第10話 幻影の使い手
エスメラルダさんは、ひらりと腰のレイピアを抜いた。
銀の刃が月光のようにきらめき、次の瞬間──残っていた一発ウサギは無数の突きで蜂の巣に。
「ここ、モンスターの湧きが早いのよね。落ち着いておしゃべりもできないわ」
眉尻を下げてため息をつくその横顔。
細かな違いはわたしには分からないけれど、朔ちゃんが深くうなずいているから本当にそうなのだろう。
わたしもうんうん、と相づち。
「でしょう?」
エスメラルダさんは楽しげに笑い、レイピアにふっと息を吹きかけた。
──ぱぁんっ。
硬質な金属音とともに、銀の刃を薔薇色の光が包む。
花びらが吹雪のように舞い、柄がぐんと伸びていく。
やがて刃は小さく収縮し、蔓を思わせる装飾をまとった銀杖へと変化した。
「へ、変わった……!」
わたしの声と重なるように、頭上でポーンと澄んだ鐘の音が鳴る。
杖が地面に突き立てられた瞬間、視界に広がっていた石壁は溶けるように消え──
目の前には、青空を背にした草原が広がっていた。
そよ風に揺れる花々、遠くには白い雲が浮かぶだけ。
さっきまでのじめっとしたダンジョンの空気が嘘のように、胸いっぱいに澄んだ空気が入ってくる。
これが、エスメラルダさんの得意技《幻影操技》。
外界と切り離し、侵入者の感覚すらねじ曲げる本物の“結界”だ。
「これでよし、と。どう? ちょっとは楽になったかしら」
「……は、はいっ! とっても!」
あまりの心地よさに返事が遅れたわたしを見て、エスメラルダさんはくすりと笑う。
「おっとと」
見とれていたわたしの肩を、朔ちゃんがぐいと抱き寄せた。
突然の至近距離にどきりと心臓が跳ねる。
その腕が、なぜかいつもよりも、ぎゅっと強い。
エスメラルダさんまで「まぁ」と口元に手を当てている。
「エスメラルダさんには先に言っておきますが、私たちは“ただの友だち”じゃありません。義理の姉妹です。こっちがワタシのお義姉ちゃんです」
「その子が……あなたの姉? 姉なんていなかったはずでしょう? お互い“独り”だったじゃない」
しん、と沈黙が落ちる。
面識があること自体驚きだけど、もしかして仲は良くない……? いや、そんな雰囲気でもない。
「……」
「…………」
「あ、あのっ! 実は、つい最近うちの両親が再婚しまして、それでわたしたち──義姉妹になったんです。ね? だから、わたしが姉ってことで……えへへ」
勢いでまくし立てたあと、自分でもえへへって何だと赤面する。
ただ、そんなわたしを見てか、エスメラルダさんは、ぽん、と手を打った。
「そうだわ。だったらあなた──私の妹にもなりなさい」
「へっ!?」
「3人で義姉妹になれるなんて素敵じゃない? ね、決まり」
反論の隙もなく、わたしたち二人はふわりと腕の中へ包み込まれた。
高級クッションのように柔らかな抱擁と、ほのかな香水の匂い。
朔ちゃんですら抵抗できないほど自然な包容力。
「よしよし。Sakuには地力があるから心配していないけれど──あなたは私が守ってあげるわ」
「お、お姉さまぁ……」
頭を撫でられ、子どもみたいに声が漏れる。
隣で朔ちゃんの肩がピクリと震えた。
「そう。私は姉だものね。──あなた、お名前は?」
「不知火優です」
「優、ね。せっかくだし、お揃いの装備も揃えましょう。姉妹になれた記念として」
「い、いいんですか!?」
装備は命を預けるもの。安物では危険だ。
だから、一般人のわたしはなかなか新調できないのに……。
「ええ。だって2人とも今から私の妹でしょう?」
さらに震える朔ちゃんを見てから、わたしはそっと瞳を閉じて、お姉さまの胸に身を預けた。
隣には義妹の推し、目の前には最大手配信者。
──ハーレムって、最高……!
「でへへ」
オタク冥利に尽きるぜぇ。




