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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第11章:火祭りに出向きましょう

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69話:王妃の提案

 ルノワ宮中伯が更迭(こうてつ)された、という報は王都にいる貴族を激震させた。

 政のみならず社交界でも話題となるほどだった。


 宮中伯は官職を務めるが、他の位家同様に世襲位である。位家の序列からすると、辺境伯より高く、侯より低い位置にあり、宮中では宮公に次ぐ権威を持つ。他の位家が家名に代わって、叙位されるのに対して、宮公と宮中伯は家名そのものが位家である。


 つまり、それだけの権威があり、世襲による古くからの家柄であると言えた。


 その宮中伯が、更迭されたのである。

 王都はその話題で持ちきりとなった。


 一方でメリヤナは、貴族たちが激震するのとは別の意味で衝撃を受けた。



(更迭……?)



 ルノワ宮中伯が。かつての生で、メリヤナ・グレスヴィーを処刑した宮中伯が、更迭。

 耳から入り頭で理解した衝撃は、血管を伝って足元まで届いた。足が、動かなかった。


「メリヤナ、大丈夫?」


 気遣わしげなマイラの声が届いた。

 友人の声に、メリヤナは、はっとする。


「大丈夫。ちょっと驚いちゃって」

「そうよね。まさか宮中伯が更迭される日が来ようとは思わなかったわ」


 メリヤナの驚きが貴族であれば誰しも抱く驚きだろうと思って、マイラは同調する。


 そうね、とメリヤナは内心の同様は隠して、曖昧に肯いた。


 メリヤナとマイラは共に、西王都から城門をくぐり、庭園を進んで後宮に足を向けていた。

 後宮は、本宮の背後に佇んでおり、本宮にも王太子宮にも接している。先々代の御代の頃には、後宮には正妃である王妃のみならず、側妃やその子が多くいたらしいが、先々代が後宮の機能を廃してしまった。だから、今は王妃ルーリエと王女リアーチェしか住んでいなかった。


「ルノワ宮中伯が更迭されたのはなぜなの?」


 数日前のできごとだという。


「わたくしも詳しくは知らないけれど、冤罪を捏造して、罪もない等位貴族や平民を死に追いやったと聞いたわ」


「冤罪を捏造……」


 ぞくっ、と寒気がした。


「それから、あとは(まいない)ね……こうは言ってはあれだけれど、賂なんて今にはじまったことではないというのに」


 マイラは最後は小声で言った。


 宮中伯たちの賄賂は今に至るまでの因習だった。


 古くからの権威ある家柄だったが、その実、それぞれの統括府では賄賂による官吏への登用が横行し、行政府の仕事に支障をきたしていた。先進的だった先々代が官吏登用試験を設けることをしなければ、今はどうなっていたかわからない。その先々代でさえ、手が出せなかったのが権威ある宮中伯たちの横行だったのだ。


「今回、陛下が沙汰をくだしたようだけれど、逆鱗に触れたのは賄賂のほうではなく、冤罪のほうだったらしいわ。〈高貴なる責務〉を持つ位家が、等位貴族や平民を冤罪に追いやった。それも、位家が行った罪をなすりつけて、ね。陛下は気高い方だから、それが許せなかったらしいわ」


 〈高貴なる責務〉は、王族や位家が持つ精神性だ。特権を持つものは下位のものを守り模範となるべきである。不文律であるが、紳士淑女教育のなかで教わる、王族や位家にとって重要な精神性だった。


(……そういうこと、だったのね)


 ずっと疑問だった。なぜ、自分はかつての生で処刑されなければいけなかったのか。

 それこそ冤罪という形にまでして、なぜ処刑されなければいけなかったのか。


 おそらくメリヤナが、位家としての責務を果たしていなかったからだろう。喚いてばかりで、ルデルに近づく等位貴族であるサレーネを見下し、あまつさえならず者をけしかけるような余裕のなさ。醜悪ぶり。位家の恥さらし。

