地獄の猟犬
「ヒーちゃん!」
透が陽夏を押し飛ばす。剣は見かけ通りの軌道をなぞった。
「大好きだよ、ヒーちゃん」
そして、切断された透の頭の上半分が滑り落ち、それを追って体が倒れる。
「と、透……?」
陽夏はペタリとその場に座り込む。
「ッ、駆けろ! 雷鳥!」
「桑原、よせ!」
「香織さん、駄目!」
続けて、陽夏に向かって剣を振り下ろそうとするバアルに香織が踊りかかった。しかし、バアルは防御すらせずに顔で攻撃を受け止める。少女の拳を雷が追うものの、魔人には傷一つついていなかった。
しなやかな左腕を伸ばして、香織の首を握りつぶす。
「あ、あぐ、うぅ」
強く首を絞められて、香織はやぶれかぶれに反撃を試みるがバアルの体が砂埃で汚れるのみだった。
バアルはおもむろに香織を手放すと、地面に落ちるまでの間に四肢を切断し、体を蹴り飛ばす。
「ゴパッ」
香織は口から血を吹き出し、地面と水平に吹き飛んだ。
「香織さん!」
少女の体が積み上げられた瓦礫に激突する寸前、凛が割り込み受け止める。
「香織さん! 香織さん! しっかりして! 香織さん!」
バアルは再度、陽夏を標的にする。しかし、褐色の少女は座り込んだまま動こうとしない。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ウグッ、ハァッ」
陽夏は息が乱れ、左手を右手で包み込む。
「國領!」
バアルの剣を雅が受け止めた。
「クッ、限界解除!」
雅がそう叫ぶと、バアルのようなアナウンスは流れず負っていた傷が瞬時に治った。
左眼が赤く染まり、縦にヒビが走る。額からはツノが生え爪と牙が鋭く磨がれた。
「感覚遮断、身体強化、権能充填」
続け様に雅は下位スキル、上位スキルと解放された新たなスキルを使う。
雅達の体から疲労と痛みが消え、足元から植物が芽吹くとあっという間に大木に育った。
梢には小さな蕾が並んでいる。
その蕾が花開くと、上位スキルの使用回数が回復する。
「國領、気をしっかり持て! 幻器に呑まれるな!」
雅は背後の陽夏に声を掛けながら双戟旗を薙ぎ払い、バアルを吹き飛ばした。
痛みは全く感じないものの、ブチブチと繊維の千切れる音が耳を掠める。
ただでさえ最終同化は同化から更に身体能力を強化する。それを十倍にすれば、体への負担は計り知れない。
「國領! 私を見ろ! 國領!!」
雅は踵を返して陽夏の顔を持ち上げ、視線を絡めた。
「みや、び……」
「そうだ。今は何も考えずに私を見ろ」
[ピー、FPが基準値を超過しています。直ちに変身を解除して下さい。直ちに変身を解除して下さい]
「みやび……ごめん……」
陽夏が謝ると同時に、少女の体を炎の渦が包み込む。
「ヒャッハー、久しぶりのシャバの空気だぜ〜!」
炎の中から現れたのは肩から首を二つ生やした異形。腕は二本から四本に増え、それぞれの右手が反対側の顔の両目を覆っている。
「國領……ぐっ、」
尚も雅が陽夏の肩に触れようと手を伸ばしたが、背後からバアルが襲いかかった。双戟旗を回して攻撃を弾くが、バアルは続け様に雅に組み付き、陽夏から遠ざけさせる。
「クソ、近付けない。二階堂! 國領が暴走した。バアルは私が引き受ける。國領を助けてやってくれ!」
「そ、そんな! こんな状態の香織さんを放っては置けないわ!」
「ここで出来る治療なんてたかが知れてる! 早く戦いを終わらせて治療を受けさせるしかない! ハァッ!」
雅は言い終えると瞬時にバアルの背後を取り、双戟旗で打ち上げる。
バアルの動きは人間離れした速度だったが、同じ領域に立つ事で、雅の目でも追うことが出来た。
「ヒャハハ、なんか面白い事になってるなぁっ! ん、んん〜? アイツは榎本 雅か。よし決めた。シャバに出て最初の殺しはヤツだ! その次は榎本 穿、菩提 結だ」
「飛閃! させないわ。貴女の体でそんな事、絶対にさせない」
カマイタチで牽制し、凛が暴走した陽夏の注意を引く。
「凛! そいつは恐らく私達が昔、倒して破封烈印の素材にした幻獣。ヘルハウンドだ。口から火を吹く、気を付けろ!」
「分かったわ。國領さん、聞こえてる? お願い、返事して」
「ヒャハハ、陽夏ならもう無理だよ。戻れねえとこまで沈んじまった、上がってこれねえよ!」
ヘルハウンドが言葉と共に火を吹いた。凛は余裕を持って躱す。炙られた瓦礫が瞬く間に赤熱し、白い蒸気を上げた。
「貴方には話してないわ。國領さん、聞いて! バアルに勝つ為に貴女の力が必要なの! お願い、目を覚まして!」
「だからぁ、無駄だって言ってんだろ!?」
凛は身軽に攻撃を避けながら語りかける。それをヘルハウンドの獄炎が追いかけた。
「流森さんは、國領さんに生きて欲しいから庇ったのよ。当の貴女が、自棄になってどうするの!」
「……違う」
「陽夏!?」
主にヘルハウンドが喋っていたのとは反対の口が、微かに動いた。
「違うって何が?」
「透が陽夏を助けたのは、アイツが陽夏より後に死にたくなかっただけだ。陽夏は透とずっと一緒にいるって約束したんだ、もう放っておいてくれ」
「だったら、せめてヘルハウンドを黙らせて、物陰に隠れてなさい! バアル以外の幻獣を相手する余裕なんて無いの!」
ヘルハウンドは口を挟まずに攻撃に集中する。その口元は絶対の自信を湛えていた。
「何だと……?」
「駄目駄目、陽夏の怒りを煽れば煽るほど俺と密接に同調して解けなくなる」
「流森さんの仇を討つ意気地すら無くしたんなら、隅に隠れて震えてろって言ってんのよ」
陽夏は肩を震わせながらゆっくりと左腕を上げる。そして自分の目を覆う右手を掴み無理矢理引き剥がした。
「な! どうして動ける? この体の主導権は俺が……」
「陽夏はそんな腰抜けじゃ無い! 透の恨みは陽夏が晴らす!」
「待て、よせ、やめろ! もうあんな狭いところに戻りたくねぇーッ!」
ヘルハウンドを炎の渦が包み、それが消えると陽夏は元の姿に戻っていた。
陽夏は凛に詰め寄ると胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「陽夏を焚き付けたのはお前だぞ、凛。言ったからには地獄の果てまで付き合えよ!」
「……それでこそ國領さんよ。自分の為にしか怒れないヘルハウンドと、人の為に怒れる貴女に交わる余地なんてあるはずが無いもの」
陽夏は凛の言葉に鼻から息を吐き、そばで倒れた透の死体を一瞥する。
「泣くのは後だ。今は戦う」
「ええ、そうね」
「「制限解除!」」




