アタシが召喚士を殺すまで
夜が明け、召喚士と会う時間が迫った。アタシは穿さんの車で旧第八地区に向かう。そこが召喚士の指定してきた場所だった。
車から降りると、召喚士は第八地区の真ん中に立っていた。
「酷いザマだよね。何度も何度も戦場にされて、跡形も無いんだから」
召喚士はアタシ達の姿を見るなり呟いた。
「来ると思ってたよ桑原 香織」
アタシは息を大きく吸い込み肩から力を抜いた。
「どうして降伏に応じたの?」
「もう戦う力を失ったアンタらを見ていたら憐れに思えてきてさ。だからだよ」
「違う。貴方はそんな優しい人じゃ無い。恐れてるんでしょ? アタシや幻獣達を」
召喚士は大きな声で笑った。
「アハハ、どうして僕がアンタなんかを怖がらないといけないのかなあ?」
「二ヶ月前、ペンちゃんを取り戻した時皆んなは貴方を攻撃した。でも、アタシは攻撃出来なかった。なのに、貴方は私にこう言った。“君だって、たった今僕を襲ったじゃないか”って」
召喚士は未だにニヤニヤと余裕の笑みを浮かべている。
「その時は、どうしてそんな勘違いしたのか分からなかった。でも、貴方は召喚士。過去から幻獣を呼び出す事が出来るなら、自分自身を呼び出す事もできる筈」
アタシの指摘に召喚士から笑みが消えた。
「つまり、貴方は攻撃を受けると同時に、過去の自分を召喚してた。そうする事で、あらゆる攻撃を無効化した様に見せかけていた。そう考えれば、あの言葉も辻褄が合う」
「それで、だったら何だって言うのかな?」
「ペンちゃんに進促虫を仕込んだのは貴方なんだよね。でも、アタシ達がバアルに苦戦したのはペンちゃんが作った龍神祭器のせいだった。つまり、この状況は貴方にとっても想定外の筈」
召喚士の表情に険しさが増していく。
「その証拠に、第六、第七地区から逃げ出した幻獣を払暁が全滅させた途端、バフォメットや酒呑童子みたいな大物を召喚して、けしかけた。ホントは焦っていたんじゃない? アタシ達の成長速度に」
「仮にそれが真実だとすれば、その二体だけじゃ無く収容所にいた幻獣達も動員しただろうね」
「嘘。収容所に捕えた人達は貴方にとってはトロフィみたいなモノ。それを簡単に手放すはずが無い。現にそれを手放したくなかったから、降伏に乗ってきたんでしょ?」
「フフフ、まさかアンタに僕の趣味を理解されるとはね」
召喚士は意外そうに笑う。
「けど、今の僕が召喚するだけの力を失っているとして幻獣を近くに連れて来ているとは思わないのかな?」
召喚士は手を掲げて合図を出す素振りを見せた。
「……呼んで無い。ううん、呼べるはず無い。無敵の筈の貴方が只の交渉の場に護衛を連れて行けば、真実がバレかねないから。貴方だって感じていた筈、幻獣から向けられた確かな殺意を」
「別に、そんなの感じた事ないなあ」
「河童の河太郎。この名前に覚えがあるんじゃない?」
「フフフ、なるほど全部お見通しって訳か。いいよ、認めてあげる。それで、アンタはどうするって言うのかな?」
アタシは幻器に軽く触れ変身した。
「貴方を倒す」
すると、召喚士は手を差し出し何かを握り込む様な仕草をした。直後アタシの変身が勝手に解ける。
「フフ、アハハ! 倒すぅ? 無理無理、アンタのおつむじゃ一生掛かっても出来ないって。この僕が何の保険も無しに、表に出てくる訳ないじゃん?」
召喚士はニーベスベルグを耳に付けて変身と唱えた。電気が迸り召喚士の手首にリストバンドが巻き付く。
「形勢逆転。さ、アンタを倒したらゆっくり力を回復させて、放棄した地区を取り戻すとしようか、なッ!!」
召喚士は強化された脚力で生身のアタシに襲いかかった。次々に拳を繰り出す。
「……」
けれど、アタシはその攻撃の悉くを難なく躱した。
「クソッ、同化!」
召喚士の攻撃は更に激しさを増すけど、掠りもしない。アタシは不意に召喚士とすれ違いニーベスベルグを奪い返す。
「大事なモノなの。返してね」
「ど、どうなってるんだ!? これを使って幻獣と渡り合ってたんじゃ」
「幻獣の力に頼りっきりの貴方と、香織と、じゃ勝負にならないわ」
穿さんが軽蔑を込めて言い捨てた。
召喚士は髪を振り乱して穿さんに詰め寄り手を伸ばす。だけど、穿さんは召喚士の攻撃を捌いて、軽々と押し飛ばした。
「あらら、人質にでもするつもりだったのかしら。少し前まで私も化け物どもと戦っていたのよ? 残念だけど、生身の貴方じゃ話にならないわ」
「く、クソッ! こんな筈じゃ」
「もう、気は済んだ?」
「ヒィッ!!」
アタシはニーベスベルグと同化し尻餅をつく召喚士に声を掛けた。
「そ、そうだ! 取引しよう。もし僕を見逃してくれたら力が回復し次第過去からアンタの仲間を召喚してやる。記憶までは戻らないけど、正真正銘、アンタの友達だ」
「香織、聞いちゃダメ!」
穿さんが慌てて叫んだけど、鼓膜はそれを弾き返した。もしも、召喚士の言うことが本当ならもう一度皆んなに会える。
「フフ、友達に会いたいだろう? 僕がその願いを叶えてやるよ。だから、見逃してくれるよね?」
「……アタシは、会いたい。もう一度だけでも良いから凛ちゃん、陽夏ちゃん、透ちゃん、雅さん、ペンちゃん、ムス姉に、会いたい」
視界がぼやける。
「香織……」
瞼の裏に皆んなとの思い出が鮮やかに蘇った。叶うなら、温かくて、幸せで、居心地の良いあの場所に帰りたい。
「そうだろう? なら……」
「だけどね。そんなのはアタシ一人の勝手な気持ちでしかない。アタシは知ってる。皆んながどれだけの恐怖、怒り、欲求を堪えて戦ってきたかを。その積み重ねをアタシの勝手な気持ちで無かった事には出来ない。ううん。しちゃいけないんだ」
頭に響く自分の声とは別に、いつか聞いたムス姉の言葉が反芻する。
「何だって……?」
アタシは召喚士の首を掴み体を持ち上げた。
「ウッ、グゥッ」
「だから、もう迷わない。アタシは、貴方を、殺す」
「や、やめ、」
アタシは召喚士の言葉を聞かずに真上に投げ上げた。あっという間に小さくなった影は頂点に達すると、一転して次第に大きくなっていく。
「い、嫌だ! 死にたくない、死にたくない! 今まで殺した人全部生き返らせるから、」
「轟け——」
召喚士は落下しながらも命乞いした。アタシは耳を貸さずに拳を構える。
「なんで僕がこんな目に! この人殺し! ヒーローが汚いことしやが、」
——皆んな、バイバイ。
「——神鳴ィッ!!」
アタシの拳は吸い込まれる様に召喚士の頬を捉える。
雷鳴が鼠色の曇天に風穴を開け、抜けるような青い空が荒廃した東京都を覗き込んだ。




