第五章 ドーナツ屋騒動
ハニーディップ、季節のパイ、チョコファッション、抹茶マフィン、抹茶リング。それにカフェオレ。いただきます!と言ったそばからみるみるうちに無くなっていく様子を、六郎は目を点にしながら見つめた。
「……あんさん、ほんま……皿まで無くなりそうやな」
「六郎さん食べないんですか?あ、今日話聞くんでここのお金お願いします」
「そんでほんまちゃっかりしとるわ!……まぁええ。呼び出したんは俺やしな。……ちょっと愚痴聞いてくれるか。俺、女心が分からへんねん」
項垂れるような仕草を見せ、深いため息をつく。もぐもぐとドーナツを頬にいれながら立希も返す。
「こないだの彩さんにプロポーズしてフラれたやつですか?あれは六郎さんが悪いですよ。なんですかあの取ってつけたようなやっつけプロポーズ。冗談でも私でも断ります」
「うるさいわ!ちょっとは慰めい!俺かて凹んでるんや!」
「てことは冗談じゃなかったんですか。なら余計に最悪ですね。彩さんのこと結婚したいほど好きだって子供の頃から思ってるなら、そうちゃんと伝えたらいいのに。それこそ、誠一と婚約してるときもちゃんと止めました?」
「……」
「止めてないんですね。ヘタレじゃないですか。そのくせ私と誠一が結婚する、彩さんとは婚約破棄だって言ったら海外からすっ飛んで帰ってきて私に喧嘩ふっかけるとか。何がしたいんですか」
ボコボコにカウンターを決められてK.O寸前。正論炸裂反撃できず。六郎は、幼馴染でもなんでもなければ会ってまだ日も浅い少女に完膚なきまでに口で負かされたことに、憤りよりも絶望を感じた。周りも一体なんだと視線が集まる中、ほとんど涙目で応戦する。
「ああもう。俺かてなんとかせなあかんとは思うてたわ。けど……」
「けど?」
立希は三つ目のドーナツを手に、耳をそば立てる。
「俺は彩に四回フラれてるんや」
「それで自信がなくなったんですね。カフェオレおかわりしてきていいですか?」
「……きみ真面目に聞く気ある?」
カウンターにカフェオレを貰いに行き、また席に戻って六郎に言う。
「自分は彩さんの眼中にないと思って、前に出られなかったんですね。でもおかしいですね。彩さん、あなたに結婚しようかって言われてどうしてあんなに怒ったのかな」
「だからそれがわからへんねん。俺のこと眼中にないくせに、結婚しよっていう冗談にはブチ切れて。……俺のこと、冗談も通じひんくらい嫌いなんかも」
「そうかもしれませんね」
「……そこは嘘でもそんなことないと思いますって言わへん?」
「四回フラれてる、って、一番直近はいつですか」
「……去年の夏、かな……」
「ちなみに、誠一も彩さんのこと好きなのは気づいてました?」
そう言うと、六郎はしばらく硬直した後、
「ええ……?いやでも、過去のことやろ?だってアイツは君と結婚するんやから」
立希はうーん面倒くさい、と思いつつ、
「そうです。誠一が婚約していたのはあくまで前まで、です。もちろん今は私と結婚する予定なので未練はないと思いますけどね、ハイ」
カフェオレを口に含み誤魔化す。
本当は、誠一は今も彩が好きなのだ。見てればわかる。だけど六郎に遠慮して婚約破棄に持っていったからこそこんなに拗れている。本当に面倒くさい。
「で、もし、もしですよ?誠一が、彩さんとあなたをくっ付けたくてわざと身を引いたんだったらどうします?」
突然あり得ないことを聞かれ、ええ〜、と引いた仕草を見せる。そして怒ったように眉間に皺を寄せ、
「そんなことはないとは思うけど、もしそうやったら……腹立つな。男なら遠慮なんてせんと、潔くタイマンで勝負せえって思う」
「あなたはしなかったのに?」
「え?」
「彩さんと誠一が婚約したとき、引き止めず誠一に殴り込みにも行かなかったんでしょ?」
虚を突かれ、六郎はしどろもどろに言い訳する。
「……。嫌、だって、それは、彩も誠一みたいな御曹司と結婚できたら嬉しいやろうし、藤龍院を敵にまわせへんし、だって彩かてまんざらでもなさそうで……」
「ふざけんじゃないわよ!!」
バン!!、と机を叩く音が六郎の背後でし、周りは一斉に声の元に視線を集めた。店中に響く怒声と騒音。六郎も馴染みの声の主が背後にいたことに今ようやく気づき、顔をこわばらせ全身を石のように硬直させた。女はゆっくりとこちらに近づき以前と同じ金剛力士像の表情でドスをきかせる。
「あんた……さっきから大事なところはひた隠しで都合のいいことばっか言いよってから……」
「あ、彩。そんな、いつから……」
「最初からよ!!」バン!、と再度机を叩く。
「私が呼んでおきました」と、立希は悪びれる様子もなく言う。ただし、怖くて彩の方は見ないでおく。
「四回フラれてる、って、全部片手間か罰ゲームのついでのおざなりなものばっかやったやん!!あんなんでOKする女がどこにおんねん!!」
なんとか宥めようとする六郎。しかし怒りは収まらず彩は叫ぶ。
「何が御曹司や何が満更でもなさそうや!人を金でついてく尻軽みたいに言って!アンタほんま最低や!」
「で、でも彩も断らへんかったやん」
「断らへんじゃなくて断られへんかったんや!!家の事情はアンタもよう知っとったやろが!」
あまりの剣幕に店員が様子を伺いに来た。それでも彩は止まらず、
「それに私、アンタに言うたよな!?『結婚したくない。一緒に逃げて欲しい』って。それを断っといて、婚約不履行になった途端余りもん同士結婚しよかやて!?馬鹿にするんもいい加減にせぇこのボンクラがぁ!!」
両目からぼろぼろと涙を溢しながら叫び終え、強く握りしめた両手は震えていた。ひとしきり思いの丈を述べた後、勢いよく金を机に叩きつけて店から出ていってしまった。残された六郎と立希は茫然としながら嵐が去ったことを把握し、そして店員や周りの客に謝り倒したあと、同じように店を出た。




