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払暁

 目を覚ますと最初に目に入ったのは不自然な程に白く清潔そうな天井だった。心地よいシーツの感覚を確かめる様に私はベッドを撫でる。


 「結!」


 微睡みを噛み締める様に呆けていると、私の後頭部に甲高い悲鳴が刺さった。


 「……榎本 穿、で合ってるか?」


 「うん、覚えてる? あなたは菩提 結。調査の任務に就いていた」


 「うむ、大体はちゃんと覚えているよ。必要な事は家の壁に刻んで忘れない様にしていたからな」


 言葉を交わす内に、何故か穿は寂しそうに笑った。


 「結。戻って来たばかりで悪いんだけど、早速二百年間のレポートを書いて欲しいの。勿論、粗方の情報はタイムマシンに蓄積されていて、それをスパコンで精査してはいるけど、本人の所感も知りたいって上がうるさくてね」


 穿がベッドの側の椅子に腰掛け、私に黒い板を差し出した。


 「……これは何だ?」


 「何って、ノーパソだけど?」


 「ノーパソ……ノートパソコン……?」


 「あ、ああ。えっと、もしかして覚えてない?」


 「うぅむ。うっすらどういうものか思い出せるが、どう使うのかが分からん。ハッキリ言ってただの板にしか見えん」


 穿はあっけらかんと口を開けながら、黒い板、もといノートパソコンを私の膝の上に置いた。


 「あんた、そんなんで、よく日本語を忘れずにいられたね」


 「うむ、日本語は毎日使って忘れない様にした。空想上の雅や穿と話してな、まあ、顔はどんどんのっぺらぼうみたいになっていったが」


 「さて、それじゃあ今日はノーパソ講習ね。元々は使えてたわけだし、一日みっちり叩き込めば思い出せるでしょ」


 その後、私は一日かけて何とかノーパソで文書を作成できる程度には文明を思い出した。脳や体の検査を繰り返しつつ、二百年のレポートを作成していると、いつの間にか一週間が過ぎていた。


 「そういえば、雅は来ないのか?」


 「え? う〜ん。まあ、あの子も結構忙しくてね。そうだ、レポートもほぼ完成したし、そろそろ次の話をしようか」


 「次の話?」


 穿は私の目の前でノーパソを操作して、フォルダを開く。


 「もう聞いてるかもしれないけど、黎明は既に解散してる。そして、新しく幻獣を倒す為にチームが結成されたの。名前を払暁(ふつぎょう)。結の幻器、獅子独楽と雅の双戟旗以外は既に新しい使い手に引き渡されているわ。あなたにとっては新しい部下になる子達ね」


 「部下、と言う事は払暁のリーダーは私なのか?」


 「ええ、ノウハウもあるし精神年齢からしても適任だろうって、上がね」


 穿は肩をすくめるとノーパソの画面を指差した。

 右上に顔写真が、余ったスペースに個人情報や簡単な経歴が書き連ねられている。


 「まず、破封烈印(はふうれついん)の使い手はこの子よ。名前は國領 陽夏(こくりょう ひな)。元々第八地区にいた子で余程酷い目に遭わされたのか幻獣に対して強い憎しみを抱いてる。加えて、高い運動神経と瞬発力を買われての人選ね」


 健康的に日焼けした肌と、黒髪のサイドテールが印象的な少女だった。


 「次に一角太刀(いっかくだち)。名前は二階堂 凛(にかいどう りん)。この子は幻器と親和性が高めで尚且つ五感の鋭さが特徴的よ」


 次に表示された少女の写真は打って変わって壮麗な金髪が印象的だった。


 「そして、次。この子が引き継いだのは私が使ってたニーベスベルグ。名前は桑原 香織(くわばら かおり)。幻器との親和性がずば抜けて高い事と幻獣討伐に強い意欲を持ってる」


 「確かに、勇ましい良い目をしてるな」


 「うん、それと喋った感じが昔の結に似てたかな」


 「そうか」


 私は昔の自分に興味がない。そもそも思い出すのが難しかった。そのせいか少し素っ気ない返事になってしまった。


 私は気を取り直して画面に視線を戻した。香織と言う少女は茶髪をベリーショートに切り揃えており、画面の上では少年にも見える。


 「そして、最後が強撃(きょうげき)のアスラ・布石(ふせき)のタストラ。名前は流森 透(なかれもり とおる)。この子も第八地区にいたらしくてね、この子に関しては、まずこれを見てみて」


