なのにバラされて今までの苦労もあわや水の泡、となった最後に、今言ったのは二人を焚き付けるための嘘だったのだと誤魔化せれば、ずっと彩を想ってきたのに報われず、それどころか二人のために自ら彩との婚約を破棄してしまったなんていう哀れな俺のことも、
そしてずっと気づかず傷つけ続けてしまったなんて罪悪感を、彩は感じないで済む。
お前は、そうやって俺のプライドをも守ってくれたんだな。
「さあ。なんのことか分かんないな」
立希は順太のオムツを替えながら言った。
「彩さんは薄々気づいてそうだけどね。六郎さんは……馬鹿だから大丈夫でしょ」
「そうだな」否定せず続ける。
「でもあそこまでやったら、余計に引継式後に俺はお前と別れられん。そしたらお前、東京に帰れなくなるんじゃないのか」
立希は笑うと、
「あら。私は二年後でも良いって言ったはずだよ」
涼しい顔をしながら言う。続けて、
「でもそうだね。全部丸く収めるために……貴方が私を本当に好きになれば良いのに」
唐突な言葉に誠一が固まっていると、あ!峰子さんに渡す約束してた物があったんだった!ちょっと届けてくる!と言ってバタバタと部屋を後にしようとする。玄関のドアを開ける前に、
「おい、さっきのって……冗談よな?」
立希は振り返ると、
「さあ?どっちでもいいよ。誠一の好きな方で」
そう言って笑って出て行ってしまった。誠一はその場に立ち尽くし、六郎たちとは違い、腹の底が見えない立希に向けて呟いた。
「……この、タヌキが」
苦笑いし、部屋に戻り順太を抱っこした。大人の思惑など感知しない子供の無垢な笑顔が、こんなにもありがたいのかと切に思った。




