第五章 勝負
立希に呼び出されたのは前回集まった公園。誠一は寝ている順太をベビーカーに乗せ参上すると、既に彩や六郎も集まっていた。
なんとなく内容を察し、早くも帰りたい雰囲気を出したがまぁ座れ、と言われてベンチに腰掛ける。六郎と彩は何かあったのか、互いに目線を合わせようとせず思い空気が流れている。六郎が覚悟を決めたように、
「来てくれておおきにな。早速やけど、立希ちゃんから聞いたんや。
……誠一お前、立希ちゃんとは偽装婚らしいな?」
誠一は驚き目を見開いて、立希を見る。対象的に立希は涼しい顔をして一切こちらを見ようとしない。
「えっ、どういうこと!?」
彩が驚いた様子で尋ねる。六郎はそれを無視し誠一を睨み続け、
「彩と結婚せんために他所様のお嬢さんをわざわざ呼び寄せて、手の込んだ芝居で峰子さんだけやのうて俺らも騙したんか。お前、何やってるんや!」
胸ぐらを掴みあげ怒鳴りつける。その瞬間、立希は両手で顔を覆いワァッと泣き出した。彩が駆け寄り宥めるも、理解が追いつかず困惑している。立希はしゃくりあげながら、
「ごめん誠一……やっぱり私、このまま嘘を重ねるのは無理だ……。もう、本当のことを話した方がいいと思う」
誠一は愕然としながらも胸ぐらを掴まれ為されるがままの状態だ。
「ええ、だって、え?順太くんは?立希さんは子持ちのシングルマザーだって」
「……それは本当や。やけど、立希は金で雇っただけで、母さんを欺いた後問題なく旅館を継いだら東京に帰ってもらうつもりやった。破談になったとか適当に言って」
誠一は彩に言うと、観念したようにため息をついた。掴まれた六郎の腕を外し、話し出す。
「あのまま彩とは結婚できんと思ったんや。そんなことするくらいなら生涯独身でもええって」
「だからってこんな茶番に、子供連れたお母さん付き合わせたんか!?お前何考えてるんや!」
「六郎さん」
立希は涙を拭って、前に立つ。
「誠一がこんな嘘をついた理由、分かりませんか?誰に遠慮して、何のために嘘ついてたか」
そして彩の方にも向き、真っ直ぐに目を見ながら、
「誠一も本当は彩さんのことをずっと想ってきたのに、それでも誰の気持ちを尊重し、身を引いたか」
「え?誠一、え…?」
突然自分に矛先が向かい戸惑う彩。しかもずっと想ってきた、と言われ、気持ちに気付かずに今まで至ってしまった経過と自分の愚かさにも気付いた。
「そんな……嘘よね?だって私との結婚は峰子様が決めた政略結婚だったし、私と結婚するくらいなら一生独身の方がマシだって」
「彩さん、貴女も知ってください。お願いだから気付いて。誠一は子供の頃からずっと、貴女だけを想ってきたんです」
「立希、お前何を……」
秘めた自身の想いをバラされ、赤面し苛立ちを見せる誠一。「あんな手紙、子供の頃の落書きやないか」そう吐き捨てるも、立希は真剣な顔で、
「もうやめよう。私は誠一の想いと心遣いをふたりに知ってもらいたい。じゃないと、浮かばれないよ……」
誠一は知っている。立希はこんな風に泣いたり傷ついた顔をする奴ではないと。だからこれも六郎と彩を焚きつけるための芝居だ。茶番も茶番。乗ってやるのも一興かと思ったが、自分が彩を幼い頃から想い続け今も好きだなんて言われたら流石に乗ることはできない。
ただ立希の顔は真剣で、寂しそうにしおらしくするその顔は、つい先ほど見た───、彼女の母の話をしたときと同じ、どこか悲しげなあの表情そのもの。
あれが立希の本性なら、やはり、気付かれていたのか。俺の思惑も。彩への想いも。
「……そうや。俺はずっと彩が好きやったんや。ほんま、ずっと近くにいたのに気付かんとか、お前はほんまに鈍感や」
観念したように彩に向けて語り出す誠一。
「せやから婚約の話が出た時、ほんまラッキーや思ったわ。けど、お前はどっかのアホしか見えてへんし。」
そう言って六郎を睨みつける。
「挙げ句の果てに駆け落ちしてくれて頼んだのに断られてるとか。こうなったら俺が一肌脱がなあかんと思ったんや」
「……誠一、知ってたの?駆け落ちのこと」
「伊達にずっと近くにおらんわ」
申し訳なさと気まずさで言葉を失くす彩を尻目に、再度六郎を睨みつけて、
「お前がここまでお膳立てされて、挙げ句の果てに女に頼み込まれても自分の気持ち一つ通さへん腑抜けとは思わへんかったけどな。永遠に日本に帰って来んかったら良かったのに」
「なんやと……!?」
六郎は再度掴みかからんとばかりに威嚇するも、立希に止められる。
「……俺は、誠一はいい男やし、こんなどうしようもなくてフラフラしてる俺より誠一のが彩を幸せにできると思ってたんや。立希ちゃんとの結婚もびっくりしたけど応援した。けどなぁ、それもこれも全部俺のためっていうのが腹立つんじゃ!今でも彩のこと好きなんやったらなぁ、っ……!」
一瞬の沈黙ののち、腹を括って叫んだ。
「勝負や!!勝った方が彩と結婚する!それでええか!」
「……はぁ?お前何言うとるん」
思わず呆れて聞き返す誠一に今度は立希が、
「そうね!そうしましょ!」
「!?立希さん!?何言って……」
当事者なのに何もかも置いてけぼりの彩が困り果てながら立ち尽くす。そんなことお構いなしに、
「すまんが彩、止めるなよ。殴り合いで勝負や」
「そんなの駄目に決まってるやろ!何考えてんの!立希さんも止めてやぁ!」
「なら、どちらが彩さんの良いところたくさん言えるかで愛が深い方が勝ちにしましょ」
「おっそれいいなぁ」
六郎が腕を回し肩を鳴らしながら答える。
なんだこの流れは。誠一は呆れと徒労で死んだような目をしながら、もうどうにでもなれと投げやりになりながら黙ってその場に立ち尽くした。




