第二話 また、上手く笑えなかった
次に会ったときには、アルベルトの好きな音楽について尋ねようと決めていた。
「先日、王立劇場へ行ったのですが、今度上演される演目はご覧になりますか?」
彼からそう尋ねられたのに、ローゼリアの頭に浮かんだのは、彼と一緒に劇場へ行く自分の姿だった。
隣に座るのだろうか。
暗がりで肩が触れたりするのだろうか。
そこまで想像したところで頬が熱くなり、何も答えられなくなった。
「……ご興味がありませんでしたか?」
「い、いいえ」
「では、ご覧になるご予定が?」
「……はい」
「ご家族と?」
「いいえ」
「どなたかと約束を?」
「いいえ」
本当は、あなたと行きたい。
たったそれだけが言えなかった。
アルベルトはしばらく黙ったあと、寂しそうに目を伏せた。
その表情を見て、また失敗したのだと分かった。
次の茶会では、微笑もうとした。
けれど前日から何度も練習したせいで、当日には頬が強張っていた。アルベルトの姿を見た途端、胃まできりきりと痛み始める。
「ローゼリア様、顔色が優れませんね」
「だ、大丈夫です」
「無理をなさらないでください。今日はこれで失礼します」
「でも……」
「ゆっくり休んでください」
アルベルトは気遣わしげに告げ、一時間もしないうちに帰ってしまった。
閉じた扉を見つめながら、ローゼリアは膝の上でドレスを握った。
今日こそ、贈ってくれた花が嬉しかったと伝えたかった。
彼が勧めてくれた本を、夜更かしして最後まで読んだとも話したかった。
次に会える日を心待ちにしていたと、言いたかった。
けれど、何ひとつ伝えられなかった。
「また、上手く笑えなかった……」
震える声が、誰もいなくなったサロンに落ちる。
「私といても、少しも楽しくないわよね……」
会うたびに好きになった。
好きになるほど、嫌われることが怖くなった。
アルベルトの前では美しくありたい。愛らしく笑い、楽しい話をして、彼に相応しい婚約者になりたい。
そう願うほど、身体は石のように固まった。
そして彼は、ローゼリアの顔色が悪くなるたび、決まって早く帰ってしまう。
引き留めたいのに、その一言すら口にできなかった。
決定的なすれ違いが生まれたのは、王宮の夜会だった。
大勢の視線と声に疲れたローゼリアは、熱を逃がすため、ひとりでバルコニーへ出た。
夜風が火照った頬を撫でる。庭園から漂う花の香りを吸い込み、ようやく浅かった呼吸が戻りかけたとき、植え込みの向こうから聞き覚えのある声がした。
アルベルトだった。
友人らしき男性と話している。
「昨日の茶会はどうだった?少しは話せたのか?」
「……いや。昨日も顔色が悪かったから、早めに帰した」
「またか。お前たち、婚約してからまともに会えていないんじゃないか?」
「分かっている」
「それで、どうするんだ?」
長い沈黙のあと、アルベルトが深く息を吐いた。
「どうすればいいのか考えれば考えるほど……本当に、面倒で仕方がない」
頭の奥が冷えた。
指先から力が抜け、手にしていた扇を落としかける。
面倒で仕方がない。
その言葉だけが、何度も胸の中で繰り返された。
やはり、自分は彼の負担になっていたのだ。
会っても満足に話せない。いつも顔を強張らせ、体調を崩し、彼に気を遣わせる。
そんな婚約者を面倒だと思うのは、当然だった。
アルベルトは侯爵家の嫡男で、ローゼリアは公爵家の一人娘。しかも婚約は王命によるものだ。彼が嫌だと口にできるはずがない。
逃げるようにバルコニーを離れた。
名前を呼ばれた気がしたけれど、振り返れなかった。
泣いてはいけない。
ここは王宮で、自分は公爵令嬢なのだから。
唇の内側を噛み、何事もなかった顔で大広間へ戻った。
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