魔人バアル
そうしている間に、それ、は腰まで這い出て、右足を引き抜く。
そして、左足を振り回し、まとわりつくペランケンの死骸を脱ぎ捨てる。
「ペンちゃん! ペンちゃん!」
傍に捨てられたペランケンを地面に付く前に拾い上げ、腕の中に抱いて呼びかける。
「お願い、目を覚ましてよ! こんなの、こんなのって無いよ!」
ズタズタに引き裂かれたペランケンの体を抱いたまま香織は泣き濡れた。
「ふーっ、ふーっ、よくも、よくもペンちゃんを……! ハァッ、駆けろ、雷鳥!!」
香織はペランケンの死骸を寝かせ、ニーベスベルグと同化し進促虫の頬に拳をねじ込む。雷が後を追い、中背の体を吹き飛ばした。
「あの姿、まさか……?」
「何か気付いたのか透?」
「うん、ヒーちゃん。進促虫は寄生した相手が最も強いと思う存在を模倣するって菩提さんが言ってたよね……つまり、あれは多分、魔人バアル」
吹き飛ばされた先で進促虫がムクリと身を起こす。僅かに体が焦げてはいるが、ダメージは薄い。
「魔人バアル。我々が訓練に使用したゲームのキャラか」
「はい。バアルは他のプレイアブルキャラと比べて群を抜いた基礎ステータスと耐性を持っているんです。斬撃も、刺突も、殴打も、爆発も、雷も」
「つまりは、酒呑童子の上位互換と言うことね」
進促虫——バアル——は、不敵に香織を流し見ると首を回した。
「このっ!」
「待って香織さん! 落ち着いて!」
追撃に掛かろうとした香織を凛が羽交締めにした。
「離してッ、アイツが! アイツがペンちゃんを……!」
「分かってる。けど、平静を失って勝てる相手じゃ無いわ。國領さんがどんな気持ちで酒呑童子と戦ったと思うの?」
「……ッ」
「香織。お前の気持ちは陽夏にはよく分かる。でも、陽夏達は一人じゃ何も出来ない。だから陽夏達は払暁なんだ」
香織は動きを止め、凛に体を預けた。
「ごめん。凛ちゃん、陽夏ちゃん。アタシ……」
「謝らなくていい。分かってるから、それに……」
「それに、ペン公を殺されて頭にキテるのはお前だけじゃナい」
陽夏は凛の言葉を引き継ぐとバアルを睨みつけた。
五人の視線が一斉にバアルに注がれる。しかし、濃密な殺意に晒されてもなお、バアルは余裕気に手首をヒラヒラと振る。そして、不意に呟く。
「へ、んし、ん」
体が光に包まれ、戦闘装束が身を包みその右手に直刀を具現化した。
「あれは、まさか、」
「龍神祭器……」
五人と同様にバアルが耳に付けた装身具は魔性の輝きを放っている。
「気を付けろ、あれは八岐大蛇の……」
雅が素早く警告を飛ばしたが、それを追い抜いてバアルは透に肉薄した。
バアルは勢いのままに剣を振りかざすが、透は銃撃で剣の腹を撃ち抜き、体を躱した——、
「良いぞ透! すぐ助けに、」
——筈だった。
攻撃をいなし、一同が刹那の瞬きの後、視界に光を取り戻すと、そこには腕を斬られた透と、残心の姿勢で動きを止めたバアルがあった。
「何が、起こったの?」
香織が呆然と呟く、透は苦悶に表情を歪めながら四人の元に飛びすさり倒れ込んだ。
「流森さん、早く同化して片腕じゃ戦えないわ」
幸い、酒呑童子との戦いで同化を残していた透はその修復作用によって右腕を取り戻した。
「はぁ、はぁ、」
「大丈夫か、透?」
「う、うん、ヒーちゃん。二階堂さん。もう一度私がバアルに仕掛けます。観察をお願い出来ますか?」
透は取り戻したばかりの右手を開いたり結んだりして感覚を確かめる。
