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酒呑童子戦・破

 「散開!」


 私が鋭く指示を飛ばすと鬼の攻撃は空を切り、無人の地面を放射状にひび割れさせた。


「雑魚ども! かかれ!」


 「透、頼む!」


 酒呑童子が眷属に号令をかけて私達にけしかけた。しかし、透は私の指示を聞くが早いか、全弾を撃ち尽くし一瞬で十二体の眷属を倒す。


 「は! 雑魚はまだまだ居るぞ。存分に味わって行け!」


 透は眷属に専念し、酒呑童子に対しては私、雅、香織が交代で前衛を務め中距離から陽夏と凛が攻撃を加えた。


 「呪符:蝶闘陣」


 酒呑童子は人差し指と中指で挟んだ紙片を口元に寄せてボソッと唱える。その紙片は鬼の周囲をクルクルと旋回し、爆弾とカマイタチの威力を低減させた。


 中距離からの援護は精神的圧力にすらならず、鬼は私達前衛の攻撃に集中していた。


 「飛閃!」


 だが、寧ろそれが功を奏した。凛が放ったカマイタチが酒呑童子を外れ背後の大木を切り倒す、自分にのしかかろうとする木の幹を鬼は難なく殴って砕いた。

 私はその隙を見逃さずに鬼の懐に潜り込み体に触れ、限界ギリギリの高度まで跳んだ。


 「な、何だぁ!?」


 「君がこの状況をどう凌ぐか、下から見させてもらおう」


 私は早口で言い置くと、浮遊感が消えない内に地上に跳ぶ。


 「酒呑童子は!?」


 「じきに落ちてくる。その前に罠を張るぞ」


 私達は酒呑童子が落ちてくるまでの時間を利用して落とし穴を二つ作り、鬼に手折られた切り株を陽夏が五つ爆弾に変えた。


 作業を終えた直後、不意に「地皆在」と聞こえてきた。それと同時に地面が揺れ土煙が上がる。


 「駆けろ! 雷鳥!」


 「飛閃!」


 すかさず香織と凛が追撃を畳み掛ける。鬼の脇腹から鮮血がしぶき、雷撃を受け止めた左手が焼け焦げた。


 「呪符:邪烈陣」


 二人は更に攻撃を繰り返すも今度は擦り傷すら負わせられない。それどころか攻撃で体勢を崩れた所を狙われた。香織は足を刈られ、凛は首を掴まれた。


 「く、くぅっ」


 女性らしい曲線を描く足が浮き上がり、凛は呻吟を漏らした。太刀を引き抜いて鬼を刺そうとするが苦し紛れの攻撃では呪符が無くとも通用しない。


 「二階堂!」「ハッ」


 私と雅が慌ててフォローに入ると酒呑童子はあっさりと凛を手放し土煙の中に身を潜めた。


 「皆んな、警戒を怠るな」


 私は声を上げると周囲を見回しつつ、爆弾に変えられた切り株を目指した。


 「ケケ、最初はお前だ」


 背後からの声に私は声を呑む。

 まさか、ここまで思った通りに動いてくれるとは。

 私は最後の瞬間移動で安全地帯まで逃れた。


 「起爆だ!」


 それと同時に薄まり始めていた土煙に新たな砂塵が加わった。


 「ケケケ、ケケケ。ここまで俺様を怒らせて、ただで済むと思うなよ」


 視界を遮っていた砂埃が突風によって払われる。明瞭になった視界の奥にはあちこちに火傷を負った鬼の姿があった。どうやら、呪符で威力を低減したもののこちらは無傷といかなかったらしい。


 しかし、瞬間移動は使い切ってしまった。他の切り株も警戒されているだろう。思った以上に攻撃の効き目が薄い。


 酒呑童子は凄んだが雅は臆さずに飛び出し肉弾戦を仕掛けた。体中を支点として旗を器用に振り回し、鬼の拳のスピードに追い縋る。


 「ギャハハ、面白い! この俺様と殴り合うか」


 「ハァッ!」


 分は悪い。とは言え、雅にはまだ奥の手がある。問題はそれを使うタイミングだ。


 「菩提さん! すみません、そっちに一匹漏れました」


 背後から透が警告を飛ばした。私は振り向き様に斧を斬りつける。その刹那、透の戦いが目に入ったが、私はつい自身の目を疑った。

 既にざっと見ただけでも五百体以上の眷属が死体の山を築いている。酒呑童子に気を取られて気付かなかったが、今の今まで眷属の介入が無いのは間違いなく透の働きによるものだった。