 おそらくそれが、今回のように国王の逆鱗にふれた。執行書に玉璽を捺す要因となった。国王と同じく模範的な王妃もまた同様であろう。


 そういうこと、だったのだ。


「……ちゃんと責務を果たせているのかしら」


 メリヤナがぽつりと呟くと、マイラが安心させるように笑った。


「何を言っているの、メリヤナ。あなたほど、位家としての責務を果たしている人間はいないわよ。フォゼル辺境伯さま、でしょう。自信を持って大丈夫よ」


「そうね……。ありがとう、マイラ」


 辺境伯という響きは重かったが、マイラの心遣いを聞くと、不安は凪いでいった。




 後宮の門をくぐり、大理石でできた階段をのぼる。


 この石は、サルフェルロから持ってこられたと聞いたことを思い出して、サルフェルロの地でのできごとを懐かしく感じた。


「——お姉さまたち!」


 王女リアーチェの部屋に辿り着くと、なめらかな光沢のある髪を棚引かせて、王女が躍り出てきた。メリヤナとマイラ両方を抱きしめるように、間に入る。


「はしたないですよ」


 背後で王妃ルーリエがたしなめる。王妃は上品に長椅子に腰かけていた。


「今日は遊びに来てくださったとお聞きしました。お姉さまたちと何をしようか来るまでずっと考えていたのです。特にメリヤナお姉さまとはあまり会えないのですから、喜んで当然ではございませんか、お母さま」


 母上に似て口が達者だ、と言っていたルデルの言葉を思い出す。母妃に言い返すさまに、メリヤナは微笑ましくなった。


「そうですね。たしかにそうです。ですが、メリヤナに来てもらったのはお前の遊びに付き合わせるためではなく、わたくしから話があったから、ここに足を運んでもらったに過ぎません。また、遊びと言っておりますが、マイラーラを招いたのは学びのためです。事実を曲解しないように」


 口が達者と言われる所以の母妃は、八歳の娘にも容赦がなかった。


「はあい」

 と、唇を尖らせると、リアーチェはメリヤナのほうを見る。


「メリヤナお姉さまも、今度は必ず遊びにいらしてくださいね」

「はい、リアーチェさま。今度はリアーチェさまのために必ず参りますね」


 約束よ、というリアーチェがかわいらしかった。


「では、マイラーラ、あとはお願いするわ」

「承知いたしました、おばさま」


 ルーリエは、柳腰をゆったりと持ち上げる。挙措ひとつひとつが優美だった。

 マイラは、叔母に当たる王妃に礼をすると、リアーチェの手を引いて奥に進んだ。メリヤナとルーリエは代わって王女の私室を出る。


「下で話をしましょう。ルデルアンも呼んであるわ」


 メリヤナはルーリエに従った。


 後宮の入り口は入ってすぐのところが、応接と談話の間につながっている。かつては、そこで王妃や側室たちが権や寵を争っていたという。今は、王族の私的な談話の空間となっていた。

 階を下り、応接の間をくぐれば、そこにはすでにルデルがいた。背後にはエッセンだけでなく補佐官のひとりであるクルスが控えている。


「メリヤナ」


 立ち上がると、ルデルはやって来たメリヤナの左手を掬った。そのまま流れるように唇をつける。


「……っ」


 いつもの挨拶なのに、サルフェルロでのできごとを思い出して、恥ずかしさから顔が火照る。


「あらあら」


 ルーリエがおかしそうに笑うので、メリヤナはきまりが悪くなりながら、一番下座に腰かけた。そんなメリヤナをルデルが愛しそうに見つめるものだから、ルーリエはいよいよ楽しそうに、されど淑やかに笑ってみせた。


