始動
「い、いえ。自己紹介もそうなのだけど、どうしてペンギンが人の言葉を……?」
凛が質問の要点を掬い上げると、雅が口を開いた。
「召喚士が現れた頃、アラクネという幻獣から寵愛の刻印と言う名の呪いを受け、急激に知能の上がった人間がいた。博士は、その人物の脳をペンギンの体に移植する事で生み出された、言わば人工生命体だ」
雅は言いながら縫い目がグルリと一周した三世の額を指さす。
「うへぇ、何だかグロテスクな話だナ。あれ、ペン公の首筋に刺青みたいなのがあるぞ」
三世を観察していた陽夏が声を上げた。
「ふふ、まさにその刺青こそ寵愛の刻印を受けた証である。我輩が与えられた訳でもないのにその脳を移植された途端、刺青が浮かび上がって来たのである」
三世が背を向けてヒレで首筋を示した。ヒビ割れの様な刺青が五百円玉程度の大きさで放射状に刻まれている。
「さ、世間話はこれくらいにしてそろそろ行きましょう。ペランケンも準備をお願いね」
「穿め、このペランケンに指示するとは、なんと傲岸不遜の振る舞い。よし諸君、早く実験室に入ってくれたまえ」
「文句言う割に、従うのナ……」
ドアに大きく六と書かれた部屋に私を含めた払暁の面々が入り、穿と三世はその隣の制御室へ入った。実験室と制御室はガラスで区切られており、無機質な部屋には六つのタイムマシンがピッチリと並んでいる。
まさに、私が使ったタイムマシンと全く同じものだった。
「諸君、このペランケン三世の美声は届いているかね?」
実験室に備え付けられたスピーカーから三世が喋り掛けた。
「あ、ペンちゃんの声だ! お〜い、聞こえてるよ〜」
「無駄だ。香織。三世はマイク越しに喋っている。こちらから話しかけても声は届かない」
「う、は、恥ずかしいぃ」
「和むわぁ〜」
赤面する香織を眺めて凛がうっとりと頬に手を当てた。
「あの、ずっと気になってたんですけど、菩提さん、ペランケン博士の事、三世って呼ぶんですね」
「む? ああ、私は先代達とも面識があるからな、名前で呼ぶとややこしい」
「あ、ホントにちゃんと三世なんだ……ペランケン博士」
透は納得したのか目を丸くして頷いた。
「それでは、諸君。緊急ワードを決めてくれたまえ」
「緊急ワード?」
「タイムマシンは決められた刻限を迎えると自動的に機能を停止し使用者を元いた時代に戻す。とは言え、アクシデントなどで急停止が必要になる場合もある。その場合に緊急ワードを叫べば、叫んだ人物だけ元の時代に戻る事ができる」
香織の質問に経験者である私が答えた。
「であれば、日常生活では絶対に言わない言葉くらいが丁度良い訳だな」
雅が私の説明を補足して、タイムマシンの中に入っていった。
「菩提。緊急ワードと言うのは、このタッチパネルから入力すればいいのか?」
私もタイムマシンの中に入る。すると、内側にタッチパネルと表示用のディスプレイが備え付けられていた。
「ああ、その通りだ。他のメンバーの緊急ワードもここに表示されるから確認しておくように」
「オッケーです。ん〜、アタシが普段言わない言葉か、なやむなぁ〜」
緊急ワード
菩提 結:侃侃諤諤
桑原 香織:コロンビアバーガーベーコントッピング
二階堂 凛:お父様
流森 透:俺
國領 陽夏:助けて
榎本 雅:結
「え、ヒーちゃん。このワードって……」
「何も言うナ。これは陽夏の覚悟の証だ。例え戦いに負けそうになったとしても、命乞いだけは絶対しない。心だけは、絶対負けない」
全員がワードを入力し終え、表示パネルを見たであろう透が心配気な声を上げた。
「いや、そうじゃなくて。絶対言わない言葉を設定したら緊急ワードの意味ないじゃん」
「ふゅえ? ハッ!」
その時タイムマシンのドアが閉じて、高い駆動音が響き始めた。
「よしッ、準備完了である。それでは、時間遡行の旅。行ってみよ〜!」
「ま、待て! ペン公! タンマ! ストーー
「ポチッとな、である」
ーーップ。あれ、ここは?」
「もう、ヒーチャンのバカ……」
陽夏は周囲を見渡し、透が呆れて溜息を吐いた。
「うわぁ、ここが中世……凄いね! 凛ちゃん」
「ええ、確かに凄いわ。緑が」
私はそばに林立するオークの幹に触れた。
「よし、この木にするか。上に登って位置を確かめてくる。少し待っていてくれ」
私は木をよじ登り懐から望遠鏡を取り出した。それを覗くと遠くに人煙が見えた。確認を終えて、報告の為に下に降りる。
「菩提、何か見えたか?」
「うむ、煙が見えた。恐らく炭焼きの野営地があるんだろう。一旦、そこに行って情報収集だな」
「なあ、こう言うのって狙った場所に飛ばすもんじゃナいのか?」
「場所の指定は出来るが、あくまで地方単位だ。具体的にここが何処なのかは現地で確かめる必要がある」
「マジか。野宿なんて事にはならないだろうナ」
陽夏が肩を落としながら呟いた。
「太陽がまだ低かった。日没までにはどうとでもなるだろう」
それから、二時間ほど歩くと透と凛の呼吸が乱れ始めた。しかし、丁度その頃に、目指していた炭焼きの野営地に辿り着くことが出来た。
私は五人に休んでいる様言いつけて炭焼きの職人に話しかけた。二百年の間に習得した言語が通用するか心配だったが、炭焼きの職人達は私にとって日本語の次に馴染みのある言語を喋った。
必要な事を聞き終えると礼がわりに銅貨を渡して、私は五人の元へ戻る。
「はぁ、はぁ、どうでしたか? 菩提さん」
「うむ、朗報だ。この近くにアムステル川と言う川があるんだが、その川の支流沿いに私の家がある。今回はそこに身を寄せよう」
「家? はぁ、はぁ、家なんてどうやって手に入れたのかしら」
「幻獣を管理する一族と言うのがあってな、ドルイドと言うんだが、彼らの家を貰い受けた」
息を切らしている透と凛が何故か主体となって質問を投げて来た。
「貰い受けたって、はぁ、はぁ。一体、どうやったんですか?」
「脅して奪ったとかじゃないだろうナ」
「ふむ? そんなまどろっこしい事する訳がない。普通に結婚して相続したんだ」
「「「「な〜んだ、結婚……けけけけ、結婚!?」」」」
「ぼ、菩提が……結婚……?」




