表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遅刻魔と百人一首  作者: 夢見るカルガモさん
すべては遅刻からはじまった
6/32

6

 ウェブで見つけた性格診断テストでも、友人がしてくれたタロット占いでも、雪菜はある長所を指摘され、その偶然の一致に驚いたものだ。それは気持ちの切り替えの早さである。彼女には心当たりがあった。雪菜は喜怒哀楽で一番強い感情は怒りだと考えている。ところが、その怒りでさえ一晩寝ればどうでもよくなってしまう。母と喧嘩して、もう絶対に口をきいてやんないと息巻いても、翌朝には自分から「おはよう」と元気よくあいさつする。高校生になっても根本は変わらないらしく、居残り掃除をやると決めてからは一度も迷わなかった。週明けの朝には「今日から掃除がんばるぞ!」と前向きになったくらいだ。

 放課後、雪菜が指導室のドアを開けた。山本先生はパソコンから目を離して、くるりと椅子を回した。

「よく来たな。どうするか決めたか?」

「はい。私、指導室の掃除しようと思います。よろしくお願いします」

「そうか」

 先生は腕を組んだままのぞきこむように雪菜を見たが、ふっと表情をほどいて、

「すっきりした顔になったな」

「はい。どっちにするのかずっと考えたんですよ。こんなに頭使ったのは生まれてはじめてかもしれません」

「納得できたならよかった。なぜ遅刻してはいけないのかについても考えてみたか?」

 雪菜は指導室に通うか否かばかりに気をとられていた。山本先生に言われるまですっかり忘れていた。

「いえ、それはまだ答えが出ていないんです。掃除しながら見つけたいと思っていますが、それでは遅いですか?」

「そんなつもりで言ったわけじゃない。自分で感じ、考え、答えを出し、行動にうつすのが大事だからな。期限は決めない。テストじゃないからたっぷり時間を使いなさい。だが、もし答えが見つかったときには聞かせてくれるか?」

「はい。わかりました」

「では十分だけでいいから掃除しなさい。用具はそこのロッカーに入っている」

「どこを掃除したらいいですか?」

「そうだなあ」と山本先生は立ち上がって教室を見回した。やがて廊下側を指差して、

「それじゃあ、今日は高窓をしてもらおうか」と言った。

 雪菜はバケツに水を汲んだ。教室に戻ってパイプ椅子を移動していると、先生は「ちょっと待て」と彼女を制止し、隅にあった木の椅子を手渡した。

「私は職員室に行ってくる。十分ほどで戻る」と言い残して、指導室から出ていった。

 ひとりになった雪菜は教室を見回した。左奥はアイボリーのパーティションで仕切られているので中の様子はわからなかった。右奥のデスクには折りたたまれたノートパソコンと花瓶があり、白いプルメリアが数輪挿してあった。右の壁には、授業で使っているものよりも一回り小さい黒板がかかっていた。黒板の左半分は月間予定表で、「創立記念日」「職員会議」など印字されたようなきれいな字で書かれている。しかし、右半分は端に数枚のプリントが留めてあるだけだ。机以外に私物らしきものは見当たらない。ここは山本先生専用の部屋だろうかと雪菜は思った。

 彼女はさっそく椅子にのぼってサッシを拭いた。二、三拭きくらいで雑巾に汚れの筋がついた。学期末くらいにしか掃除していなさそうである。雑巾が通ると窓が新品のガラスのように透きとおっていく。

 放課後の学校はやはり静かだった。まるで生徒指導室と職員室にしか人がいないようだ。聞こえてくるのは、カラスの声や車の音くらいである。

 最初のうちは

「うちの高校には吹奏楽部はないのかな」や、

「運動部のかけ声くらい聞こえてきそうなものなのに」と自分と会話していたが、気づいたころには無心で掃除をしていた。

 山本先生は十分ほどで戻ってきた。

 後片づけを済ませて声をかけると、先生はこちらを向いて、

「お疲れさま。少し話をしようか」

「はあ。話ですか」

 山本先生は軽くうなずいた。

「丹場には一生付き合っていきたい友達はいるか?」

 急な質問におどろきつつも、

「小学校からずっと一緒の子がいますけど、いかんせん気まぐれな人なので、どうなるかはわかりません」

「これは正解である必要はないからな。丹場なりの意見でいい。卒業したらそれっきりという友達と、卒業後も付き合いがある友達、いったい何が違うと思う?」

「違いですか。そうですね……」

 雪菜は「うーん……」と考えながら山本先生から視線を外した。すぐに頭に浮かんだのは、中学のころ行動をともにした友の顔だった。卒業式の日、「卒業しても私たちの関係は変わらないよ。毎日連絡するからね」と涙ながらに語っていたのに、数回のやり取りを経てあっさり関係が途絶えた心愛みあ。恋人ができて中学時代の記憶を葬ろうとしているらしく、ショッピングモールで会ったとき露骨に無視した和奏わかな。これで彼女たちとの関係が途絶えたとわかっても、雪菜は寂しいとは思わなかった。