「ふたりが良好な関係で、わたくしも安心だわ」


 ルーリエは茶を持ってくるよう侍女たちに命ずると、流れに乗るよう切り出した。


「そんなふたりのこれからについて話しをするために、今日は呼んだのよ」


 メリヤナは、未だにどきどきとする胸を持て余しながら、顔を上げた。


「もともと予定をしていたように、新年の宴とともに婚約式を催しましょう。華やかな場にしたいと考えているわ」


「はい、母上」


 ルデルが力強く首を縦に振った。


「あっという間だったわね。あなたたちが11で婚約を披露して、今度は正式な婚約を結ぶ場よ。そうして婚約式を挙げれば、一年後は結婚式。これから忙しくなるわ」


 ルーリエは運ばれてきた茶を口に運ぶ。うれしそうな様子だった。式を計画することに喜びを覚えているのだろう。


「それで……提案なのだけれど、婚約式の場にはエストヴァンの皇太子ご夫妻をお呼びしようと思うの。どうかしら?」


 イーリスの提案に、メリヤナとルデルは思わず、同時に目を合わせた。さっきまでの空気が消し飛ぶような、予想だにしない提案だった。


「母上、ですが、エストヴァンは……」

「あなたが言うことはわかるわ。この百年ほどはあまり国交を行っていなかったから、いきなり国に呼ぶ、ということに違和感やためらいを覚えるのもわかります」


 フリーダとエストヴァンは百年前の戦争から、交流が絶えてていた。


 エストヴァンが、現在西エストヴァンと呼ばれる地域や、西エストヴァンへの道のりに至るマールス回廊を、フリーダから奪取してからだ。特に、メリヤナもルデルも、サルフェルロへの行きと帰りに通過し、税を払ったマールス回廊は、フリーダにとって口惜しく、王族にはいずれ奪還せねばならない地とされている。


「……はい。ただ、私の個人的な意見を言えば、ユステル皇太子をお呼びできるのはうれしく思います」


 ルデルの言葉に、メリヤナも同意するように肯いた。

 サルフェルロでの交流は、良いものだったと思っている。そこに、祖国同士の軋轢はなかった。互いが太子の身で、年頃も近かったというのもあるだろう。交流することで親近感を覚えただけでなく、〈兄弟の契り〉がその絆を確かなものにしていた。


 何より、メリヤナは、イーリスと再会できるのであれば、うれしい。実直で堅気なイーリスと、それからソルアと過ごした日々は、短くとも楽しい思い出だった。


「そこなのよ。呼ぼうと思っていた理由は。今回の三国協議、ルデルアン、それからメリヤナ、あなたたちふたりの功績はほんとうに大きいと思っているわ。百年ものあいだ、我が国とエストヴァンの間に隔てていたものを取り払った。その功績はとんでもないとわたくしも陛下も思っています」


「ありがとうございます」


 ルデルが少し照れたように言う。


「ですから、それをさらに確かなものにするために、皇太子夫妻をご招待したいと思っているの」


 どうかしら、と聞くルーリエにルデルは賛成を示す。


「そういった理由であれば、異論はございません。王太子という立場であっても、私個人としても歓迎いたします。——メリヤナは?」


「はい、わたくしも隣国の殿下方がお越しになってくださる以上にうれしいことはございません」


 メリヤナも、ルデルに視線を合わせてから、イーリスに同意の気持ちを示した。


「そう。では、そう進めて参りますね」


 イーリスは満足そうに二口目を優雅に啜った。そうして、お茶の香りを味わい、ゆっくりと呑み込んでから、手を振り払う動作をして人払いをする。

 メリヤナは、去っていく侍女やエッセンやクルスに疑問を覚えながら、イーリスに視線を戻した。



「——招待には、〈盟約の証となる報せ(メルディメルグ)〉を使いたいと思います」



 メリヤナは息を呑んだ。時が止まったかのようだった。

 早くなる血管が収縮する音は耳の奥から聞こえる。体全体に一瞬で緊張が走った。


「百年も使われてこなかった遺物だけれど、かつての古い時代の盟約の証となる装置よ。こういう時宜こそ、使われるものだと陛下とは話しているわ」


 良いですね? とイーリスの言葉が残響のように耳の奥に届く。鼓動の音と混じって、メリヤナの体に、拘留塔に入れられた時の冷えた感覚を呼び起こした。

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