違和感
「香織!」
目を覚ますと、せんぱ、穿さんが心配そうな顔でアタシを覗き込んでいた。
「目が覚めた?」
「ここは、アタシ、どうして」
アタシは途切れ途切れに喋る内、意識を失う直前の事を思い出した。
そうだ。透ちゃんがバアルにやられてアタシ自分を抑えられなくて……凛ちゃんや雅さんが止めるのも聞かずに。
身じろぎしようとするものの、体が全く動かない。
「体勢を変えたいの? 麻酔が効いてるから動けないでしょ? 手伝ってあげる」
穿さんがアタシの体を傾けて体勢を変えてくれた。
「アタシ、アタシ。ムス姉の血で……?」
「あの時、意識があったの?」
「分かりません。ただ、何となくそう感じたんです」
アタシは淡々と喋っていたけど、不意にこめかみの辺りに生暖かい感触を覚えた。
「香織……!」
「皆んな、皆んな。死んじゃったんですよね?」
フワフワと浮かんでいる様に感じるくらい、体の感覚はない。けど、穿さんの表情を見てアタシは自分の状態を察せれた。
アタシが煮えたぎる鉄の様な、涙の感覚をハッキリと認識出来るようになったのは、それから半日経ってからの事だった。
麻酔が完全に抜けて幻器と同化するとバアルに斬り落とされたアタシの四肢は、嘘の様に元通りになった。
アタシはベッドから足を下ろし、力が入るか確かめて、ゆっくりと立ち上がる。
「穿さん。皆んなに会わせてください」
アタシが出し抜けに切り出すと、穿さんは屈託顔で俯いた。
「ある程度見掛けを整えたとは言え、完璧にって訳じゃないの。辛いわよ」
「構いません。一目だけでも見たいんです。写真じゃない、ホントの皆んなを」
穿さんに案内されて病院の地下、研究室の脇にそれた所にアタシは通される。
「手前からペランケン、陽夏、透、凛、雅、結よ」
皆んなの体は黒いビニールの袋に納められてた。アタシは一つずつチャックを下ろして中を見る。ペンちゃんには目やクチバシが無かったし、透ちゃんやムス姉の顔にも大きな縫い目が残ってた。
「凛ちゃん……」
アタシは凛ちゃんの顔に手を添えた。凛ちゃんの頬はアタシの手から熱を奪う。思わず驚いてしまう程に。
「あの、これから召喚士との戦いはどうなるんですか?」
「香織が寝ている間に、私達は降伏を申し出たわ」
「降伏……?」
「分かって頂戴、香織。結と約束したの。私達はどんな事をしても、払暁の戦いを無駄にしない」
アタシは何か反論しようとして、言葉が出なかった。穿さん達の決定に不満があった訳じゃない。ただ、どこかもどかしい。そんな漠然とした違和感があった。
「……それで、召喚士は応じるって言ったんですか?」
「いいえ、それはまだよ。ただ交渉の席を取り付ける事は出来たわ。彼自身が出るそうよ」
違和感は確かに強くなった。けれど、それを言葉に出来ない。アタシは諦めて凛ちゃんを包む袋のチャックを閉じた。
「穿さん、ありがとうございました。アタシ、寮の自分の部屋に戻ってもいいですか?」
「それは……いや、やっぱり良いよ。ただ、明日また病院で検査があるから忘れないでね」
その後、穿さんの運転で寮に戻るとアタシは一直線に自分の部屋に戻った。
アタシは机の上のノートを手に取りベッドに横たわった。ノートを開くと、凛ちゃんについてムス姉が書いた事がびっしりと並んでいる。
“凛は香織が好きな様だ。しかし、どこか歪に見える”
“中世から帰ってきてその理由が大体分かった。凛は自信を喪失し、香織に依存しているらしい”
“今日は訓練後、ラーメン屋でそれぞれに話を聞いてみた。やはり、凛は皆んなをよく見ている。私が抜けた後は彼女がリーダーに適任だろう”
“酒呑童子との戦いから戻ってきた。凛はまだ自信を取り戻せてはいない。他の面々もまだ気持ちに折り合いをつけられない様だ。余り気は進まないが荒療治を施すことにする”
そんな文言以外にも、訓練の時の記録や体温など凛ちゃんに関する、ありとあらゆる情報が詰まっている。
一通り目を通した後、アタシはそのノートを胸に抱いたまま目を瞑った。すると、凛ちゃんと出会ってから今までの思い出が次々に蘇る。泣きたくもないのに涙が溢れて止まらなかった。
ふと、気付くとアタシは真っ白な空間にいた。バフォメットに悪夢を見せられた時とは真逆の景色だった。
「ここは、何処……?」
アタシは涙を拭って周囲を見回す。
「夢の中、だよね」
目が覚めるのをずっと待つのも気分じゃ無かったからアタシは当てもなく辺りを歩いた。しばらく歩くと白い景色の中に黒い点が見える。それに向かっていくと点は段々大きくなり人影だと分かった。
「……ムス、姉?」
「香織、こうして会うのは久しぶりだな」




