契機
私達は二度目の敗北を経て再び現代で訓練に励んだ。
アスレチック走は私と凛が誤差0.五秒まで、透と陽夏も誤差一秒まで縮まった。八岐大蛇、酒呑童子との戦いで大なり小なり訓練の効果を実感したらしい。
特に陽夏の熱の入れようは感心を通り越して心配を抱くほどだった。模擬戦の訓練でも楽しむ余裕のあった以前とは違い鬼気迫る表情で臨んでいる。
酒呑童子を倒せなかった事を気にしているのは明白だが、こればかりは話して解決する様な問題でも無い。
「よし、今日の所はここまでにしよう」
その日はアスレチック走を行っていたが、オレンジ色に染まり始めた空を見て号令を掛けた。
「おい、國領。今日はここまでだ。体を休めるのも修行のうちだぞ」
「分かってる。陽夏は十分休んでるぞ」
私の号令を聞かずに、コースの入り口に向かう陽夏を雅が止める。
「ヒーちゃん、私、私ね……」
雅の制止も聞こうとしない陽夏に透が声を掛けた。
「このままじゃ、弱いままじゃ陽夏は誰も守れない。もう誰も失いたくないんだよ」
「陽夏。その心配は無用だ。私の命に変えても誰かを死なせたりはしな……」
「陽夏はムス姉にも死んで欲しくないんだ! 死んでも守るとか、そういうのはもうウンザリなんだよ!!」
今まで陽夏はおくびにも出さなかったが、両親が死に自分だけ生き残った事に負い目を感じていたのかもしれない。
「分かった。なら、もう止めはしない。但し目標を作れ。そして、それを達成したら絶対に一日休む事。もしこれを破ったら……」
「破ったら……?」
「ぶん殴って気絶させる、穿が」
「私が!?」
撤収の準備をしていた穿が勢い良くこちらを振り向いた。
「良いな?」
「……分かった。なら、ムス姉や凛の記録を目標にする」
「うむ、悪いが透、陽夏に付き添ってやってくれ」
透は結局何も言えずにいたが私が頼むと、折れんばかりに首を縦に振った。
「ごめんナ、透。陽夏の我儘で振り回して」
「ううん。私、ヒーちゃんに振り回されるの大好きだから」
「な、なんだよそれ。変な奴だナ」
酒呑童子戦から戻ってずっと強張っていた陽夏の顔がようやく和らいだ。
それからというもの、陽夏は訓練の強度を若干下げた。
それでも、休息が足りていたとは言い難いが食事で摂取できるカロリーを増やす事で補った。無理や無茶を通す事が重要な時も往々にしてあることを経験上、私も知っている。
当然、他の面々も敗北を機に訓練に一層身が入り、練度は更に上がっていった。
いよいよ、アスレチック走で私と凛が誤差0.一秒を割り、陽夏と透が誤差0.五秒を下回った頃。私は頃合いを測り始める。
そろそろ、皆んなともお別れだな。
その日は唐突に訪れた。酒呑童子戦から早くも一ヶ月。時々過去に戻って手頃な幻獣を狩りつつ、訓練に励んでいたらある日の事。通信を受けた穿が悲鳴じみた声を上げた。
「ちょっと! こちら、払暁。こちら、払暁。防衛班、応答して下さい!」
「穿。どうした?」
「それが、さっき防衛班から救難信号があって連絡を取ろうとしたら通信が途切れたのよ」
「分かった。戦闘区域の座標は?」
そう聞くと、穿は地図を取り出して指で指し示した。
「よし。雅、陽夏。先に私達が急行する。透、香織、凛は穿の車で追いかけてきてくれ」
私は早速幻器と同化し二人の体に触れて、教えてもらった座標へと跳んだ。一瞬にして情景が切り替わり、即座に喧騒が鼓膜を叩いた。
咆哮、悲鳴、怒号。
陽夏と雅を組ませて前線に出てもらい、私は後方で状況の確認をする事にした。
「ここの、責任者は?」
士官の装いをした者に尋ねる。同化形態だった事もあって私はすんなりと指揮官の元へと案内された。
「東方戦線の指揮官。山本大尉であります。菩提 結さん。お噂はかねがね」
「救援に来ました。状況は?」
「突如、幻獣の軍勢が押し寄せてきたのです。それも、今までに見たことの無いタイプのものばかりで……」
指揮官は困惑を隠さずに窓ガラスの方に目をやった。指揮官室は高所にあり眼下には戦場が一望出来る。
そして、そこには確かに普段攻撃に使われない幻獣が押し寄せていた。
女の上半身から翼が生え下半身には足ではなく尾がついたハルピュイア。恐ろしい形相で空を埋め尽くすガーゴイル。四メートルを超える体躯の巨人、グリゴリ。
「あれらは、確か第六、第七地区を運営する為の幻獣だった筈」
私は顎に手を添えて呟いた。指揮官も無言で顎を引く。
この状況、確か覚えがある。かつて黎明が第八地区を解放した直後もこんな風に敵が溢れ出したのだ。
「第六、第七地区の解放を……?」
「まさか、そんな。幻器の無い我々では防戦が手一杯です」
返ってきた答えは当然のものだった。とすれば、考えられるのは幻獣達の反乱か、はたまた召喚士自身が収容所を放棄したか、だ。
河太郎の例もある。前者の方が可能性としては高いだろうが、後者の可能性も捨てきれない。
そんな時、雅と陽夏がグリゴリを相手に苦戦しているのが見えた。
「とにかく、ここは払暁が引き受けます。あなた方は撤退し、戦線を後方に下げてください」
「……ッ。分かりました。お願いします」
私は指揮官の内心を慮り、目礼をすると雅達が戦うグリゴリの背後に跳び、後頭部に斧を叩き込んだ。頭蓋を易々と食い破り、脳漿が飛び散る。図体はデカいが所詮は人型。昆虫型に比べれば装甲は脆い。
「菩提!」
「ムス姉!」
「ひとまず状況は把握した。香織達が来るまで三人で食い止めるぞ」
穿は車を随分飛ばしたらしく、二十分ほどで残りの三人が追いついて来た。
「飛閃!」
「駆けろ、雷鳥!」
斬撃がハルピュイアの翼を、雷撃がグリゴリの頬を、銃弾がガーゴイルの頭部を撃ち抜いた。
「凄い、凄いよ凛ちゃん! 前よりずっと速くなってる」
「ああ、透や陽夏も動きのキレが増した」
アスレチック走で香織や雅に遅れをとった面々は、飛躍的に動きが良くなった。変身した時の身体能力が、それだけ馴染んでいる。
結果として力の配分に無駄が無くなり、その分次の攻撃までが素早くなる。当然、香織や雅も動体視力を鍛えた事で、回避力、命中力共に向上していた。
「菩提さん! 敵を一箇所に纏めました」
透が気を回して私の目の前に幻獣を一塊にしてくれた。私は最終同化を済ませ斧を投げて先頭の数体を蹴散らし、そのまま「塵は塵に」を解き放った。
衝撃波が駆け抜け、ひび割れた道路を抉りながら幻獣の肉体を消し飛ばす。
「ふう、ふう。百体はいたと思ったが、何とかなるものだな」
「ええ、アタクシ達強くなってるのね。確実に」
「やったね、ヒーちゃん」
「ああ、陽夏達は二度と負けない」
戦いをどうにか切り抜け、各々が感情に浸っている。しかし、そんな時香織が声を上げた。
「あっちって、確か第六地区……」
香織の指さす方向に巨大なドラゴンが降り立った。