「学校という箱庭の中だけの関係か、本当の友達かですよ」

 先生はふくみ笑いして、明るい声で言った。

「おもしろい例えだなあ」

「先生はどう思われるんですか?」

「私か? そうだなあ。やっぱり時間じゃないかなあ」

「はあ。また時間ですか。金曜日も時間の話していましたね」

「時間は物の形を変えるからな」

 雪菜が困り顔をしていると、

「さすがに『因果応報』という言葉は知っているよな?」

「はい。きちんと勉強したら良い点数がとれるけど、勉強しなかったら赤点をとってしまう、みたいな意味ですよね」

「間違いとは言い切れないが、実際にはもっと深い意味がある。では考えてみようか。想像しながら聞いてくれ」

「わかりました」

「放課後丹場が歩いていると、横断歩道を渡ろうとしているおばあちゃんがいた。おばあちゃんは大きな荷物を担いでいて、見るからに重そうだ。丹場は声をかけて代わりに荷物を運んだ。横断歩道を渡り終えて荷物を返したら、おばあちゃんはどんな反応をするだろう?」

「反応ですか……。重いか重くないかにかかわらず荷物を運んだわけですから、お礼を言うと思います」

「そうだな。おばあちゃんは『ご親切にどうも。本当にありがとうね』と言って、深々と頭を下げるかもしれないな。さてお礼を言われた丹場は気分が良くなった。余韻に浸りながら帰宅すると、お母さんが台所で料理をしていた。丹場はめずらしく『何か手伝おうか?』と声をかけた。するとお母さんはどんな反応をするだろうな?」

「そうですね……、母は一瞬ぽかんとすると思いますが、恥ずかしがり屋のところもあるので、うつむきながら『ありがとう……』と言うと思います。あ、でも、私も恥ずかしくなって、しばらく二人で目を合わせずに、シーンとなりながら料理するかもしれません」

「えらい具体的だなあ」と山本先生は小さく笑って、

「丹場はこう思うかもしれない。今日は二つの『ありがとう』を聞いたが、その意味はどうやら異なるらしい。たまたま会ったおばあちゃんに言われたら心が温かくなったが、毎日顔を合わせている家族に言われると、照れくさくて顔も上げられないぞ、と。丹場の小さな親切が『ありがとう』にもいろんな顔があるのではないかと考察する時間に変わった。こんな言い方をすると神秘的に感じるかもしれないな。しかし、何も不思議なことはない。原因があるから結果が生まれた、という原理があるだけなんだ。そして今度はその結果が原因となって、また次へとつながっていく。これを拡張すると次のように言えそうだ。現在の私たちを作っているのは、今までどんな行動をしたか、どんな時間を過ごしたか、その積み重ねらしい、と。どうだ? 順序立てて考えると『因果応報』も新しい見方ができるだろう?」

「はい。思っていた以上に深くておどろきました。過去の行動がめぐりめぐって返ってくる、そのままの形で戻ってくるとは限らないというわけですね」

「どこまで理解しているか自分の言葉で伝えられるのは丹場のいいところだな。私としても安心して会話ができる。さて、話を戻そう。丹場はさっき『箱庭』という表現を使ったよな。私は言い得て妙だと思うんだ。学校という強制的な社会でつながっているときには友人が悩んでいたら迷わず耳を傾けるだろう。しかし、卒業後は自分の意志で取捨選択しなければならない。つまりだ、関係が続くのも終わるのも、因果応報というわけだな」

「先生。それわかります! 私、中学のころ仲良し四人組で行動していたんですけど、今でもつながりあるのはさっき言った一人だけなんですよ。あの……迷ったのですが、ざっくばらんに言ってもいいですか?」

 山本先生は「もちろんだ」と即答してすぐにぱんと手を叩いて、

「そうだ、丹場。ここでの約束事を決めよう。ここでは何を言ってもいいし、何をきいてもいい。プライベートな内容は答えられない場合もあるかもしれないけどな。せっかくここに来たのに、私に気を遣って会話を合わせるだけじゃ、それこそ時間の無駄というものだろう。遠慮しなくていいからな」

「はい、わかりました。先生、私は離れていく人に対してはしがみつくつもりはないんですよね。だって、どうにもならないじゃないですか。そんな無駄な労力使うくらいなら、今つながっている人と交流を深めたり、新しい友達作った方がいいと思ってしまいます」

「無駄か」と先生は失笑して、

「ずいぶんと現実的な考え方をするんだな。人は話してみないとわからないものだなあ。丹場の言ったのも、本質をとらえているかもしれないな。人生に本当に必要な友達はせいぜい二、三人といったところだろうからなあ」

「そんなに少ないんですか?」

「私の場合はそうだったという話だ。丹場には丹場の答えがある」

「私の……答えですか」

「心配そうな顔するんじゃない。すぐにわかるものではないし、時間をかけてゆっくりと考えればいい」と山本先生は言った。

 これまで雪菜は教師と話す際、たいていは一方的に答えを教えられるだけだった。理解に至らなくてもきき直さず、早く話が終わってくれと、求められているであろう返事だけをした。そんな彼女にとって、直接答えを示すのではなく、対話から答えを探していく山本先生の進め方は新鮮なものに見えた。

 そしてこの日以降、雪菜は掃除のあとに山本先生と話をするようになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