第四章 金剛力士降臨
カフェで誠一の到着を待つ。ポルトガルの菓子を、伝わった当時の伝統的な調理法のまま作っているというその店では、珍しいケーキやスイーツがたくさん置かれており待っている間に早くも二つ平らげてしまった。三つ目にとりかかろうとしたとき、息を切らして誠一が到着した。
「よっ!誠一」
「六郎!……お前、いつ帰ってきてたんや」
「ついこないだ。何食べる?そこのお嬢さんはとっくに食べ散らかして、今、ケーキ四つめ」
「三つめです」素早く訂正すると、
「どっちでもええわ。ここの会計誠一が持てよ。この娘、お前の新しい婚約者なんやろ」
六郎と呼ばれた男は乱暴にメニューを誠一の方へ投げ、自分はコーヒーを啜っている。誠一もコーヒーを頼むと、六郎に凄みをきかせて問いただす。
「いきなり消えて消息不明。かと思えばふらりと帰ってきて。……お前は一体何がしたいんや」
そう言われた六郎は、ジロリと誠一を睨み返し、
「俺が何処に行こうと関係ないやろ。それよりお前こそどないなっとるねん。彩と婚約してたのに、こんな、何処の馬の骨とも分からん女孕ませた挙げ句結婚するとか。ほんま、このド畜生らが!」
ガン!と、足を鳴らし大きな音を立てると、ただならぬ雰囲気に圧倒され空気が重くのしかかる。周囲の視線も集中し、順太は大きな音にびっくりして泣き出してしまった。
「あぁ〜、恐かったねぇ。大丈夫だよ〜」
立希が明るい声で慰めてやるも、六郎と呼ばれた男は苛立ちを隠さずこちらを睨みつけたまま。立希はふぅ、と溜め息をついた後、
「大人げないなぁ。子供泣かして満足ですか?」
思わず心の声がそのまま出てしまう。男もああ?とヤクザのような威嚇で応戦する。その様子に、ああ、いつぞや教科書で見たあの像にそっくりだな。名前は思い出せないけど。と、どこか冷静に思った。
一触即発の雰囲気の中、誠一が立ち上がって場を収めようとしたそのとき、真鍮の軽やかなドアベルの音と共に扉が開き、長い髪を靡かせ、女が息を切らして入ってきた。彩だ。
「あ、彩さん」
立希の声で男が振り向き、彩と目が合うと、一瞬動きが止まった。すかさず彩は座席へ駆け寄り、
「六郎!!今まで何処ほっつき歩いとったんや!どれだけ人が心配したと……!」
「あーあー、うるさいのが来たわ。お前が呼んだんか、誠一」
「そうや」
悪びれる様子もなく平然と答える。その態度に男は苛つきが最骨頂まで達し、
「お前はほんまに……、どこまで人を馬鹿にするんや!」
そう叫び、テーブルに置かれていた水を思いっきり誠一の顔面にかけた。はずみで水は周囲にも飛び散り、彩は叫んだ。
「何すんねん六郎!!」
「お前も怒れ彩!俺は誠一やったら彩を幸せに出来ると思って送り出したのに、蓋開けたら浮気の末に子供作って婚約破棄やと!?人を馬鹿にするのも大概にせぇ!!それも、こんな妙ちくりんと……!ひ、人が怒っとるのに箸置かんかい!なに食うとるねん!」
男は黙々と隣で我関せずといった様子でケーキを食べている立希に向かって怒鳴った。立希は男にかざして言う。
「箸て。これフォーク」
「どっちでもええんじゃい!!馬鹿にしやがって!」
次の瞬間、店中こだまするような見事な平手打ちの音が響いた。何が起こったのか、誰もが理解できず時間は止まり、周囲は静けさを取り戻す。頬を赤く染め茫然と立ち尽くす男。泣く順太。そして彼らを呼び戻したのは、地響きするような恐ろしい声だった。
「おんしゃあ落ち着かんかいワレェ。誰に物言うとんじゃコラァ……!!」
普段の温和なお嬢様とは180度違う、豹変した姿の彩に、立希はさすがに驚いて今度こそフォークを置いた。そしてその顔を見て思った。"思い出した。金剛力士像だ……"と。




