第五章 母
誠一と共にマンションに戻り、昼食を終えて少し休憩する。お茶を淹れて立希は話しかけた。
「冬司さんって面白い人だね」
「そうか?正直俺は一年に一回会う程度やし、今日だって何年振りかわからへん。父親らしいことされた覚えもないのに馴れ馴れしいし、苦手や」
「誠一も真似したらいいじゃん。順太にやったげなよ」
「ヘェイベイビー!キュートだねぇ〜ってか?じゃかしいわ」
頼んでもないのに身振りもつけてのってくれるのは関西人だからだろうか。いつになく陽気な様子に少々面を食らった。
それにしても生まれてこの方父親がどのように子供と接しているのか見たことがない立希にとって、冬司の存在はとても興味深い。峰子氏が誠一に課した父親業の真髄も、もしかすると彼にあるのかもしれないのだから。
「ずっと海外にいたんだってね。どうしてまた帰ってきたのかな」
「さぁな。昔から突拍子もないことする人なんやと。まさか海外で六郎に会ってたとは思わへんかったけど」
順太が座りながらうとうとと眠たげにしており、立希は抱っこしてやると、揺れながら鼻歌を歌う。落ち着いてくると次第に瞳は閉じられていった。
「なんの歌や?」
「知らない。母がよく歌ってたやつ。順太にとっては数少ない母との思い出だから、これだけは聞かせてやりたいんだ」
「そうか。……お前はもう立派に母親代わりができていると思うけどな」
「……代わりじゃだめなんだよ。私は順太と母を引き離しちゃったから……」
しおらしく俯き視線を落とす。しばらくの沈黙ののち、誠一が口を開く。
「そうせんとお前の母は育児ノイローゼで順太に危害を加えようとしたんやろ?なら仕方がないやんか」
「だからといって引き離して、順太から本当の母親を奪ったことに変わりはないから。……お母さんから順太を奪ったのもね」
誠一は心底面倒くさいといったような顔で切り返す。
「難儀やな」
「そう?」
「ああ。お前は順太の立派な母親や。お前がどう思おうと、一番近くで見てる俺が言うんやからそれが全てや」
そう言われても納得しないのか、眉を下げて微笑むだけ。いつもの太々しい立希と違う自信なさげな姿に、意外だなと誠一は心の中で思った。
「まぁ、自分のことは自信がないもんや。人に言われて初めて認められたと思うくらいが丁度ええ」
「そうかな」
「そうや。大西さんのときも、褒めてもらえて嬉しかったやろ」
誠一は意外と良く見てくれている。上に立つ人間は、部下の動向や心情を把握して認めてやるのも仕事なんだろう。こういうところ、峰子さんにそっくりだ。
「……誠一てさ、お母さんのこと大好きでしょ」
……はぁ!?と目を見開き叫ぶ。立希は順太が起きないよう、そっと布団に寝かせてやる。
「なんで今の話からそうなるんや。俺はマザコンちゃうわ。そもそもあの人は、立派な経営者でとんでもない超人や思うけど、それでもめちゃくちゃ厳しかったし、怖かったし、母親としては……。だから、俺は絶対にあの人に認めさせたるって思って……」
そこで詰まってしまい、特に言葉は続かない。立希は椅子に腰掛け、
「前にさ、順太の指吸いの話したの覚えてる?あのとき辛子とか塗ったらいいって言ってたじゃん」
「それがどないしてん」
「彩さんに言ったら、目に入ったりするから今はそういうの薦めてなくて、専用の薬とか使ったり放置することも多いんだって。でも誠一はちっちゃい頃指吸いしてて、それで峰子さんが苦肉の策で誠一の指に辛子塗ってたらしいよ」
「……はぁ!?なんでそんな話っ、」
顔を真っ赤にさせて動揺して叫ぶ。立希は続ける。
「幼稚園のときにまだ指吸いしてて、辛子が塗られた指吸ってギャン泣きしてたのを彩さんは覚えてて話してくれた」
いひひ、といたずらっぽく歯を見せて笑い、続ける。
「あと、お食い初めの話も。後継者にするために養子に貰った子でも、子供のためのイベントを余すことなくこなしてくれてたなんて本当にいいお母さんじゃん」
「……わかってる。わかってるからこそ、俺はいい息子、いい後継者やないといかんのや」
拗らせてるなぁ。心の中で毒づいた。
誠一は、峰子さんは藤龍院を西園寺家に乗っ取らせるつもり、新館の誠一のプランを潰そうとするのは自分を認めないためだと言っているけれど、それこそ何かのすれ違いとしか思えない。一番話し合いが必要なのは、この二人じゃなかろうか。
「今まで俺がやることなす事全部否定され、満足に付き合う友達すら自分で選べへんかったんや。全部あの人の言われた通りにやってきた。俺はあの人に支配されてきた人生と決別するためにも、次期代表として新館の計画も成功させてみせる」
強い意志を瞳に込め言い放つ。そういえば、彩さんとの婚約も峰子さんが進めた計画だった。私との偽装婚約劇も、峰子さんの独裁に反旗を翻す意思が込められていたのだろう。はた、と思い立ち、
「……もしかして、彩さんとの婚約話も……」
「あ?なんや?」
「ううん、なんでもない。あ、そういえば今日、これからちょっと出るね」
立ち上がり、立希は荷物をまとめ抱っこ紐を手に取ろうとしたところを誠一が止める。
「たまには一人で羽伸ばしたらどうや。順太も寝てるし、俺が見とくわ」
「ええ〜、見れるの?大丈夫?」ありがたい申し出だが不安な声を出すと、
「普段からオムツ替えもしてるし、最近は順太も俺に懐いて、せいちゃん、て呼んで認識してくれてるんやで」
「えっなにそれ初耳。いつの間にそんなに仲良く」
「俺もなかなか父親業が板についてきたってことや。さ、さっさと行って来い」
適当にあしらうような仕草を見せ、部屋から出された。少し不安はあるが、順太は普段託児所でも問題なく過ごしているし大丈夫だろう。
立希はバスに乗って約束した場所であるドーナツ屋へ向かった。
店に入ると、すでに待ち合わせの相手は席に着き携帯をいじって待っている。こちらに気づくと、腕を上げて知らせてくれた。
「おう。待っとったで」
六郎はアイスコーヒーを啜りながら、立希を陽気に迎えた。




