酒宴
声を失った様子の五人に構わず、私は今後の方針を話した。
「この野営地から林道が伸びている。その道を辿って森を出ればアムステル川と合流できるそうだ。そこまで出れば私の家まで案内できる。後、三、四時間は歩くと思うが透、凛、平気そうか」
「「結婚……結婚……血痕?」」
透と雅は未だに混乱し、譫言の様に同じ言葉を繰り返す。
「ハッ! お〜い、透。後、三、四時間歩くってよ。大丈夫か〜?」
一足先に正気を取り戻した陽夏が透の目の前で手を振った。
「お〜い……うわあ!」
「菩提さん! 馴れ初めは! 旦那さんとは、どんな風に出会ったんですか!?」
透が突然、陽夏を跳ね飛ばして私に詰め寄った。
「別に特別面白い話ではないぞ? 私の夫、ハンスと言うんだが、彼が両親から見合いを勧められた際に、私はその会場で働いていた」
「ふんふん、それでそれで?」
いつの間にか香織まで私の話に興味深々で食い付いている。
「私がハンスに食前酒を出した時に、私に一目惚れしたらしくてな、会場から二人で駆け落ちしたんだ」
「「そ、その話詳しく!」」
「話すのは良いが。まずは私の家に着いてからだ。今夜の飯の時間にでも話してやろう」
「ムス姉、絶対約束だよ!」
香織が興奮気味に叫んだ。
「うう、痛たた」
「ヒーちゃん! そんな所で寝てる場合じゃないよ! 早く行こう!」
「結婚? あの菩提が?」
未だに放心している雅の背中を凛と香織が押し、透が陽夏の手を引いて私達は再び林の中を進んで行った。
林を出てアムステル川を見渡すと、私達は川を遡上し、一つの支流に差し当たった所で道を折れる。この地方は海抜も低く、湿地帯も多いが、ドルイドの家はそう言う地域を避けて暮らしやすい場所に建てられていた。
人によって踏み固められた轍をなぞっていくと、やがて煉瓦造りの家が自然の中に現れた。
「わあ、凄い! 大きな家!」
「ああ、幻獣を管理する一族はその土地の領主から莫大な年金を支給されるからな。かと言って贅沢できる訳でもないが、これくらいの家を建てる程度、訳は無い」
「ふう、ようやく着いたのか……」
「ヒ、ヒーちゃん。川が見えるよ。渡ったらまずい奴かな、これ」
「透、よく見ろ。それはホントにただの川だ」
最初は陽夏の手を引いていた透が、いつの間にか陽夏に手を引かれている。
「さて、歩き疲れている所悪いが、晩飯までやらないといけない事が山ほどある。まず香織と陽夏は川から水を汲んで来て、家の前にある樽を一杯にしてくれ。凛と透は家の中を換気して埃を叩いてくれ。雅は私と森に入って狩りに出るぞ」
「ええ〜。陽夏だって透ほどじゃないけど疲れてるのにぃ〜」
「すまんな。水汲みは毎日入れ替わり制にするから、今日のところは頑張ってくれ」
「み、水汲みくらい。ムス姉の恋バナを聞くためなら、やってみせる!」
その場にへたり込む陽夏を尻目にして香織が早速バケツを持って川に降っていた。
「透、凛、今日のところは客間二つと私の部屋を片付けてくれたら良い」
「は、はいぃ」
「はあ、はあ、わ、分かったわ」
私は二人にそれぞれの部屋の位置を教えた後、倉庫から弓と矢筒を取り出した。
「お、おい菩提。お前、狩りなんて出来るのか?」
「うむ、ただ獲物を運んだり血抜きするには人手がいるのでな、着いて来て欲しい」
加えてマチェットとロープを出して雅に持たせ、家の裏手の林に入って行った。
私達が首尾よく鹿を捕らえて家に戻ってくると、空はオレンジ色に染まっていた。逆光で黒く染まった雲が、ゆっくりと流れて行く。
玄関先には息を切らした香織と陽夏が背中合わせに座り込んでいた。
「桑原、國領、大丈夫か?」
「雅、私はこの鹿を捌いてくるから。お前は倉庫からビールを持って来て二人に飲ませてやりなさい」
「ビール? 私達は未成年だぞ!」
「言っておくが、こっちの時代に飲み水なんて都合のいいものは無い。現代から持って来た水は、戦闘前だけに飲む様にしないと、到底足りない。それとも酔っ払いながら幻獣と戦ってみるか?」
言いながら私は鹿を作業場に運び、火を起こして灯りをつけた。二人が汲んでくれていた水で血を洗いながら皮を剥ぎ、各部位を分解していく。
ある程度仕事を終わらせると、食べる分だけ肉を切り分け、余った分を塩漬けにした。
「香織ぃ〜。ヒック、陽夏の酒が飲めないのか〜!」
「ひ、陽夏ちゃん! 苦いって文句言ってたのになんでゴクゴク飲んじゃうの!」
「ぼ、菩提! 陽夏が泥酔した! どうすれば良いんだ!?」
「仕方ない。現代から持って来た水に塩を混ぜて飲ませなさい」
私が作業に没頭している間に玄関先は大騒ぎになっていた。
「ちょっと、さっきから騒がしいわよ」
「わーっ、ヒーちゃん顔真っ赤じゃ無い! 何があったの!?」
「おう、透〜。ヒック、透は陽夏の酒飲んでくれるよな〜?」
「お酒……? って、ヒーちゃんお酒臭っ、あ〜ん、一体何がどうなってるの〜!」
部屋の掃除を終えた透と凛もやって来て、ますます騒がしくなる。
「水分補給の為にビールを飲ませたんだが、随分酔っ払っているらしい」
「菩提さん? キャー、血塗れ!」
「鹿の血だ、いちいち騒ぐな。雅、水は飲ませたか?」
「え、ああ、飲ませはしたが、顔の赤みが全然引かない」
私は報告を受けながら石造りの窯に火を入れ、上面に石を三つ置いて簡単なコンロを造った。
「ひとまずはそれで様子見だな。現代から濾過器を持って来てはいるが、あんまり水を飲み過ぎると量が追いつかない。香織の方は大丈夫か?」
「へ? まあ、はい。ちょっと顔がポカポカしますけど、平気です」
「え! 香織さんも飲んだの!? ちょっと菩提さん! アタクシの香織さんが非行に走ったら責任取ってくれんでしょうね」
「心配せずとも、過去、現代共に非行に走れる程の余暇は無い。君達も今日のところはビールを飲みなさい」
それから私達は切り分けた鹿の肉を焼いて食事を済ませた。
食事の間、私は約束通りハンスとの馴れ初めを話したが、香織も透も酔っ払っていたので明日には忘れてしまうかもしれない。
そんな事を考えていたら私の舌も普段よりよく回った。
「さて、今日のところはそろそろ休むか。客間には二つずつベッドがあるから、香織と凛、陽夏と透で使え。私の部屋には一つしかベッドが無いから悪いが雅は私と一緒に寝てもらう」
「え……!」
「おっと、雅ィ。どうした? 複雑そうな顔して……透、解説!」
「えっとぉ、この顔はぁ、菩提さんと久し振りに密着出来るのが嬉しいのと、でも昔の菩提さんとは変わっちゃってるのが寂しいのと、そんな気持ちを表に出す事自体したく無いという感情が入り混じった顔だねぇ、ヒーちゃん」
「エスパーか! 貴様は!」




