八岐大蛇戦・序
私達は密談を終えて、眠る三人を起こさない様に横になった。翌朝、河太郎の正体は隠して八岐大蛇と共闘することになったと伝える。
「ちょっと待ってください。菩提さん。最初に戦う相手は河童だったのでは?」
「うむ、どうやら河童は既に八岐大蛇に攫われるか腹の中だそうだ」
「何! 幻獣が幻獣を食べるのか?」
雅は悪心を堪える様に胸に手を当てた。
「どうやら、そうらしい。河太郎も八岐大蛇が人にまで危害を及ぼすのではと考え、退治に乗り出したそうだ」
私は適当に考えた設定を話し、三人の納得を得た。
「さて、主の所まではアッシが案内しやすが何か作戦でもあるなら、聞かせてもらえねえかい?」
「八岐大蛇と言えば酒を飲ませて酔ったところを殺す。と言う逸話が有名だが」
「ああ、それ用の酒は昨日アッシと嬢さんとで飲み干しちまいやした。一舐めしたと思ったら、もう無くなってんだから敵わねえよな」
「ふむ、」
「ふむ、じゃねーぞ!!」
河太郎は後頭部に手を当ててはにかんだ。勧めてきたのは河太郎なのに、何故か私にも非難の視線が注がれている。
「それじゃあアタシが街まで行ってお酒を買って来るよ」
「待て待て。そもそもどの酒が良いかナんて陽夏達じゃ選べないぞ」
「いやあ、あの酒は特別なもんでどっち道、街じゃあ買えねえよ。しかし、こんだけ頭数がいりゃあ、真正面から戦っても大丈夫だろう。アッシはとにかく主を投げて投げて投げまくるから、お前さんらで攻撃してくれ」
「つまり、ほぼ無策か」
雅が嘆息して呟いた。
「八岐大蛇は猛毒の牙を持ち、毒の息を吐くと聞くが、河太郎。それは本当か?」
「ええ、しかし、主が住んでいるのは神聖な泉。毒を受けたとしても直ぐに浄化されやす。寧ろ、厄介なのは生命力の方でさぁ。主は八本の首を持っておりやすが一本でも残っている限り、三十秒程度で生えてきやす」
「つまり、ほぼ同時に首を切らないと行けない訳か。とすると、鍵は凛の一角太刀か」
飛閃は遠距離かつ面の攻撃で、技の出も早い。
私達は河太郎の案内で早速八岐大蛇が住む斐伊川の水源付近を訪れた。
辺りには毒々しい霧が漂っているが、少しの異臭がするだけで体調には然程影響が無かった。捕えられていると言う河童達は手足を折られ、泉に浮かべられている。幾ら泳ぎが得意でも、あれでは身動きなど取れまい。
「ひでぇ!」
河太郎は気色ばみ、拳を強く握り締めた。陽夏は思うところがあったのか河太郎をじっと見つめる。
陽夏が河太郎の正体に気付けば十中八九、今回の共闘は成らないだろう。
「皆んな。今回はこのまま勝負を仕掛ける」
「そうね。下手に時間をおいて益々強くなられたら目も当てられないわ」
凛は頷くと、私の言葉を継いだ。
「八岐大蛇は今までの敵とは違う。同化を躊躇うな。緊急ワードも、だ。」
私は凛、そして陽夏と次々に視線を移し忠告する。河太郎を除く五人が首肯した。
「よし、それじゃあ雅。頼む」
「分かった菩提……ハアァッ!!」
雅が泉に突っ込み、八岐大蛇を旗で横合いから殴り飛ばす。巨体は横転こそしないものの、泉から弾き出た。
「一族の恨みだッ、オラァッ!」
泉の対岸に回り込んでいた河太郎が八岐大蛇の足を掴み、器用に体勢を崩させて投げ飛ばす。私の作った設定と矛盾する言動は避けて欲しいものだが、今の所、陽夏達が何かに気付いた様子はない。
「飛閃!!」
不意打ちのアドバンテージを活かして凛が都合四つのカマイタチを瞬時に放った。最初の一つが首二本を斬り、残りの三つがそれぞれ一本ずつ斬り落とす。
危機を感じ取った八岐大蛇は激しく暴れ、追撃を試みた陽夏と香織を蹴散らした。透と凛は怯まずに遠距離から攻撃を加えたが、大木の様な尻尾を振るって防ぐ。
八岐大蛇は八つの頭を掲げて吼えた。凛が斬り落とした筈の首は既に再生してしまっていた。
「凛。奴の不意をつけるのは後三度までだが。一度に全部の首を斬れそうか?」
「それより、連続で跳んで何回かに分けて斬るのは駄目?」
「奴には目が十六個もある。それだけ死角も少ないし、それを見極めるのも至難だ。君が無理そうなら頑張ってみるが?」
凛がピクリと肩を振るわせた。
「それって煽ってるつもり? アタクシ、そんなにお安い女じゃないのだけれど」
「ふむ。ならば頼む。やってくれ」
「全く。貴女と話してると調子狂うわね。まるで悪い香織さんと喋ってるみたい」
「菩提さん! 二階堂さん! 桑原さんをどこかのスライムみたいに言ってる暇があったら手伝って下さい。手が足りません!」
透の悲鳴じみた叱責が矢の様に私たちの耳に刺さる。八岐大蛇は丁度、またしても河太郎に投げ飛ばされ足をばたつかせていた。
「飛閃!」
凛のカマイタチが首を一本斬り落とす。
「それで? 凛、さっき言った事は出来そうか?」
「あー、もう! やれば良いんでしょ、やれば。やってやろうじゃない!」
「駆けろ! 雷鳥!」
凛がバッと顔を振り上げて、叫んだ。そこに八岐大蛇が首を伸ばしたが、横合いから香織の拳が打ち据えた。
「凛ちゃん! だいじょ……」「かお、え?」「今だ凛。攻撃」
「ひ、飛閃!!」
香織が殴った一本と再生中の一本、八岐大蛇の死角が増えた瞬間に私は凛と跳び、指示を飛ばす。戸惑いながらも凛は六つの斬撃を放ったが、香織が殴った首だけが無傷で残った。
「良い感じだ。この調子で後二回のチャンスをモノにしなさい」
透が最後の一本に銃弾を撃ち込むが、切断には至らない。体勢を回復した凛が再び斬撃を放つも、やはり位置が割れていると防ぐか躱されてしまう。
「はぁ、はぁ、しぶとい奴め。何度でも投げてやらぁ!」
河太郎は既に息を切らせている。当然だ。自分の何倍もの図体を何度も投げているのだから。
陽夏はシールを貼り付けた石くれを投げつけ、中距離から、透も遠距離から銃弾を浴びせ、少しでも隙を作ろうと試行錯誤している。雅は動きが鈍り始めた河太郎の援護に回っていた。
私は凜と並走し戦況を眺めつつも、胸に安堵を覚える。先のバジリスク戦と比べて皆んなの動きは格段に良くなった。
個々人のパフォーマンスだけではない。それぞれの動きを予測し、いるべき位置、取るべき行動を言われずとも理解している。
研ぎ澄まされた練度は河太郎と言う異分子を受け入れて尚、健在だった。




