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推しのダンジョン配信者が妹になった義理の姉妹の話  作者: マグローK


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9/21

第9話 義妹の右腕になりたくて

「……わたしを守るために朔ちゃんにはミスをさせちゃったな」


 ぼんやりとダンジョンの灰色の壁を見つめながら、昨日の失敗を反すうする。

 胸の奥が、じりじりと焼けつくように痛い。


「お義姉ちゃん何か言った?」


「ううん、なんでもないよ」


 首を横に振って平気な顔を作る。

 ――ほんとは、全然平気じゃない。

 だからって、何もしないでいられない。


 わたしが朔ちゃんに「連れて行って」と頼むと、あっさりOKしてくれた。

 今日は朔ちゃんがフリーの日らしい。


「師匠っ、本日はよろしくお願いします!」


「や、やめてよ、お義姉ちゃん。わたしはそんな立派な人間じゃないんだから」


「またまたご謙遜を。昨日だってすごかったじゃん?」


「そ、それは……お義姉ちゃんが見てたから、カッコ悪いとこ見せられないなって……。て、ていうか! ワタシの話はもういいの!」


 慌てる朔ちゃんがかわいくて、思わず笑ってしまう。

 でも同時に、胸の奥で小さな棘が疼いた。


(わたしが足を引っぱったなんて……絶対、言わせない)


 朔ちゃんがいなくても、わたしはわたしで戦える――そう思ってもらいたい。


 腰の剣をそっと撫でる。普通の量産品だけど、わたしの大事な相棒だ。


「それで、お義姉ちゃん。今日はどうしてダンジョンに?」


 Sakuの仮面を脱いだ朔ちゃんが、首をかしげる。


「もちろん、朔ちゃんのことをもっと知るため!」


「わ、ワタシを!? 嬉しいけど、ダンジョンでわかるかな……?」


「わかるよ! だって、朔ちゃんはSakuなんだから!」


 昨日の配信を思い出す。


 配信が始まった瞬間、雰囲気が変わった朔ちゃんを見てプロなんだって思った。

 あの切り替えは、これまで見てきた朔ちゃんから、画面の中で輝くSakuへと変化する瞬間だった。


 あれを見せられたら、わたしはまだまだ知らないことばかりだと思わされた。

 だから、ファンとして、義理の姉としてもっと深く知りたいって思った。


「えっと、そうしたら、授業の演習みたいな形でFランクダンジョンを上層から歩いていこうか」


「了解っ!」


 途端、その場の空気がふっと軽くなった。

 まるで、ダンジョンの外みたいに。


 けれど、肌がピリピリとひりついて、緊張したように手汗がにじんでくる。


「ん? あれ……」


 何かを意識するより先に、動く影の方をわたしは見ていた。

 ここまでモンスターの姿など全く見ていなかったのに、空気が変わってすぐ、通路の角から顔をのぞかせる姿がひとつ。

 ただ、それはよーく見れば、


「小さな、ウサギ……? 迷い込んじゃったのかな」


「さすがお義姉ちゃん、もう気づいたんだ」


「え?」


「なんとなく授業受けてるだけじゃあ、この距離からモンスターには気づけないよ」


 と言っても、距離はもう100メートルはあるんじゃないかな。

 相手によっては攻撃をしかけられていてもおかしくない距離。


「えっ、ってことはじゃあ!」


「うん。あれは一発ウサギ」


 見つけた影はまだわたしに気づいていない。


 わたしは息を殺し、剣を抜いて、そろりそろりと近づいていく。


「ひうっ、んんっ!?」


「しっ、静かに」


 柔らかな指が首すじに触れる。

 同時に、反対の手で口をふさがれた。


 ドクドクと信じられないくらい心臓が速くうるさく鳴って、死ぬんじゃないかと思った。


 胸が痛いくらいの心拍を感じながら振り返ると、朔ちゃんがニヤッといたずらっぽく笑っていた。


「んっんんんんんんんん!」


「ごめん。仕返し」


 企みが成功した子どものように楽しそうに笑う朔ちゃん。


 案外驚かせたことは根に持っていたらしい。


 でもすぐに真面目な顔に戻り、背中をぽんと押してきた。


「本当に危なくなったら、わたしが助けるから。安心して行ってきて」


「でも」


「大丈夫。お義姉ちゃんの足音は、モンスターには聞こえないから」


 一度、恨むように朔ちゃんを見てから、わたしはウサギを見据えた。


 朔ちゃんの言葉を信じて、もちろん、ダメだった時の方を信じて、普通に歩いた。


 10メートル。

 気づかない。


 20メートル。

 気づかない。


 50メートル。

 気づかない。


 70メートル。

 気づかない。


 90メートル。

 ……気づかない。


 そして、背後に立っても、ウサギは鼻をひくひくさせるだけ。わたしの方を振り返らない。


 わたしは剣を振り下ろした。


 小さな断末魔とともに動かなくなるウサギ。


 授業でだってこんなに上手くはいったことがない。

 攻撃を喰らわずに倒すことができるなんて。


「朔ちゃっ……! ん………?」


 声をかけようと振り向いた瞬間――


「あら、Sakuの魔力を感じたから来てみれば――知らない子ね」


 透きとおる声。

 わたしの背筋が凍る。


「え、えええ、エスメラルダさん!?」


 そこに立っていたのは――


 長くしなやかな銀髪が、月光を受けた水面のように揺れる。

 紫紺の瞳は、のぞきこまれたら心の奥まで見透かされそう。

 背はすらりと高く、砂時計みたいなラインを描く肢体。

 漆黒のゴシックロングドレスに、真紅のリボンが映え、服を彩るバラの花びらが、歩くたびふわりと舞う。

 細い指先には黒曜石の指輪。腰には煌めく細身のレイピア。

 ハイヒールが床を鳴らすたび、甘い香水とほのかなオゾンの匂いが混ざって漂う――


 同性のわたしでも、思わず見とれてしまうほど完璧な“お姉さま”。


「私を知っているの? 嬉しいわ」


「……はぅ」


 いや、見とれてしまって吐息しか出ない。


「へぇ、Saku。あなたが配信外でダンジョンにいるなんて珍しいわね。それも、お友だちを連れて――」


 昔からの知り合いみたいに言いながら、エスメラルダさんは微笑んだ。


 その様子に朔ちゃんは苦笑い。

 わたしの鼓動は、先ほどの戦闘よりも激しく跳ねていた。

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