第一話 完璧な人形
王都の社交界で、ローゼリア公爵令嬢は『完璧な人形』と称されていた。
代々続く名門公爵家の一人娘。陽光を弾く金の髪に、白磁の肌、冷たささえ感じさせる端整な美貌。夜会では背筋を伸ばし、誰に対しても静かな眼差しを向ける。
めったに笑わず、余計なことは口にしない。
そう見えているだけだった。
本当のローゼリアは、極度の人見知りだったのだ。
話しかけられれば、胸の奥で心臓が暴れ出す。失礼があってはいけないと意識するほど、喉が締まり、言葉が消える。微笑まなければと頬に力を入れれば、かえって冷たい顔になった。
誰も、彼女が扇の陰で震える指を握り締めているとは知らない。
そんなローゼリアに、ある日、王命による婚約が決まった。
相手はオルティス侯爵家の嫡男、アルベルト。
文武両道で知られ、若くして国政にも携わる俊英だという。社交界では穏やかで礼儀正しく、将来を嘱望されていた。
申し分のない相手だった。
だからこそ、ローゼリアは顔合わせの日が近づくほど眠れなくなった。
「公爵家の娘として、不手際があってはならないわ。私が粗相をすれば、家名に泥を塗ることになるもの……」
何度も挨拶を練習した。
鏡に向かって微笑む練習もした。侍女をアルベルトに見立て、天気や音楽について話す練習もした。
けれど当日、ローゼリアは公爵家のサロンに置かれた長椅子に腰掛けただけで、指先まで冷たくなっていた。
香りのよい紅茶にも手を伸ばせない。
やがて扉が開き、アルベルトが入ってきた。
深い紺色の髪に、静かな青い瞳。すらりと背が高く、隙のない礼装姿でありながら、堅苦しさを感じさせない青年だった。
「初めまして、ローゼリア様。アルベルト・オルティスです」
低く柔らかな声が、耳に心地よく響く。
練習した言葉は、すべて消えた。
立ち上がらなければ。名乗って、今日は来てくれたことへの礼を言うのだ。
分かっているのに、身体が動かない。
目を見開いたまま固まってしまったローゼリアに、アルベルトは眉を寄せた。
もう失望された。
そう覚悟したとき、彼はローゼリアの前に片膝をついた。
「緊張されていますか?」
ローゼリアの膝の上で固く握られていた手を、彼の両手がそっと包む。
大きな手が、冷え切った指先に、彼の体温がゆっくり移ってくる。
「大丈夫ですよ。今日はただ、あなたとお茶を飲みに来ただけです。俺のことは、ひとまず話し相手だと思ってください」
青い瞳が、まっすぐローゼリアを見つめている。
からかいも、苛立ちもなかった。
ローゼリアの胸が、大きく跳ねた。
「……は、い」
ようやく絞り出せたのは、それだけ。
それでもアルベルトは、ほっとしたように笑った。
その瞬間、ローゼリアは恋に落ちた。
一瞬で始まり、もう後戻りのできない恋。
けれど、その恋はローゼリアをますます無口にした。
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