 透という少女は亜麻色の髪を長く伸ばしており、気弱そうな表情をしている。私が十分経歴を見終えると穿がノーパソを操作して次のページを開いた。


 「払暁のメンバーを選抜するにあたって、委員は空間認識能力、計算力、記憶力、洞察力のテストを実施したんだけど、この流森と言う少女は全ての分野で最高記録を叩き出したの。試しにIQを測った所百五十との事だそうよ」


 「それは、高いのか?」


 穿は不意に席を立ち、窓の外を見た。病院に降り注ぐ日光を金木犀の木が遮り、病室には葉の形の影が散乱している。


 「高いも何も、百五十は計測できる上限値よ。いる所にはいるものだけど、超が付くほどの天才ね」


 「なるほど、それは頼もしい。それで? 具体的にはいつ頃から活動を始めるんだ?」


 穿が窓を開けると、心地の良い風が吹き込んだ。薬品の匂いで麻痺していた私の嗅覚を、甘く豊かな香りがくすぐった。幻獣討伐の為に、今にも動き出したい気分だ。


 「結さえ良ければ、三日後には顔合わせしてもらって、そのまま、過去に飛んでもらいたいと思ってる」


 「三日後だな? 分かった。それで、今回の遠征で倒す幻獣は私が決めても良いのか?」


 「うん、残夜の調査のおかげでどの幻獣がどの時期に召喚されているかタイムラインが作れたから、その表を見たうえで結に決めて欲しい」


 当然ながら現代に召喚されている幻獣と過去で戦う事は出来ない。予めどの幻獣と戦うか想定出来るのはこちらに有利に働くだろう。私は残夜の面々に感謝しつつ、ノーパソを操作してタイムラインを確認する。


 「ふむ、幻獣が入れ替わる周期は不規則なのか。恐らくは何かしらの制約があるのだろうが」


 「中世にいて何か気づいた事はなかった?」


 「無い。が、召喚する為に何らかの力を消費していると考えるのが妥当だろうな」


 「そうね。所で、皆んなの訓練も貴女に一任したいんだけど。過去で訓練を積ませる事は出来そう?」


 私は眉間を摘み、ベッドボードに背中を預けた。


 「当初は過去で修行を積めば、四百倍の効率を得られるかとも思ったが、やはり設備や食料の不足している中世ではそうも行かないな。老化しないと言っても、栄養が不足すれば体は痩せ細るし、あらゆる意味で長期間過去に滞在する意味は薄い」


 「そっか。まあ、そう上手い話は無いわよね」


 「ああ」


 私は一言置くと、まずは終わりかけのレポートを完成させる。それから、払暁の行動指針を纏めることにした。



 それから三日間、更に検査を繰り返し、ようやく退院すると、私はかつて黎明の皆んなと住んでいた寮に向かった。払暁に新しく加わる四人と雅は既にその寮で生活しているらしい。


 「懐かしいな。なあ、穿、私の部屋は残っているのか?」


 「勿論! 雅と私で掃除しておいたから、半年前とそっくりそのままのはずよ」


 「そうか、それは良かった……穿、雅にも伝えておいて欲しいんだが、半年前の菩提 結は既に死んだ。過去の私を懐かしむなら、その部屋ですると良い。私はもう君達の知る結には戻れないから」


 私の後ろで穿が歩くのをやめた気がした。気になって振り返ると穿は表情を見せない様に俯いている。


 「ねぇ、結。私達の事、憎んでる……?」


 「ふむ、面白い見解だ。なるほど、雅が私の前に姿を現そうとしないのもそれが理由か」


 「ごめん、変な事聞いて。でも、私達が結の部屋を掃除してたのは結を懐かしむ為なんかじゃ無い。私達は結の居場所を無くしたくなかったから……」


 「ふむ? 結局は同じ事だろう。半年前の菩提 結と言う存在に対し感傷を覚えていた、いや、現時点で覚えているのだろうから」


 「……ッ! ご、ごめん。私、車回してこないと。皆んなは食堂で待ってるから、結、一人で行ってて」


 穿はどうやら心を痛めている様子だったが、彼女に共感する事は出来なかった。


 穿と別れて寮に入ると、懐かしい様な、それでいて初めて来たかのような面白い感覚を覚えた。しかし、それでも私の足は食堂まで勝手に動く。


 几帳面な穿があちこちに貼ったポスターを見回しながら食堂の入り口を潜ると、既に見たことのある顔が五つ、集結していた。

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