第五章 ピースフルパパ
翌日の昼下がり、持ち場を離れられない一部の従業員以外は冬司の帰還のための緊急召集がかかった。もちろん誠一や峰子、立希もその場に呼ばれ、緊張の面持ちで話し出すのを待つ。立希の隣に、鈴木愛子もおり耳打ちする。
「あの人って、旅館の経営を全部峰子さんに任せて何処かに放浪してたって噂の、誠一のお父さんだよね?うーん、見た目通り軽薄そうな感じ」
愛子はやめなさいと表情で嗜め、
「一応あんなでも峰子様の前の経営責任者だったお方だし、それに由緒正しい藤龍院家の前当主だから」
峰子さんは子供が生まれなかったから誠一を
養子として迎えたと言っていた。この人は誠一の育ての義理の親ではあるけれど、厳格で格式と伝統を重んじる藤龍の家風をとは離れた、真逆の軽薄な雰囲気に面を食らう。それに、先ほどから一度も峰子氏と目も合わさない。長年不在だったことも関係し、夫婦仲はよくないのかもしれない。
「みんな僕のためにわざわざ集まる必要なんてなかったのに」
「……久々に帰還されたというのに挨拶を欠くのは皆さんにとってもよくないですから。おかえりなさい、お父さん」
「やだなぁ誠一。パパって呼んでよ。でもお前の次期当主お披露目会までに間に合ってよかったよ〜!ところで新しいお嫁さんってどの娘?」
「あ、私です。はじめまして」
軽く手を上げ、列から出ていく。冬司は腕に抱かれた順太を見て、
「アメイジング!子供がいる!誠一の子かい!?僕もついにじっじか!」
「先代。その子は……」峰子が口を挟もうとすると、
「なんちゃって。ちゃんと聞いてるよ。ところで誠一」
冬司は峰子に背を向け誠一に向き直ると、
「彩ちゃんと結婚するんじゃなかったのかい。あの娘は気立が良くて姉御肌でとてもいい娘さんだったのに。あっちにいる時、君と彩ちゃんの婚約破棄の話を聞いてビックリしたんだよ。それも原因が、子供がいるシングルマザーとの結婚って。それ聞いて、ムッくん怒って先に帰国しちゃうし、二人の女を泣かせるなんて誠一もやるなぁ」
冬司は一息に話すと、止まらず続ける。
「彩ちゃんに嫌われないか心配だよ。でもまぁ、あの娘は大丈夫かぁ」
「……お父さん、今までどこにいたんですか?」
「ん?インドとかタイとか。インドに滞在してる時、偶然ムッくんに会ったんだよ」
「……六郎のやつ、そんなこと一言も言ってなかったので知りませんでした。二人で何してたか気になりますねぇ」
「普通に観光とかだよ!お土産いる?」
冬司は現地で調達したお菓子や雑貨などを取り出すと、早いもん勝ちだよ〜、と言って皆に見せた。立希は一番に飛びつくと、お菓子を一種類づつ掴んでいく。
「ワオ!がめつくていいお嬢さんだ!気に入ったよ!君、名前は?」
「杭瀬立希です」
「タスキ?」
「タツキです。こっちは順太です。よろしくお願いします」
こちらこそよろしくね!と言ってガッツリと肩を抱かれる。順太の頬を指でつつきながら、
「ああ〜可愛い。誠一もこんな時期があったなぁ。思いだすよ。もう十年も前か」
「二十年です、お父さん」
「そうか」
冬司は椅子にかけると、
「二週間後のお披露目会楽しみだね!そのときに、新館の説明もするんだよね?」
「お父さん。それについてはまだ決定事項でもないですしあまり大きな声では」
「そうなの!?どうして?」
「意見が割れて平行線やからや」
峰子が口添えすると、冬司はようやく峰子をチラッと見てうーん、と考える。
一同は思わず息を呑んだ。誠一の推す、新規顧客獲得のための敷居の低いシンプルスタイルの新館か、峰子の推す常連のための富裕層向け小規模旅館か。今ここで、先代による鶴の一声で泥沼化している計画に一石が投じられ、ついにどちらになるのか決定するのではと期待した。が、
「まっ、いいや。僕経営については全部任せてるし。決まったら教えてね〜」
そう言って背を向けて去っていってしまった。ズル、と気の抜ける音と共に脱力し、皆も動揺ののち解散となった。
ふと峰子の方を見ると、気難しそうに口を結びじっと冬司の背中を睨んでいる。何か思うことがあるのかとも思ったが、何も言えず立希も去った。




