第5話 義妹にイタズラしたい
先生への提出物を出して、わたしは職員室を出た。
朔ちゃんが学校に来てるこんな日に限って雑用を任されるとか、運が悪いにもほどがある。
でもまあ、今日こんな日が来るなんて、ちょっと前のわたしじゃ想像もしなかったわけで――仕方ないか。
朔ちゃんのいる教室へ戻るため、ぼーっと廊下を歩いていると、前方に見慣れた女の子が視界に入ってきた。
――いた。
例の、不安げな義妹ちゃんが、きょろきょろと落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「朔、ちゃん……?」
配信時のSakuからは想像できない、妙にちまっとした挙動不審っぷり。
ダンジョンじゃ胸張って堂々としてるのに、今の朔ちゃんはまるで新居に来たばかりの子猫。背中を丸めて、おそるおそる歩いてる。
いつもなら気配察知バリバリなのに、わたしに気づく様子すらない。
「おー……、いや、まって……」
思わず声をかけそうになって――やめた。
……これはチャンスだ。
スマホをそっと取り出して、スピーカーを押さえてカメラを構える。
セルフサイレンサーでポチッと撮った瞬間、わたしは口元がゆるんでるのに気づいた。
べ、別に、可愛いから写真撮ったんじゃないし! ほら、こういう推しの油断してる瞬間って尊いじゃん?
うん。これはもう、驚かせるしかない。
「……でも、こういうのって、朔ちゃんが悪いと思うの。嗜虐心くすぐる方が悪い。うんうん」
ファンとして、やるしかないよね?
無防備な一面――これはレアすぎる。
Sakuが配信でよくやってる気配隠し、見よう見まねで練習した技を、今こそ発動。
音を立てないよう、そーっと、そーっと。
朔ちゃんの背中が、どんどん近づいてくる。
わたしの心臓までドキドキしてきて、耳の奥で鼓動がうるさい。まるで心臓が耳にあるみたいな感じ。
――そして、ついに。
「わっ!」
抱きついた。
「ひぅっ!」
朔ちゃんがピクンと跳ねて、小動物みたいに震える。ちいさな悲鳴がかわいすぎる。
どくどくと高鳴る鼓動。その体がふわっと熱を帯びてくる。
「ふふっ、びっくりした? びっくりしたよね?」
首を回す動きがぎこちなくて、ギギギ……って音が聞こえそうなくらいカクカクしてる。
涙目になって、今にも泣き出しそうな顔でわたしを見上げて――そのまま、抱きかかえてた体から力が抜けた。
「おっとと」
体と体が触れ合って、ほのかな熱と同じシャンプーの香り。
わたしの胸の中で、朔ちゃんがぽつり。
「お義姉ちゃんかぁ……」
感情がくるくる変わる子だとは思ってたけど、配信で見てたポーカーフェイスはどこいったの?
と、思っていたら。
急に朔ちゃんがキリッと顔を引き締めて、わたしから距離を取った。
「大丈夫?」
「だ、だいじょーぶ。そもそも別にビビってないから。お義姉ちゃん見つけて安心しただけだもん」
「でもさっき――」
「仮にもワタシは探索者! モンスターも出ない学校でビビったりしないから!」
そう言い張るけど、めちゃくちゃ早口だし、さっきの涙目まだ残ってるし。
しかも、じっとり手汗をかいた手で、わたしの手を引いてきた。ひんやりした指先が震えてる。
「教室、行こ」
恥ずかしさが限界だったのか、よく見たら耳まで真っ赤。
――ほんと、かわいいなこの子。
イタズラして正解だったかも。
わたしがちょっと立ち止まったら、朔ちゃんの表情がまたへにゃっとゆるんで、上目遣いになってくる。
「……行こっか」
*
その夜。
ベッドは朔ちゃんに使ってもらって、わたしは床に布団を敷いてゴロゴロ。
慣れない寝床のせいか、なかなか眠れない。
――と。
カサ……カサ……。
衣擦れの音と一緒に、何かが布団に潜り込んできた!?
思わず息を止めて寝返りを打つ。
侵入者を押し返すために手を伸ばすと――
「ひゃあっ!」
小さな悲鳴と、指先にふれる柔らかくて冷たい感触。
月の光が差し込んで、ふたたび見覚えのある女の子の顔が照らされた。
「……朔ちゃん? なにしてるの?」
「あ、あの、その、驚かせようとしたわけじゃなくて……」
口をぱくぱくさせながら、布団の中はどんどんあったかくなっていく。
「……お義姉ちゃん、ひとりじゃさみしいかなって」
目を逸らして、ぽそっとつぶやいた。
――どうやらこの子、思ったよりずっと、さみしがり屋さんみたい。




