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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第11章:火祭りに出向きましょう

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68話:警告

 フィルクとは、ばらばらに小憩の間を出た。さすがに年頃の男女が、同じ部屋から出てきたら外聞が悪すぎる。おまけにメリヤナは本日話題の人物のひとりである。どこにでも監視の目はあるし、噂の目がある。


 むしろ、フィルクは入ってきた時は気付かれなかっただろうか、と気が気でなかったが、小憩の間の前には次の間があり、さらに次の間は階段の下に位置していたから、目につきにくい場所だった。意外と、周囲は気にしていなかった。

 それでもメリヤナは、フィルクと時間を空けて外に出た。髪や化粧をなんとか見える程度に整えて、社交の場に戻った。


 葡萄酒の匂いに香水が混じり、熱気がむわっとする。すぐに引き返したくなったが、メリヤナは踵に力を込めて、石のうえを歩んだ。

 ルデルの姿を探す。声をかけに来てくれたのに、追い払うような形にしてしまったのを詫びなければいけなかった。それどころか、事情を知られれば密会のような行いだ。少し前に、マイラにたしなめられたことを思い出す。


 ちょっと、いや、かなり、だめだ。


 練習とはいえ、婚約者に隠れて他の男と口づけをしてしまった。だめだ。完全に。言いわけがつかないし、よく考えてみれば意味がわからない。


 ついさきほどのふれあった唇の感触を思い出せば、叫び出してしまいそうになる。


 やわらかくて、甘くて、それからミラルのいい匂い。そうして、あたたかった。どこか酒精のような中毒性があった。無意識に、自分の唇にふれそうになって、手を引っ込める。なんだか惜しんでいるような行動だった。


「ドール公女さま」


 後ろから声がかかった。振り返った先に、ファルナ伯令嬢エオラがいた。

 その後ろに控える姿に、空色の瞳を見開く。


(……シェーラ)


 シェーラ・ビオラ。メリヤナの、かつての侍女。


 なぜあなたが、という言葉を呑み込んだ。

 エオラの後ろにシェーラ。つまり、そういうことだ。今生は、エオラの侍女になった、ということだろう。


 巡り合わせに、不気味な心地がした。エオラとシェーラという組み合わせに、暗澹たるものを覚える。口のなかに煙が巻いて、気管を通って肺に巡っていくようだ。


 シェーラとメリヤナのかつての縁を知るものはいない。今生は、最終選考前に落とした。その時に、一度顔を合わせてはいるが、そういった人間はシェーラだけではない。ドール公位家が落とした侍女をファルナ伯位家が採用している。よくあることだったが、メリヤナは、エオラに恥を掻かせないようはじめて会ったように装った。


「こんばんは、ファルナ公女」


 好意的な笑みを浮かべた。ミモザの色の衣装に映えるように。


 エオラが一瞬息を呑んで、それからすぐに作ったように笑みを浮かべた。


「ご挨拶がなく失礼いたしました。こんばんは、ドール公女さま。この度は、フォゼル辺境伯への叙位、謹んで祝福申し上げます。また長らくのお旅はお疲れなさったかと思います。残り少ない夏ではございますが、どうぞ王都では過ごしやすくお過ごしくだいませ」


「恐れ入りますわ、ファルナ公女。公女にそのような言葉をかけていただけて、今宵も楽しむことができそうです」


 では、とメリヤナは挨拶に止めようとする。マイラの忠言を思い出せば、あまりこのエオラと長く関わらないほうが良かった。


「あの、」


 だが、終わらせようとしたメリヤナに、エオラは食い気味に声をかける。話を続けようとする人間を振り払うのは気が引けた。


「ひとつ、よろしいでしょうか?」


 メリヤナは小首をひねる。そこに、エオラが耳元で囁いた。


「婚約者のいる身で、他の男性と狭い部屋で過ごすなど、醜聞になりますわ。ご自身の行動を慎むべきです。殿下が聞きましたら大変なことに」


「……っ」


 メリヤナは羞恥を覚えて離れた。目の前のエオラを凝視する。

 見られた、のだろうか。出る時にかなり気を払ったつもりなのに、監視でもしていたのだろうか。


『エオラさまに気を付けたほうがいいわ』


 マイラの言葉が彷彿とした。怖気のようなものが走る。


「……ご忠告、感謝を申し上げます。子どもの頃からの友人とは、つい距離感というものを忘れがちなのです」


 メリヤナはつとめて平静を装った。笑みを浮かべる余裕を見せる。


「そうですね。子どもというのは無邪気ですから。ですが、ドール公女さまは常ある人よりも注目を浴びる身。そろそろ成人を自覚なさっても良いかと思います」


「二度にわたるご忠告、ありがとうございます。謹んで参ります」


 エオラもまた余裕を見せた。メリヤナは受け流すように瞼を下げ、それから今度こそ振り払うように歩みを進めた。


 嫌な汗が伝い、鼓動が早くなっていた。だが、後ろ姿をどう見られているかわかったものではない。あくまで悠然と歩を進めるようにした。


 そんななかで、ルデルの元に戻るのは、気が引けた。休んだから戻らねばならないし、気遣ってくれたルデルに礼も言わなければならない。けれど、エオラに言われた言葉が毒のように体中を這っていた。小憩の間を出たあとのどこか浮足立った気持ちは霧散していた。


『ご自身の行動を慎むべきです』


 エオラの言う通りだった。マイラにも少し前に言われた。社交界の噂になる前に。

 もう、いい加減にしなければいけなかった。

 唇をなぞる。


 ——これ以上、戻れなくなる前に。


 あの感触を、思い出してはいけなかった。




 少し距離を空けよう、とメリヤナがフィルクに手紙をしたためると、意外とすんなりとした返事が返ってきた。前に提案した時は、なんだかはぐらかされてしまったが、ルデルに告白されたとなったら、話はちがうらしい。「そうだね。噂になったら大変だからね」と当たり前の返事が返ってきた。


 なんだか肩透かしを喰らった気分になったが、フィルクの行動や心情が読みづらいのは今に始まったことではない。次に会うのは三週間後、火祭りの日に誘われて、東王都で会おうとなった。東王都では毎年この時期に女神フリーダ神を讃える火祭りが開かれるのだ。それを楽しもうという話だった。


 三週間なんて、三ヶ月に比べたらあっという間、という返事を受けて、メリヤナは少し心配になる。


(疲れたって言ってたのに大丈夫なのかしら)


 まあ良いか、とメリヤナは切り替える。

 ここは遠い外国ではない。同じ王都にいるのだ。いつでも会おうとすれば、会える。なんだか寂しい心があったとしても。


 そう思うと、切り替えに役立った。もしかしたら、フィルクもそう思ったのかもしれなかった。


 それからは、昼食会や夜会でフィルクに出くわそうとも、ほどほどの距離を保った。もちろん、挨拶とちょっとした話はする。けれど、話し込んだり、ふたりっきりになったりはしなかった。互いに節度ある距離を保って過ごした。


 それは、メリヤナにとってルデルへの献身から来るものと、祝宴の時のできごとを思い出さないようにするための距離だった。


 フィルクにとっても、これ以上、何かが外れてしまわないようにするための、大事な距離だった。

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