第23話 人質
連日配信できるくらいには、体力も戻ってきている。
……いや、戻ったのはどっちかというと、精神力かな。
お義姉ちゃんには、たくさん心配かけちゃったけど――もう大丈夫。たとえまた落ち込んでも、ワタシはひとりじゃない。
支えてくれる人がいる。
そう思えるだけで、戦える気がする。
「ん……?」
カツ、カツ、カツ――人の足音が、静かな通路に響く。
探索者……だと思う。でも、どこか様子が違う。
このダンジョンで聞き慣れた音じゃない。
ワタシは咄嗟に、カメラ外でお義姉ちゃんの腕をとって止めた。
「……警戒しながら進もう」
マイクに乗らない程度のささやき声で言うと、お義姉ちゃんが無言でうなずく。
それを見て、ワタシはゆっくりと忍び足で前に出た。
――姿が見えてきた。
ぼんやりとした明かりの中で揺れる、銀色の髪。
しなやかな身体。
着ているのは……ワタシたちと同じ、黒のゴシックドレス。
――というか、ワタシたちがもらったのと同じ装備。
「エスメラルダさ……」
「……逃げな、さい……」
かすれた、痛々しい声だった。
美しかったはずのその姿は見る影もない。
装備も、肌も、焼け焦げたように黒く煤けていた。
その体が、ふわりと宙を舞った――かと思えば、次の瞬間。
ドンッ!!
凄まじい音を立てて、地面に叩きつけられた。
動かない。……まるで、人形みたいに。
誰かが、彼女を無造作に投げ捨てたんだ。
そう――その「誰か」は、すぐ後ろから姿を現した。
「篝……!」
「どうもどうも~」
「エスメラルダさん!!」
「はいっ、近づかないで」
火球が、ワタシたちのすぐ目の前に着弾した。
お義姉ちゃんは咄嗟に動こうとして、止まる。
火傷ひとつ負ってないのが、逆に怖い。
でも――
エスメラルダさんは、倒れたままだ。
「動いたら、ここの先輩が消し炭になりま~す」
いつでもエスメラルダさんへ火球を放てる状態で笑う篝。
その笑顔は、どこか歪んでいて。
……息すら、抑えながら楽しんでいるように見えた。
戦闘後でハイになっているのか、テンションが今までにないくらい高い。
「いやぁ、国内トップの探索者とか聞いてたから、しっかり準備したけど……正直、拍子抜けね。アタシとしたことが、ちょっと完璧主義すぎた」
「エスメラルダさんが、あんたなんかに遅れを取るわけが……どうして……」
篝の実力は、本物だ。
でもそれは“平均より上”ってだけで、エスメラルダさんと肩を並べられるようなレベルじゃない。
それなのに、どうして――
「これなぁんだ」
篝が、懐から何かを取り出した。
細くて、淡い光を帯びた……糸?
「わかんないか。ま、普通はわかんないよね。髪だよ。そこのお義姉ちゃんの」
――え?
ワタシは、思わずお義姉ちゃんを振り返った。
その顔が、ピクリと強ばっている。
……思い出したんだ。ワタシも。
今日、下校中――篝が近づいてきて、お義姉ちゃんに触れていた。
まさか、あの時……?
「簡単だったよ。『二人とも捕らえてる』って言ったら、あっという間に動揺してくれたね。あのエスメラルダがスキだらけだった」
「なんで……エスメラルダさんを狙ったの。最初からワタシたちに来ればいいじゃない!」
「それはダメ。調子を取り戻した人間と正面からやるのは、骨が折れる。そうだろう?」
「それでも……!」
「だから利用させてもらったのさ。バカでも気づくおそろいの装備ってところをね。無関係なわけないでしょ?」
「……っ!」
「たかがちょっと大きめのドラゴン倒したくらいで――調子に乗ってんじゃないわよ」
篝の声が、低く、冷たくなった。
エスメラルダさんに向けていた火球がすっと消える。
……代わりに。
彼女の背後で、火の玉がぐるりと円を描きながら、異常な速度で回転を始めた。
速すぎて、もはや軌道すら読めない。
その瞳は、さっきよりも濃く赤く染まり――
まるで、炎のように、獲物を焼き尽くす気満々でワタシたちを睨みつけていた。
「――子どものお遊びは、もうおしまい」




