勝機
「……ムス、姉?」
「香織、こうして会うのは久しぶりだな」
ムス姉は出会った時からずっと変わらない仏頂面で軽く手を上げた。
「アタシ、ムス姉に言われてやっと分かったの! アタシがホントに大事にしたいのは先生からの言葉じゃ無くて、先生との思い出や凛ちゃん達だって、なのに、なのに、アタシ勝てなかった」
「……」
「ムス姉がアタシを助けてくれたんだよね? どうして、アタシなの?」
アタシが生き残るくらいならムス姉が生き残った方が良かったと思う。
「自分でもどうしてか分からないが、私は君に少し厳しく当たり過ぎた様に思う。バアルに勝てなかったのは私の見立てが甘かったからだ。君達の責任じゃない」
「でも、結局はムス姉がバアルを倒してくれたんですよね?」
「私だけの力じゃない。雅達がバアルの弱点を暴き、ダメージを与えてくれた。その上、能力の相性も良く、ようやく痛み分けだった。到底誇る事が出来る結果ではなかったよ」
ムス姉はゆっくりとアタシに近寄った。
「さあ、反省会はこれくらいにして次の話をしよう。私も君の記憶を共有しているので説明は不要だ」
「あの、アタシ召喚士がただで降伏を受けるとはどうしても思えないんです」
ムス姉は瞼を伏せ考え込んだ。アタシはムス姉のこの顔が好きだった。
「うむ、私も同感だ。あの歩く公害の様な人間が和平など望むべくもない。とは言え事実は事実。逆にこう考えてはどうだろうか? あれ程の外道が降伏を認める状況とは、どんなものか」
アタシは頭を捻った。
罠? いや、そんな事する必要は無いだろうし、嘘をついてアタシ達にさらに絶望を与えようとしてる? うん。これは、すっごくありそう。だけど、何だか違う気がする。だとすれば、
「……確実に勝ちたい、から?」
ムス姉は静かに頷いた。
「そう、バアルとの戦闘が目眩しになって見落としているが、感じるはずだ。行動の節々に召喚士の余裕の無さを」
「はい。ずっと何か違和感があったんです。やっと言葉になりました。確かにアタシ達は追い詰められているけど、それは相手も同じなんじゃ無いかって思ってたんだ」
「次の段階に進もう。召喚士に余裕が無いとして、それは何故か?」
ムス姉の次の質問では簡単に答えを見つけられた。
「召喚士は実際にアタシ達の攻撃で傷一つ付かなかった。だけど、どんな時でも絶対っていう訳じゃ無い。アタシ達の幻器と同じで何か、制約があるんだ」
「うむ。そして今、奴はその無効化に頼る事が出来ない」
「つまり、今なら召喚士に攻撃が通る!」
「その可能性が高い」
ムス姉は更に一歩迫ると、右手をアタシ頭の上に乗せた。
「それらを踏まえて君に最後の指示を伝える」
アタシは無意識にグッと唾を飲み込んだ。
「……生きなさい。戦いたく無いなら逃げても良いし、戦うのなら勝たねばならない。生きて私達で作り上げた強さを後世に引き渡す事。今、それが出来るのは君だけなのだ」
「……! わかりました。あの、またこうして会えますか?」
「……」
ムス姉は黙りこくる。アタシはその沈黙をノーと捉えた。
「それじゃあな、また、現世では無い何処かで会おう」
「ムス姉!!」
踵を返し小さくなっていくムス姉の背中に私は手を伸ばす。必死に走っても一向に追いつく事が出来なかった。
「アタシ、強くなる! もっともっと強くなって、全部、全部守ってみせるから! 絶対に見ててね! ムス姉!!」
ムス姉は振り向かず、手を軽く振ると白い闇の中に姿をくらませた。
次の日、アタシを迎えに来てくれた穿さんの車の中で夢の話を伝えた。
「穿さん。アタシも上層部の人達に会わせてもらえませんか」
「……分かった。丁度、この後報告に行かなくちゃだったから」
短い会話の後、アタシ達は一言も発さずに病院に着いた。
小一時間ほどの検査を終えて問題ない事が分かるとアタシ達はその足で委員の会議室に向かう。
「報告に参りました。それと、話を聞いてほしい者がいます。入室させても?」
「うむ。聞こう」
「桑原、入りなさい」
会議室の扉の奥から穿さんの声がアタシを呼んだ。
「し、失礼します」
アタシは肩を四角ばらせて、ぎこちなく部屋に入った。厳しい顔の大人の人達が一斉にアタシを見つめた。
「それで、話したい事と言うのは?」
「はい。アタシ召喚士が降伏を受け入れたのには理由があると思うんです。それも、かなり切実な理由が」
「述べたまえ」
髭を生やしたおじさんがアタシに手を差し向けた。アタシは夢の中でムス姉と話した事をそのまま話す。
「なるほど。確かに、それが本当だとすればこれは千載一遇の勝機、と言う訳だな」
髭のおじさんは顎に手を添えて唸る。その隣でツルツル頭のおじさんが閉じていた目を薄く開いた。
「桑原 香織。その話をここでして、貴様は一体何を望む?」
「アタシが召喚士との交渉に行きたいんです」
「行って、降伏の交渉をぶち壊す、と?」
ツルツル頭のおじさんは静かに尋ねた。
「確かに勝機を見逃すべきではない。しかし、明確な証拠があると言う訳でもない。もしも、貴様の推論が間違っていれば戦いを終わらせるチャンスを逸する事になる。それでも貴様は交渉の場に出る事を望むか?」
「それは、」
穿さんが声を尖らせ、アタシを庇って立つ。
「穿さん、アタシは大丈夫です」
けど、アタシは穿さんの腕を掴み前に進み出た。
「お願いします。行かせてください」
「ふん! 気持ちだけ、と言う事か。良いだろう、この際だ我々の運命を貴様に委ねよう」
「どういうつもりだ?」
ツルツル頭のおじさんの肩を、髭のおじさんが掴んだ。
「もともと、俺は降伏など不本意だった。交渉が纏まったところで召喚士がそれに従うと言う保証もない。ならば、召喚士の言葉を信頼するのでは無く、我々を守り続けた英雄の言葉を信じ貫くのが筋ではないか?」
「……」
会議室に沈黙が落ちた。
「桑原 香織。貴様に召喚士との接渉を命じる。貴様がどんな結論を下し、どんな結果になろうとも我々は貴様を責めはしない。全ての責任は我々が取る。思うがままに戦うがいい」
ツルツル頭のおじさんがそう言うと、一人また一人とおじさん達は頷いた。最後に髭のおじさんが頷くとアタシ達に下がる様告げた。
「穿さん、一つお願いがあるんですが」
「ん、何?」
「穿さんも交渉に一緒に来てくれませんか?」
穿さんは無表情でアタシの話に耳を傾ける。
「アタシ達が、払暁が作り上げた強さが召喚士を破る所を他の誰かに見ていて欲しいんです」
「ふふ、もちろん良いわよ。その代わり、もしもの時は守ってね」
「はい」




