第12話 いじめっ子は変わりたい
何か用があるフリをして、教室を抜け出した。
昼休み。
ゆっくり話せる時間が、今日はやけに重たく感じた。
本当は、ただ――一人になりたかっただけ。
でも、結局行き場もなくて、廊下の端っこでぼーっと立ち尽くしてた。
『甘えられるって、そう思ったんじゃない?』
『甘えられるって、そう思ったんじゃない?』
『甘えられるって、そう思ったんじゃない?』
――うるさい。
逆に一人になったせいで、あのエスメラルダさんの言葉が、何度も頭をよぎる。
胸の奥を、じくじくと刺してくる。
だけど……いま改めて思っても、やっぱりそうなのかもしれない。
ワタシは、お義姉ちゃんの優しさに――甘えてばかりだった。
出会った、そのときから。
「……いや、それ以前からか、ファンでいた時から。きっとエスメラルダさんの言う通りなんだろうな」
人に甘えたいくせに、信用はしていない。
それでも寄りかかりたいなんて――わがままな矛盾ばっかり抱えて、生きてきた気がする。
それなのに。
配信の自分と、普段の自分。そのギャップを見ても、幻滅しないでいてくれる。
「家族だから」ってだけじゃない理由で、向き合ってくれる。
――そんなのお義姉ちゃんだけだって、思ってた。
だから特別視してた。
だから、ひいきしてた。
「……はあ。何もできない無力さって、こういうことかな。エスメラルダさんは、どうして……」
「いたっ! なに? 独り言? えすめらるだって、あんたの同業者だっけ?」
「渡辺さ……っ!」
――聞かれた!
その瞬間、顔が耳まで熱くなって、身体の芯まで火照り出す。
頭が真っ白になって、ワタシは反射的に駆け出していた。
「ちょ、ちょっと!? 待ちなさいよ! いきなり走り出さないでよ、逃げることないでしょっ!」
背中に渡辺さんの声が飛んできたけど、もう何も聞こえなかった。
廊下のざわめきも、教師の呼び止めも全部無視して――ワタシはただ、走る。
誰もいない場所へ。
ワタシのことを、誰も知らない場所へ。
……そんなもの、この檻みたいな学校の中には存在しないって、わかってるのに。
*
何周したかも覚えてない。
気づけば、また同じ場所に戻ってきていた。
もしかしたら。
いや、絶対にいないってわかってるのに。
それでもワタシは――お義姉ちゃんがいてくれる気がして、期待してしまった。
だけど。
そこには、誰もいなかった。
「……はあ」
ため息しか出ない。
甘えれば、お義姉ちゃんはきっと優しくしてくれる。
頼れば、いつだって助けてくれる。
それなのに。
それなのに、ワタシはまた――違う方向に逃げてばかり。
人間が怖くて。
向き合うのが怖くて。
だから、またダンジョンに逃げようとしてる。
「やあっと、追いついた……っ!」
声がして、ワタシは条件反射みたいに振り返った。
来てくれた! ――なんて、犬みたいに飛び跳ねそうになってから気づく。
そこにいたのは、お義姉ちゃんじゃなかった。
渡辺さんだった。
はぁはぁと息を切らして、汗だくになりながら膝に手をついている。
「た、探索者って言うからどんなもんかと思ったけど……案外、たいしたことないのね」
強がってはいるけど、その目は真剣だった。
まっすぐ、こっちを見てる。
「……ワタシに何か用? もしかして、あのときの魔力放出の件?」
「違うわよ! ……その、さっきの言葉、撤回する。ごめんなさい」
ちょっと戸惑うくらい、真面目な顔。
「あなたも、優も……2人とも、ごめん。ちゃんと謝りたいの」
まるで別人みたいなトーンに、こっちの表情が固まる。
それを察してか、渡辺さんは呆れたみたいにため息をついた。
「あんたねぇ……」
「いや、だって意味わかんないし。いきなりどういう風の吹き回し?」
「目が覚めたのよ。あんたのおかげで。……ちょっかいって、気にかけてほしくてやるもんじゃないのね」
――今さら、か。
でも、どこか口ごもりながらも懸命に言葉を絞り出すその様子は、
前に見た「お義姉ちゃんへの横暴さ」とは、どこか違っていた。
「……」
「わ、わかってる。アタシのしてたこと、ちょっかいなんてかわいいもんじゃなかったって。でもね、優しさに甘えてたら、変われないと思って……」
その言葉が、妙に胸に刺さる。
まるで、いまのワタシに向けられたみたいで。
悔しくて、歯を食いしばった。
自分ではまだ目をそらしてるのに。
この子は――もう、ちゃんと戦おうとしてる。
だけど。
この気持ちをぶつけたら、きっとワタシも、あの頃の渡辺さんと同じになってしまう。
「ねえ、どう思う? ……どうすればいいと思う?」
「普通に謝ればいいと思う。それで、お菓子でも持ってけば……お義姉ちゃんは、絶対喜ぶよ」
「そっか。……うん、そうよね。準備して、行ってくる。聞いてくれてありがとう!」
「ん」
「じゃあねっ! ――あなた、優しいのね!」
にっこり笑って、今度は渡辺さんが駆け出していった。
満足そうな顔で。
ワタシの言葉を、ちっとも疑った様子はなくて。
「……ワタシが、優しい?」
ぽつりとこぼれたその言葉は、誰にも届かず、ただ空気の中に溶けていった。