「無茶だ、透。奴の攻撃がどう言う感じか分かってないんだぞ!」
「恐らく、龍神祭器の下位スキル。確かに内容は分からないけど、私の未来予測なら凌げる。無傷でバアルの攻撃を見るなら私が適任。そうですよね? 二階堂さん」
「……流森さん、お願い」
陽夏は止めようと透の肩に手を置いた。しかし、透はキッパリと陽夏を見返す。
「透。お前は自分の命に一番価値がないって言ったナ? けど、それは違う。お前にも罪を償うって言う未来が待ってる。だから、死ぬなよ」
透は頷きを返し、バアルに向かって行った。
バアルは戦いを楽しむ様に剣を振り回す。銃撃で攻撃を弾くが、懸命な防御はまるで無かったかのように剣戟が透を襲った。
三度の攻防で一気に未来予測を使い切り、透はバアルから距離を取った。
「恐らく並列して攻撃を繰り出しているのかしら、そして、最も効果の大きかったパターンを現実に確定させる」
「はい。予測した攻撃は確実に防いだのに気付くと別の角度から斬られている。そうとしか思えません」
透は腕から血を滴らせて苦い顔をした。
「なるほどな。しかし、そう言うことなら点ではなく面で防御すれば良い。全ての攻撃を防ぎきれば、戦える」
「ええ、そうね。前衛は榎本さんに、國領さんはバアルと榎本さんの間合いに瓦礫を投げて。私達は隙を見て攻撃するわ!」
五人は示し合わせる事なくそれぞれの立ち位置に向かいバアルと相対する。
「ハァッ!」
雅は旗を回し円を描く事でバアルの攻撃を全て蹴散らす。続いて攻撃に転じ、晒した隙は陽夏がフォローした。
「飛閃!」
「駆けろ、雷鳥!」
凛と透は中距離から、香織はヒットアンドアウェイで着実にダメージを与えていく。中々大きなダメージは与えられなかったが、腕や首に攻撃を集中させる事で、ついにバアルの右腕を斬り落とす。
「タァッ!」
「駆けろ、雷鳥!」
雅が左腕を貫き攻撃を封じ、香織の拳がバアルの胸に叩きつけられた。
続いて雅は旗を振り回し、バアルを空中に弾き飛ばす。そして、落ちて来たところを改めて香織の拳が捉えた。
「轟け! 神鳴!」
雷撃がバアルの姿を掻き消す。轟音と共に現れた姿はボロ布のようにみすぼらしいものだった。
「皆んな! 追撃の手を緩めないで、同化される前に殺しきるのよ!」
凛は強く叫び、自らも瞬時に八度の斬撃を飛ばした。銃撃や爆発もバアルに殺到する。
砂煙が晴れる前に香織と雅が肉薄し、旗と拳を突き出した。
「ど、うか」
けれどもバアルは集中攻撃を耐え抜き、形態を一段進めた。
「り、りみっ、と、おふ」
[ピー、FPが基準値を超過しています。現在この機能はロックされています。現在この機能はロックされています]
更に、最終同化まで使おうとするが、幸いな事にロック機能がそれを防ぐ。
「ペンちゃん、アタシ達の為に、あの機能を」
「同化しようがやる事は変わらない。絶対にペン公の仇を取るんだ!」
同化したバアルの背後に円形の銅鏡が浮いている。その鏡には八つの宝玉が嵌め込まれており、様々な色の輝きを放っていた。
五人が武器を構え攻撃を仕掛けようとしたその時、バアルの姿が瞬時に消えた。
高速で陽夏の背後に移動し、直刀を振り翳す。
「ヒーちゃん!」
透が陽夏を押し飛ばす。剣は見かけ通りの軌道をなぞった。
「大好きだよ、ヒーちゃん」
そして、切断された透の頭の上半分が滑り落ち、それを追って体が倒れる。
「と、透……?」




