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第四章 三人の思い出

会計を終え、ひたすら店員に謝罪し倒したあと店を出た。黙々と歩き公園に到着すると、全員でベンチに腰を下ろす。


「あーあ。どっかの誰かのせいで今後あの店は出禁や。ほんまかなわんわ」


「……なんやねん俺のせいって言いたいんか」


「ええ加減にしいやアンタら」


誠一と六郎の二人は、彩の一声で一気に大人しくなる。その様子に、立希は思わず吹き出してしまった。


「……えらいすんません、立希さん。六郎が失礼なこと言ってしもて……。六郎。あんたも謝り。何もかも誤解や」


「何が誤解やねん」太々しい態度で立希を睨み上げる。再度後頭部を叩かれ、


「まず、立希さんと誠一は正式に恋をしてお付き合いされた結果、婚約されたんです。だから元々政略結婚だった私とは切れただけです。……それに順太くんは誠一とのお子さんじゃなくて、立希さんの元の旦那さんとの連れ子です」


「……はぁ!?じゃあ、誠一お前、人妻に手出した挙句コブ付きで結婚すんのか!?」


パシン、と再度彩に叩かれる。彩は咳払いしたのち、


「ええと、立希さんが誠一と出会ったのは、立希さんが以前の旦那さんと正式に離婚してからです。それに二人の婚約は、峰子様も認めていらっしゃってます」


正式には女将業と父親業を果たせたら、だけど。と立希は心の中で修正してから、そんなわけでよろしくお願いします、と挨拶した。六郎と呼ばれている男は、あの峰子さんが。意外やな、と呟いたのち、


「一ノ瀬六郎です。……なんや、えらい誤解してもうて……し、失礼なこといっぱい言ってすんませんでした!」


今度は地面に額をつける勢いで土下座し謝る。慌てて、もういいですよ、頭を上げてくださいと手を差し伸べて起こしてやる。改めて向き直ると、六郎に質問する。


「皆さんはお友達なんですか?」


「はい。幼なじみってやつです。……言うても、僕は峰子さんに嫌われてるけど」


もう、そんなこと言わないの、と彩が嗜めるも、


「いやホンマに。昔はそんなことなかってんけどな。誠一と遊ばせて貰えるくらい家族ぐるみで仲良しやってんけど。最近は嫌われてるんがようわかるわ」


立希をじっと見つめた後、


「……アンタ、ようあの鬼婆の元でやっていけてるな。今までどの女もすぐ音ぇあげて逃げて行ったのに」


「大袈裟ですよ。峰子さんはああ見えて優しいと思います」


言い返す立希に、誠一が代わりに六郎に言う。


「京女のいけずが立希に通じてないだけや」


今度は彩が取り繕うように立希に言う。


「もう。誠一までそんなこと言って……立希さん、気にしんといてくださいね」


六郎は立希と仲良さげな彩の姿をまじまじと見つめると、


「……なんで彩もその娘と仲良うできるんや。俺には理解できへん」


不思議そうに呟いた。確かに、側から見ると婚約を破談に持っていった元凶の女と元婚約者の構図なのだから、普通ならこんなに良くしてもらえるはずがない。


「元々乗り気の結婚話やなかったし。今は順太くんとも遊べて私も嬉しいんよ」


「もしかしてこの子はスーパーベイビーなんか?いや、もう立派なキッズか」


六郎は順太を抱き抱えると、肩車の形であやす。順太も声をあげて広い視界を楽しんでいるようだ。その様子に、さっきまでは乱暴で恐い男だと思ったが案外いい人なのかもと思った。六郎はよーし、公園一周だー!と肩車したまま走って行き、残された中、彩が立希に話しかける。


「……立希さん、さっきは恐がらせてごめんなさいね。六郎は普段はあんな風に怒ったりしないんですが……今日は一体どうしたんやろ」


「彩は知らんだけで、六郎は本気出したら恐いで」


誠一がすかさず入ってくる。「まぁ、彩の次にやけどな」


なによー!と怒る彩。さきほどの極妻のような豹変した姿を思い出し、立希も思わず笑ってしまった。


「昔からそうなんや。俺と六郎が喧嘩して、彩が俺らをぶっとばす。それで仲直り」


「そんな暴力してません!立希さん。信じてや」


「はい。でもいいですね。仲良し三人組って感じで」


「高校まではみんなずっと一緒でした。大学で誠一だけ東京に行って、私と六郎は一緒やったんですが、六郎も去年、急にいなくなって……。あ、六郎、今まで一体どこ行っとったん」