 「ムス姉! どうすんだ、陽夏は何をすれば良い!?」


 気付くと皆んな私の指示を待っていた。

 このまま長期戦に持ち込まれる前に全ての攻撃を最高効率で叩き込む。それで勝てるかは分からないが、ベストを尽くす。その在り方を私は皆んなに示さなければならない。


 「恐らく、今の奴を守っている呪符は所謂、スキルによる攻撃を弾くものだ。ならば、それを突き破る。香織!」


 そこまで聞いて、香織は私の真意を察すると雅の呼吸の隙間を見切って酒呑童子を殴りつけた。


 「轟け! 神鳴!」


 鬼は一瞬にして光の奥に消える。


 再び姿を現した時、鬼の全身は爛れ、傷から沁みた熱が肉を直接焦がしていた。


 「ぐ、くそっ」


 流石の酒呑童子も苦しそうに呻く。


 「今だ! 雅」


 私の指示と共に雅は旗を地面に突き刺す。八岐大蛇と戦った時同様、体から疲れが消えていく。

 雅は空手で鬼に猛進し、渾身の肘鉄を食らわせる。


 「ハッ!」「あがっ、」


 しかし、反動で浮き上がった雅の体を捕え、鬼は容赦なく地面に叩きつけた。


 私は凛と陽夏に動かない様に伝えて雅を助けに向かう。肉薄を察していたのか鬼は私に拳を突き出す。対して私は分身を作りそれを足場に飛び上がる。


 身を捻り、鬼の頭上から斧を振り下ろした。


 鬼は間一髪、角で攻撃を受け流した。幻器と幻器で打ち合った時特有の、独特の金属音が響く。

 私は酒呑童子の背中を蹴り、後退する。が、素早く踵を返した鬼が私に詰め寄った。上段に擡げた手刀を振り下ろす。


 「グラァッ!」「フッ!」


 獣の咆哮と共に繰り出された手刀に斧を振り上げるも、技以前に勢いで負けていた。


 「制限解除(リミットオフ)ッ……」


 巨岩に潰されている様な錯覚を覚えつつ、私は最終同化を果たし無理やり「塵は塵に(ヴォルブビート)」を起動した。斧は回転出来ずに私と鬼の間で小刻みに震えているが、普通に力勝負をするよりはまだマシだ。


 「菩提! 今助ける!」


 雅は旗を抜いて鬼の背後に迫った。


 「凛、陽夏。やれ!」


 「飛閃!」「やあっ」


 私と鍔迫り合う酒呑童子に二方向から攻撃が迫った。純粋な物理攻撃とスキルによる魔法攻撃、その両方に対応するには呪符の効果範囲を広げるしか無い。


 「チッ、呪符:邪烈手臨陣」


 カマイタチと爆発は先程より確実に鬼にダメージを与え、雅の攻撃は少し弱まって見えた。


 雅の横合いからの攻撃で酒呑童子は押し動かされた。私は拘束の外れた斧を勢いのまま鬼に投げつける。鬼はまた角で迎撃するも今度は弾かれず、防御に絡み付いた。


 酒呑童子が斧に戸惑っている隙に私は駆け寄り、斧を掴むとその回転に身を委ねる。私の体は勝手に鬼の頭上で蜻蛉返りして、背後に降り立った。


 今なら、呪符の効果は薄い。


 「塵は塵に(ヴォルブビート)!」


 斧を振るい蓄積したエネルギーを一挙に放出する。衝撃波は鬼の硬質な皮膚を伝播して体を震わせた。威力は十分伝わった筈。


 「ぐ、クソがぁっ!!」


 膝が地面に着こうとした時、鬼は咆哮を上げ、足を踏み出して倒れるのを凌いだ。

 ——耐え切ったか、


 「キャアッ!」


 それを追う様に透が悲鳴を上げた。眷属たちの勢いが増している。追い詰められる事でパフォーマンスが向上する者は人間にもいるが。コイツもそのタイプか……。


 「皆んな、撤退だ緊急ワードを叫べ!」


 「させるかぁっ!」


 酒呑童子はがむしゃらに暴れた。私と雅の二人がかりで動きを抑え四人が離脱する時間を稼ごうとする。


 「アアァッ!!」「ヒーちゃん!?」


 しかし、私達を追い抜いて陽夏が酒呑童子に踊りかかる。


 「カカカッ、毎度、馬鹿で助かるぜッ! 國領 陽夏ァッ!」


 陽夏は、お世辞にも近接戦が得意とは言えない。襲いかかったのは良いものの、案の定、鬼の体術の前に少女は防戦一方になった。


 「ヒーちゃん、戻って!」「下がれ、國領!」


 透と雅が助けに駆けつけるが、それより早く、酒呑童子は陽夏の細い首を絞めあげた。


 「うぐっ、」


 「それ以上近づいたら、こいつの首はへし折る。勿論、未来に逃げても同じ事だ」


 助けに向かった二人は慌てて足を止める。


 瞬間移動も無い今の状況では、私から出来ることは何もない。


 「さあて、半年前にお預けくらっての欲求不満がようやく解消できるってもんだ」


 「ま、待って! お願い、私が残るからヒーちゃんを返して」


 「流森! くだらないことを言うな、」


 「そうだぜ。言っただろう? お前ら全員ここで皆殺しにしてやる。まあ、このガキが命乞いでもすりゃあ、見逃してやるかもなあ」


 酒呑童子は皮肉げに笑う。それと同時に陽夏の肩が震えたように見えた。


 「……すけ……さい」


 「ああ? なんだって?」


 陽夏のか細い声に、鬼が聞き返す。


 「命だけは、助けて、ください」


 その言葉に誰よりも呆気に取られたのは、間近の鬼だった。その一瞬の隙を、透は見逃さない。


 陽夏の体を避けるようにして、鬼の肩や手首に命中した弾丸が黒い血を繁吹かせた。


 「ぐ、」


 サイドテールの少女は、咄嗟に鬼の拘束を外し私たちのところまで後退する。


 「もう、残る理由はない、全員、緊急ワードを!」


 数秒も間を空けずに居直った酒呑童子は声すら上げずに地を蹴った。その手を斧で叩き伏せ、私は他の面々に叫んだ。


 「菩提さん! もう十分よ、私も帰るから」


 そう言って凛が緊急ワードを叫ぶのを聞き届け、私は鬼から距離を取った。


 「待てぇ! 逃すものかぁっ!」


 「そう慌てなくとも、ケリは現代(むこう)でつけよう」


 私はそう捨て台詞を残して緊急ワードを口にした。


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