六郎は公園の周遊から戻り、順太を肩から下ろすと、


「インドとかネパールとか。どうせ大学の単位は取れてるから卒業できるし、今の内にいろんな場所行って見聞を広めよう思て」


そう言って日焼けした二の腕を見せる。


「俺焼けてなかなか良くなったと思わん?向こうで大道芸とか物直したりして日銭稼いでてん。結構楽しかったで。向こうで意外な人にも会えたし」


そういえば、と立希が思い出したように誠一に言う。


「さっきベビーカーを直してくれたの。六郎さんありがとうございました。手先器用なんですね」


「おう。話すタイミングを見計ってただけやけどお役に立ててよかったわ。あ、さっきは意地悪してもうたけど、ベビーカーには変な細工はしてへんからな。安心してや」


六郎は誠一に向き直ると、


「……せやったら来月の、藤龍の若旦那お披露目式にも、彩とのうて立希さんを婚約者として引き連れるんか」


「そうや。お前も見に来い」


せやけど俺峰子さんに嫌われてるからなぁ、と言ったのち、そうや、と思いついたように叫んだ。


「せっかく揃ったし、あれ掘り返そうや。タイムカプセル。昔三人で誠一の家の庭に埋めたやん」


「ええ?」「ん?」彩と誠一は同時に言った。「そんなんあったっけ?」


「あったやん。俺は覚えてんで。埋めた場所もバッチリ。確か唆されて、三人とも将来結婚したい人の名前書いたんや」


ええ〜、と驚きと困惑の声を上げる。全く覚えていない様子だ。六郎はまた集まって掘り返そうと計画を立て、その日は解散になった。彩と六郎は帰る方角が同じと言うことで共に電車で帰り、誠一と立希と順太は車を呼んでマンションまで帰ることになった。

車に乗り込み、出発すると静かな車内でおもむろに話しかける。


「タイムカプセルなんて、なんだか青春だね」


「……いや、全く覚えてへん。しかも変なこと書いてるとか……なんとかして回収せんと……」


ブツブツと独り言を言っている。確かさっき、中身は『将来結婚したい人』を書いたと言っていた。


「いいじゃん子供の頃のことだし。若気の至りってことで」


「んなわけあるかい。ああ、でもどこに埋めたかも覚えてへん。こうなったら庭中掘り起こして……」


「それって彩さんのこと?昔好きだったから、知られたくなくて困ってるとか」


立希の指摘にピタ、と動きを止める。しばらく動かず、そのままマンション前に着いて降車した。車が走り去るのを見届けると、


「……俺が彩のこと好きやったかて?んなわけあるか。ええか。こんなアホなこと二度と言うな」


そう言って部屋に入り、茶を頼む、と言われる。黙って冷蔵庫から麦茶を出し用意しながら、


「そうだよね。彩さんと結婚するくらいなら生涯独身を貫いた方がマシだって言ってたもんね」


「そうそう」


「あれ?昔じゃなくて今好きだって話してる?」


誠一は口に含んだ茶を噴き出した。濡れた口元を拭いながら、嵌めたんか、と睨んでくる。


「そんなつもりは無かったんだけど……でも、今も昔も彩さんのこと一途に想ってきたならそのまま問題なく結婚しちゃえば良かったのに」


峰子さんがお膳立てした政略結婚ではあったけれど、どうしてわざわざ他人である私を雇ってまで婚約破棄をしたのか。ずっとそれが気になっていたけど、今日会ってなんとなく分かってしまった。


「……六郎さんも、彩さんのこと好きだね。それで貴方は六郎さんに遠慮したんだ」


六郎さんは彩さんを想って初対面の私に相当な悪意をぶつけてきた。あの時に、彩さんを巡る三角関係の図が描けてしまった。


「余計な詮索はせんでええ」


「そうね。ごめんね」


男に依存し捨てられては自棄になっている母親を見てきたからか、立希は人を好きになるという感覚がよくわからない。だからこそ、あまり踏み込むのは野暮というものだろう。話題を変えようと思い、


「そういえば、誠一はお食い初めってしてもらったこと覚えてる?」


「お食い初め?あの赤ちゃんに祝い膳出すやつか?覚えてへんわ。……いや、でもアルバムにそんな写真残ってたかな」


「生後100日って、そんな豪勢なご飯食べられないよね?どうするの?」


「アホ。あれは形だけで箸を口にちょちょん、と付けて、あとは親とか祖父母が美味しく戴くんや。七五三みたいな儀式や」


「へぇ。知らなかった。今度、そのお食い初めに来る常連さんの見学とお手伝いするんだ。確か大西さんって言ってた」


「ほうか。大西さんは代々議員さんしてるお得意様や。失礼がないようにな」


誠一にも言われ、一層興気が引き締まる。いつか順太にも穴埋めでお食い初めをやってあげたい。

順太がまだ慣れない足つきで、一生懸命歩いて立希の胸に飛び込んできた。よしよし、と頭を強く撫でてやった。


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